2009年10月25日12:50

寺尾差別判決35カ年糾弾!〈広島〉狭山集会

 10月24日、広島市西区福島町の西地域交流センター(旧西隣保館)で、「74年10・31寺尾差別判決35カ年糾弾!〈広島〉狭山集会」(主催:部落解放広島共闘会議)が開催され、45人が集まった。集会は、11・1労働者集会1万決起へ職場・地域で闘う労働者、学生、市民の熱気に満ち、資本・権力に対する絶対反対の闘いと階級的団結の拡大こそが、石川一雄さんの不屈の闘いにこたえ、狭山第3次再審闘争の勝利を切り開く唯一の道であることを鮮明にさせた。

 司会の医療労働者が、「74年当時いっしょに闘った全国連中央派のKは、福島町でビラの1枚もまかず、闘争への敵対のみをやっている。しかしわれわれは職場で団結をつくり、村の中で狭山集会を開いている。ここに展望がある」と確信に満ちて開会のあいさつを述べた。ついで石川さんの「10・31メッセージ」が読み上げられ、広島解放共闘議長の教労の仲間が基調を提起した。
 基調提起では、狭山闘争解体を策す民主党・連合政権下での「3者協議」に絶対反対の立場が表明された。「狭山事件はえん罪であり、明確な権力の差別犯罪として徹底糾弾の貫徹を通して無実の罪を晴らしていく」――これが石川さんの「10・31メッセージ」の核心だ。この石川さんの不屈の決意と闘いに真にこたえ、共に勝利していく道は、大恐慌情勢-8・30情勢の下で、74年11万決起をのりこえる巨大な階級的団結をつくりだし、その力で資本・権力を打倒していく以外にない。この労働者階級の決起と団結の力に確信をもてずに権力に投降した与田残党の全国連中央派は、解同本部派といっしょに「3者協議」にすがりついている。そして彼らは、石川さんを死刑にしようとした差別犯罪の下手人・東京高等検察庁に証拠開示をお願いする「電話・ハガキ要請運動」なるものに一切をかけているのだ。基調は彼らをとことん弾劾し、国鉄1047名解雇撤回を結集軸とする11月集会1万人結集の力こそ狭山闘争勝利の根源的力だと核心的に訴えた。
 カンパアピールと西郡支部、杉並支部、八尾北医療労組、東日本解放共闘からのメッセージ紹介後、闘う決意が共闘の労働者から述べられた。地元福島町で住宅闘争を闘いぬいている広島連帯ユニオン草津病院支部の医療労働者が「石川さんと共に闘う。私は団結で生きたい。11月集会ははじめての参加ですがよろしく」と決意を述べ、拍手が巻き起こった。続いて草津病院支部委員長の青年労働者が「資本への怒りを忘れさせ、団結させないようにしているのが『広島差別事件糾弾』なるものだ」と全国連中央派の打倒を訴え、「道州制粉砕へ闘う八尾北労組とともに11月1万組織化へ最後まで闘いぬく」ときっぱりと表明。さらに広島市役所で働く自治体労働者、広島東郵便局解放研の青年労働者、動労西日本の大江委員長、「8・6処分」撤回を闘う広教組の青年労働者、広島星野文昭さんを救う会、広大生らが、11月集会オルグや動労千葉物販の拡大など、職場・学園での実践と闘いを生き生きと報告しながら決意を表明した。まさにこうした闘いが、帝国主義の差別・分断を日々うち砕き、階級的団結を広げているのだ。最後に広島県労組交流センター事務局長からまとめと行動方針が提起され、団結がんばろうで締めくくった。集会参加者の多くはそのまま広島市中心街での11・1結集を呼びかける大街頭宣伝にうって出た。
 こうした広島解放共闘の力強い団結の拡大にすくみ上がる全国連中央派は、会場の「すぐ隣り」に住んでいながら姿を現すことすらできず、集会場の管理者に「会場を貸さないでほしい」とこっそり哀願することしかできなかった。この卑劣さに「広島差別事件糾弾闘争」なるもののデッチあげ性が、あますところなく示されている。与田残党どもよ、何が「狭山とならぶ二大糾弾闘争」だ。国家権力と不屈に闘いぬく石川さんと狭山闘争をおとしめるのもいい加減いせよ! 恥を知れ!
 広島の労働者・学生は、10・24狭山集会で団結をさらにうち固め、11・1へ最後のうねりをつくり出している。(広島・M)

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