COMMUNE 2005/6/01(No.350 p48)

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6月号 (2005年6月1日発行)No.350号

定価 315円(本体価格300円+税)


〈特集〉 戦争・窮乏化と闘うアメリカ労働運動

□兵士の傷病手当さえも取り立てる大破産国家
□帝国、王義労働運動から現場労働者の新潮流へ

●翻訳資料 よりよい世界における安全なヨーロッパ EUの安全保障戦略 丹沢 望訳

●国際労働運動 南朝鮮・韓国/民主労総、4・1ゼネストに18万人−−室田順子

    3・27三里塚全国総決起集会

三里塚ドキュメント(3月) 政治・軍事月報(3月)

労働月報(3月)  闘争日誌(2月)

コミューン表紙

   つくる会との決戦

 1〜3月決戦は、教育労働者の「日の丸・君が代」強制拒否の闘いを軸に、動労千葉の春闘ストライキ、陸・海・空・港湾労組20団体の呼びかけによるイラク反戦・改憲阻止の3・20日比谷野音6000人大集会などをかちとり、巨大な勝利的地平を切り開いた。とりわけ、東京都立校の教育労働者が、石原・都教委の恫喝をはね返し、都高教執行部の屈服方針をのりこえ、一切の重圧をはねのけて50人以上の労働者が不起立をもって闘ったことは、実に重大な事態である。労働者、学生、住民の高校ビラまきが国家権力の露骨な弾圧を打ち破ってかちとられ、卒業式闘争は全人民的な焦点になった。都教委による53人の不当処分攻撃によって闘いを押しとどめることは到底できない。この地平をさらに継続・激化させる時である。

 「日の丸・君が代」をめぐる闘いは、教育労働者の戦争協力拒否の闘いであり、教育基本法改悪、改憲を粉砕する闘いに直結している。そして今、戦争を教室に持ち込もうとする「新しい歴史教科書をつくる会」の公民と歴史の教科書が文部科学省の検定に合格となった。事態は4年前よりも一層深刻になっている。その採択を阻止することが、日本労働者階級人民の最大の課題となった。韓国、中国ではすでにこのつくる会教科書に対する怒りが激しく広範に始まった。日帝・小泉政権とマスコミは、韓国と中国の当然の怒りの決起に対して、排外主義的なキャンペーンを行っている。だが、中国人民、朝鮮人民の怒りの決起は、日帝がイラク侵略戦争に参戦し、再び朝鮮・中国侵略戦争を開始しようとしていることに対する闘いなのだ。

 われわれは、断固として中国・朝鮮人民の決起と連帯し、日帝打倒の旗を鮮明に掲げて闘わなければならない。その最大の対決軸は、日帝・小泉=奥田路線の先兵であるファシスト石原打倒の闘いである。そして石原によるつくる会教科書採択の絶対阻止の闘いである。侵略戦争を「解放戦争」とねじ曲げて美化・肯定し、天皇と国家への献身を要求し、戦争のために改憲を主張するつくる会の教科書を認めることは、再び子どもたちを戦場に送る道である。石原は、つくる会教科書の採択を積極推進し、その突破口を杉並に据えている。杉並の動向は国内はもとより韓国などからも注目されており、今や一大焦点になっている。したがってその杉並での採択を阻止する闘いは、石原打倒闘争の最大の切り口となったのである。

 6月都議会議員選挙闘争は、このつくる会教科書採択阻止の闘いと完全に重なった。ファシスト石原とその先兵、杉並区長・山田を串刺しにし、その侵略戦争推進の本性を最も鋭く暴きだし、打倒することを呼びかける候補は都政を革新する会の長谷川英憲氏だけである。日帝は戦後的なあり方ではやっていけないほど体制的危機を深め、日米枢軸のもと、北朝鮮・中国侵略戦争に向かって突進している。そしてその道を石原的ファシスト的なものに託さざるを得なくなってきている。石原の凶暴性は日帝の絶望的危機の表現なのだ。日帝の最大の弱点がそこにある。だから、この石原を打倒することは、日帝を打倒することに直結している。戦争に向かって階級的なものを一掃し、人民の圧殺に突進する石原と対決し、つくる会教科書に対する大衆的闘いを爆発させ、石原打倒闘争として都議選決戦に勝利しよう。(た)

 

 

翻訳資料

 翻訳資料-1

  よりよい世界における安全なヨーロッパ

 ヨーロッパ安全保障戦略 03年12月12日 ブリュッセル

 丹沢 望訳  

 【解説】

 今回掲載した翻訳資料は、欧州連合(EU)の包括的な安全保障戦略文書である。この文書の筆者は、EU共通安全保障政策担当の上級代表のハビエル・ソラナである。このためこの文書は一般に『ソラナ・ペーパー』と呼ばれている。
 この文書は03年6月のテッサロニキ(ギリシャ)での欧州理事会でEU各国政府と国家元首によって承認され、同年12月の欧州理事会で採択されたものである。アメリカ帝国主義のイラク侵略戦争の開始と世界戦争政策への突進情勢のもとで、EUとして初めて対米対抗的で包括的な安全保障戦略の骨格を打ち出したものとして是非とも一読しておくべき文書である。
 この文書の第1の、そして最大の特徴は、欧州連合がアメリカ帝国主義と対抗しながら、世界の再分割戦に積極的にうってでることを宣言した点である。
 序文において、「一国だけでは今日の複雑な諸問題に対処できる国は存在しない」として、アメリカ帝国主義がイラク侵略戦争をもって他の帝国主義の権益を独占的に奪取する世界戦争に突入したことに対して非難している。
 その上で、EUが「世界的行為者」として登場し、「世界の安全保障とよりよい世界を建設する責任を分有する」と宣言し、EUとしての世界政策を軍事政策を含めて展開することを明らかにしているのである。
 その場合、アメリカ帝国主義の「単独行動主義」に対立するかたちで多国間主義を強調し、国連や世界貿易機関、国際金融機関などの国際機関や、OSCE(全欧安保協力機構)、ASEAN、MERCOSUR(南米南部共同市場)、アフリカ連合などの地域機構などのイニシアチブを握り、それらに依拠して世界政策を展開しようとしている。
 第2に現在世界が直面している脅威を、米帝と同様にテロリズム、大量破壊兵器の拡散、地域紛争、破綻国家、組織的犯罪と規定し、それらがヨーロッパの安全を決定的に脅かしているとしたうえで、これに攻撃的かつ先制的・予防的に対処する軍事戦略を打ち出していることである。
 こうした立場からソラナは「グローバリゼーションの時代においては、遠方の脅威は近くの脅威と同等の脅威として懸念されるであろう。最初の防衛ラインはしばしば国外にあるだろう」として、ヨーロッパの安全のためには、遠方であっても「危機が発生する前に行動する準備をすべき」だと述べているのである。
 それは「早期、迅速で、必要なら断固とした介入を促す戦略的観点」をもつものとして提起され、そのためには政治・外交・軍事的手段のみならず、「民間的・交易、開発活動などのわれわれが保有しているさまざまな危機管理と紛争の未然防止の手段を活用する」「積極的政策」をとるとしているのである。
 第3に、第2で言及した「遠方」の範囲も従来のEU国境地域・地中海地域・東欧から、中東、アフリカ、中央アジア、南カフカス、南西アジア、北朝鮮、南アジアなど、地球全域へと広げられていることである。
 これらの地域はいずれもアメリカ帝国主義の権益独占活動と激突する地域である。
 そしてこれらの地域において「自国を国際社会の束縛の外に置く」諸国に対しては「代償を支払らわせる」として軍事的制裁の可能性を示唆しているのである。
 EUはすでに米帝や日帝との争闘戦の観点から、コソボ自治州、ボスニア・ヘルツェゴビナ、マケドニア、コンゴ民主共和国、アフガニスタン、イラクなどにEU軍やNATO軍を派遣している(『コミューン』05年5月号特集参照)。この安全保障戦略文書はこうした海外軍事行動の範囲をさらに拡大すると宣言しているのである。
 ソラナ文書は「加盟国家の統合はわれわれの安全を強化するが、同時に欧州連合を紛争地域に接近させる」としているが、EUが現在強力に推進している拡大と統合が進展するにつれて、EUの海外軍事行動はますます頻繁化するようになるであろう。
 このようにソラナ文書は、欧州連合の対米対抗的な世界的進出を政治的・軍事的・外交的・経済的手段のすべてを総動員して展開することを宣言した極めて攻撃的な性格を持つものである。
 それは帝国主義世界の基軸国としての米帝の存在を脅かし、米帝にとってかわる世界勢力・基軸として登場することの宣言であり、必然的に今後の帝国主義間争闘戦を激化させるであろう。
 米帝の世界戦争政策への対抗として、EUが一方で東方へのEU拡大政策を強引に推進しながら、EU域外での予防的・先制的な軍事行動へ突進することを宣言したことは世界戦争情勢を一挙に促進するであろう。
 また、それは日帝のアジアへの侵略戦争政策の一挙的推進をひきだす重要な契機ともなっているのである。
 米・EU・日本などの帝国主義の世界戦争政策の全面展開と、それに対する民族解放闘争の激突情勢は一挙に激化する局面に入ったのである。
 なお、ソラナ文書の一般的解説として、米国議会図書館ヨーロッパ部部長・ジョン・ヴァン・オウデンナーレンの『ソラナ安全保障文書について』も末尾に翻訳して掲載した。
 ソラナ文書の対米対抗性については全く言及されていないしろものではあるが、文書の内容を理解するための参考資料として掲載した。

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 序文

 ヨーロッパがかつてこれほど繁栄し、これほど安全で自由であったことはない。20世紀前半の暴力の時代は、ヨーロッパの歴史上前代未聞の平和と安定の時代に道を譲った。
 欧州連合(EU)の創設は、このような時代の中心軸をなすものであった。それは連合諸国間および諸国の市民の間の関係を変化させた。ヨーロッパ諸国は紛争を平和的に処理し、公的諸機関を通じて協力しあうよう懸命になっている。この間、法の支配と民主主義が次第に拡大していき、それにより独裁的体制は安全で安定し、活力のある民主主義体制に変えられた。相次ぐ【EUの】拡大は、統一し、平和な大陸というビジョンに現実性を与えている。
▼一国だけで今日の複雑な諸問題に対処できる国は存在しない
 アメリカ合州国は、特にNATOを通じてヨーロッパの統合と安全保障に決定的な役割を果たしてきた。冷戦の終焉によって、アメリカは軍事的には支配的な地位を占めるようになった。だが、一国だけで今日の複雑な諸問題に対処できる国は存在しない。
 ヨーロッパは依然として安全保障上の脅威と挑戦に直面している。バルカンにおける紛争の勃発はこの大陸から戦争が消滅したわけではないことを思い知らせた。世界中で過去10年間に軍事紛争に直面しなかった地域はない。これらの紛争の大部分は国家間のものではなく、1国家内のものであり、犠牲者の大部分は民間人であった。
▼4億5千万人以上の人口をもち、世界の国民総生産の4分の1を占める25カ国の連合である欧州連合は、不可避的に世界的行為者にならざるを得ない。欧州連合は、世界の安全保障とよりよい世界を建設する責任を分有する準備をするべきである
 世界の国民総生産(GNP)の4分の1を生産する4億5千万人以上の人口をもち、さまざまな手段を有している25カ国の連合である欧州連合は、不可避的に世界的な行為者となっている。過去10年間にヨーロッパ軍はアフガニスタンや東チモール、DRC(コンゴ民主共和国)などの遠方の域国外地域に展開された。ヨーロッパの利害がますます一体化し、欧州連合内の相互の連帯が強化されていることによって、われわれはより信頼できる、能力のある行為者となっている。ヨーロッパは、世界の安全保障とよりよい世界を建設する責任を分有する準備をするべきである。

 T 安全保障環境 世界的課題と重大な脅威

 世界的課題

 冷戦後、諸国境がますます開放され、域内と域外の安全保障状況が不可分に結びつくようになっている。通商と投資の流れ、技術の発展と民主主義の拡大は、多くの人々に自由と繁栄をもたらしてきた。一部の人々はグローバリゼーションをフラストレーションと不正義の原因であると見なしている。このような状況においては、非国家的集団が国際的できごとにおいて一定の役割を果たす範囲を拡大してもいる。またこの非国家的集団は、交通、エネルギー、情報やその他の分野における相互連結構造へのヨーロッパの依存性(同時に脆弱性)をますます強めさせている。
▼毎年4500万人が飢餓と栄養不足で死亡している。エイズは社会の崩壊をもたらしている。安全保障は発展の前提条件である
 1990年以来、諸戦争で400万人が死亡した。その90%が民間人であった。世界全体では、1800万人以上の人々が紛争の結果難民となった。
 多くの開発途上国では、貧困の疾病が言葉に尽くせない苦しみを引き起こし、切迫した安全保障上の懸念を生じさせている。世界の総人口の半分をなすほぼ30億人が、一日2ユーロ以下で生活している。毎年4500万人が飢餓と栄養不良で死亡している。エイズは今日人類の歴史上最大の破壊的な世界的流行病であり、社会を崩壊させる役割を果たしている。いくつもの新たな病気も急速に蔓延し、全地球的脅威となるかもしれない。サハラ砂漠以南のアフリカは今日、10年前よりも貧困になっている。多くの場合、経済的破産が政治的問題や暴力的紛争と結びついている。
 安全保障は発展の前提条件である。紛争は社会的インフラストラクチャーを含むインフラを破壊するのみでなく、犯罪を助長し、投資を妨害し、ノーマルな経済活動を不可能にする。多くの国や地域が紛争と安全の崩壊、貧困のサイクルにとらわれている。
 自然資源、とりわけ水をめぐる争いは、次の10年間の地球温暖化によって深刻化するであろうが、それは多くの地域でさらなる社会不穏の情勢と人口の移動運動を生じさせる可能性がある。
 エネルギーの他国への依存はヨーロッパにとっては特別の懸念事項である。ヨーロッパは世界最大の石油とガスの輸入地域である。今日では、エネルギー消費量の約50%を輸入に頼っている。2030年にはこれは70%に上昇するであろう。ほとんどのエネルギー輸入は、湾岸地域、ロシア、北アフリカからのものである。

 重大な脅威、

 EU構成国に対する大規模な攻撃はいまや起こりそうにもない。だがそのかわりに、ヨーロッパはさまざまな形をとり、目に見えず、予期しにくい脅威に直面している。

 テロリズム

 テロリズムは人命を危険にさらす。それは大きな犠牲を強いる。それはわれわれの社会の開放性と寛容性を破壊することを狙っている。そしてそれは全ヨーロッパにとってますます増大する戦略的脅威となっている。テロリストの活動はますます豊かな財源を備え、電子的ネットワークによって相互に連絡し、大量の犠牲者を出すために無制限な暴力を好んで使用しようとしている。
 最近のテロリズムの波は、グローバルな領域におよび、暴力的な宗教的過激主義と結びついている。それは複雑な原因から発生している。それらの原因には、近代化の圧力や文化的・社会的・政治的危機、外国に居住する若者達の疎外感などが含まれる。こうした現象はわれわれ自身の社会の一部分をなすものでもある。 
 ヨーロッパはこのようなテロリズムのターゲットであるとともに、その基地でもある。ヨーロッパ諸国は標的とされ、攻撃を受けてきた。アルカイダ細胞の兵站基地は、イギリス、イタリア、ドイツ、スペイン、ベルギーで発見されている。これに対処するヨーロッパ側の共同した行動が不可欠である。

 大量破壊兵器の拡散

▼最後に大量破壊兵器が使用されたのは、オウム・テロリスト宗派によってである。彼らは1995年に東京の地下鉄でサリンガスを使った。12人が殺され、数千人が負傷した。その2年前にはオウムは、炭疽菌の胞子を東京の路上で散布した
 これはわれわれの社会に対する潜在的には最大の脅威である。国際的な条約に基づく管理制度や輸出管理協定は大量破壊兵器とその運搬手段の拡散の速度を低下させてきた。しかし、われわれは今やとりわけ中東において起きる可能性のある大量破壊兵器の保有競争から生ずる新たな危険な時代に入っている。生物学の発達はここ何年かのうちに生物兵器の威力を増大させるかもしれない。化学物質や放射性物資を使った攻撃もまたおおいに可能性がある。ミサイル技術の拡散はさらなる不安定要素を付け加え、ヨーロッパをますます大きな危険に直面させる可能性がある。
 もっとも恐るべきシナリオは、テロリスト集団が大量破壊兵器を手に入れた場合である。その場合、少数の集団が国家や軍隊のみが与えることができるほどの規模の打撃を与えることができるであろう。

 地域紛争

 カシミールやグレート・レイク(オーストラリア南東タスマニア中央高原の湖)地方や朝鮮半島における紛争は、EU諸国に近接した地域、とりわけ中東における紛争が与える影響と同様の影響をヨーロッパの権益に直接的・間接的に与える。EUの国境地域にまだ存在する暴力的あるいは冷戦的紛争は地域の安定を脅かす。
 それは人命を奪い、社会的・物理的インフラストラクチャーを破壊する。それはマイノリティーや基本的な自由や人権を脅かす。紛争は過激主義やテロリズムや国家の崩壊へと導く可能性をもつ。それは組織的犯罪の機会をもたらす。地域の不安定化は大量破壊兵器に対する欲求をかき立てるだろう。
 往々にしてつかみどころのない新たな脅威に対処する最も実践的な方法は、かつての地域紛争に対処する方法と同じものである場合がある。

 国家の崩壊

 腐敗や権力の濫用、弱体な政府機構、義務感の欠如などの劣悪な統治や民間の紛争は国家を内部から腐食させる。ある場合には、これは国家の諸機関を崩壊させる。最近の諸例として最も良く知られているのは、ソマリア、リベリア、タリバン統治下のアフガニスタンである。国家の崩壊は、組織的犯罪やテロリズムなどの明白な脅威と結びついている。国家の破綻は、警戒を要する現象であり、統治全体を崩壊させ地域の不安定をもたらす。

 組織的犯罪

 ヨーロッパは組織的犯罪の第1のターゲットである。われわれの安全にたいするこのような内部からの脅威は、重要な外部的広がりをもつ。すなわち、国境をはさんだ麻薬や女性、違法な移民の密輸や不法入国、犯罪集団の活動の大きな部分をなす武器取引などである。それはテロリズムとリンクする可能性もある。
 このような犯罪的活動は、弱体なあるいは破綻した国家と往々にして関連している。麻薬販売の収益はいくつかの麻薬生産国家の国家機構の弱体化を促進している。宝石の原石や、木材、小火器の販売収益は、世界の他の地域での紛争をかき立てる。
 これらの活動すべては、法の支配や社会秩序そのものを掘り崩す。極端な場合には、組織犯罪は国家を支配するに至るかもしれない。ヨーロッパのヘロインの90%はアフガニスタンで生育したケシから製造されている。アフガニスタンでは麻薬貿易は私的な軍隊の給料を支払うためのものとなっている。この麻薬のほとんどは、バルカンの犯罪ネットワークを通じて配送される。この犯罪ネットワークは世界規模の性貿易の犠牲者である70万人の女性のうち20万人を売買している。注目に値する組織犯罪の新たな様相は、海賊の増大である。
 テロリズムが最大限の暴力を行使していること、大量破壊兵器の入手可能性、組織的犯罪、国家システムの弱体化と軍事力の私物化などの様々な要因をすべて考慮に入れると、われわれはなんとすさまじい脅威に直面していることであろうか。

  U 戦略的諸目標 

 われわれは明るい展望のある世界に生きているが、同時にわれわれが認識しているよりもさらに大きな脅威に直面してもいる。未来はわれわれの行動に幾分かは依存している。われわれは世界大の視野を持って思考するとともに、地域的観点からも行動する必要がある。欧州連合はその安全を守り、その価値を高めるために、3つの
戦略的目標を設定している。

 諸脅威への対処

 欧州連合は以下の重大な脅威に対処するように行動してきた。
・欧州連合は、9・11以降、ヨーロッパ逮捕状や、テロリストへの財政的支援を攻撃する諸措置、アメリカ合州国との相互法的援助に関する合意などを含む諸措置をもって対処してきた。欧州連合は、この分野における相互協力の発展と欧州連合の防衛の改善を引き続いて行う。
・欧州連合は、核拡散に反対する政策を多年にわたって継続してきた。連合は国際原子力エネルギー機関を強化する見通しを持つさらなる行動計画、すなわち輸出管理の強化、船舶による非合法の移送、不法な入手への対処などの諸措置を含む行動計画に賛成したばかりである。欧州連合は多国間協定制度への全国家の加入を実現しようとしてきたし、条約とその検証規定を強化しようとしてきた。
・欧州連合とその構成諸国は、バルカン諸国やアフガニスタン、DRCなどにおいて地域紛争に対処するのを援助し、崩壊した国家を再建するために介入した。バルカン諸国に最良の政府を再建し、民主主義を育成し、現地政府が組織的犯罪に対処できるようにすることは、欧州連合内での組織的犯罪に最も効果的に対処する一つの方法であった。
▼グローバリゼーションの時代においては、遠方の脅威は近くの脅威と同等の脅威として懸念されるであろう。最初の防衛ラインはしばしば国外にあるであろう。新たな脅威はダイナミックである。紛争と脅威の未然の阻止行動は時期尚早に開始することはできない
 グローバリゼーションの時代においては、遠方の脅威は近くの脅威と同等のものとして懸念されるであろう。北朝鮮の核活動、南アジアの核のリスク、中東における核拡散問題などはすべて、ヨーロッパにとって気がかりな問題である。
 今日、テロリストと犯罪者は世界中で活動を行うことができる。中央アジアおよび南西アジアにおける彼らの活動は、ヨーロッパ諸国やその市民にとって脅威となるかもしれない。他方、地球全域からの情報は、地域紛争や世界のあらゆる地域における人道的悲劇に関するヨーロッパの認識を増大させる。
 冷戦期間とそれ以前までの、われわれの伝統的な自衛概念は侵略の脅威を基礎にして成り立っていた。新たな脅威に関しては、最初の防衛ラインはしばしば国外にあるであろう。新たな脅威はダイナミックである。核拡散のリスクは何倍にもなっている。放置されたテロリストのネットワークはこれまで以上に危険になるであろう。西アフリカで見られたように、国家の崩壊と組織犯罪は、それが放置されれば広がっていく。これは、危機が発生する前に行動する準備をすべきことを示唆している。紛争と脅威の未然の阻止行動は時期尚早に開始することはできない。
 冷戦期における目に見える巨大な脅威と対照的に、新しい脅威は純粋に軍事的なものではないし、純軍事的な手段で対処することができない。それぞれの脅威に対しては諸措置の組み合わせが必要とされる。核拡散は輸出管理によって阻止できるだろうし、政治的・経済的手段、その他の圧力手段などによって攻撃できるだろう。他方、背景にある政治的原因にも対処するであろう。テロリズムに対処するには、情報、警察、司法、軍事的手段とその他の手段の組み合わせが必要とされるであろう。崩壊した国家においては、秩序を回復するためには軍事的手段が必要とされるであろうし、切迫した危機に対処するために人道的手段が必要とされるであろう。地域的紛争は政治的に解決される必要があるが、紛争終結後の段階には軍事施設と効果的な警察業務が必要となるであろう。経済的手段は再建に役立ち、文民による危機管理は文民政府の再建を援助する。欧州連合はこのような多面性をもつ状況に対応するために、とりわけて人材・装備を十分に有している。

 隣国に安全を確立する

▼EUの拡大は新たな分断ラインをヨーロッパに作るものであってはならない。アラブ・イスラエル紛争の解決はヨーロッパにとって戦略的優先性を有する
 グローバリゼーションの時代においても、地政的問題は依然として重要である。欧州連合の境界に存在する諸国家がよりよく統治されていることはヨーロッパにとっても関心事である。暴力的紛争が起きている隣国、組織的犯罪が開花している弱い国家、機能を停止した社会や国内での人口の爆発的増大がおきている国などのすべてがヨーロッパにとって問題をひきおこす。
 加盟国家の統合はわれわれの安全を強化するが、同時に欧州連合を紛争地域に接近させる。われわれの任務は、親密で協力的な関係を持つことのできる人々と協力して、確実に統治された諸国の環を欧州連合の東部と地中海の境界地域に作り出すことである。
 この重要性はバルカンで最も良く示された。アメリカやロシア、NATO諸国、その他の国際的パートナー諸国との連携した努力によって、この地域の安定はもはや大きな紛争の勃発によって脅かされることはない。われわれの外交政策の信頼性は、この地域でわれわれが実現した成果を打ち固めることができるか否かにかかっている。ヨーロッパの示す展望は、戦略的目標を提示するのみでなく、改革への刺激ももたらす。
 EUの拡大でヨーロッパに新たな分断ラインが作り出されるようなことがあったら、それはわれわれのためにならない。東の隣国諸国に対しては、一方でそれらの諸国の政治的問題に取り組むとともに、経済的・政治的協力の利益を拡大していく必要がある。われわれは今や、やがて欧州連合に隣接する地域になるであろう南コーカサス地域の諸問題に対してより強力で活発な関心を持つべきである。
 アラブ・イスラエル紛争の解決はヨーロッパにとって戦略的優先性を有する。この問題の解決なしには、中東における他の諸問題に対処するチャンスはほとんどなくなるであろう。欧州連合は紛争解決に至るまで、この問題に関与し続け、精力を注ぎ続けなければならない。ヨーロッパが長い間支持してきた2国家形成による解決案は現在広範に受け入れられている。その実現のためには、欧州連合とアメリカ合州国、国連、ロシア、そしてこの地域の諸国などの統一した協調的努力が必要である。もちろんそれ以上にイスラエル人とパレスチナ人自身の協調的努力が必要である。
 地中海地域は全般的に経済的沈滞と社会不安、未解決の紛争などの深刻な諸問題に直面し続けている。欧州連合の利益のためには、バルセロナ・プロセス(注1)の枠内におけるさらに効果的な経済的・安全保障的・文化的協力を通じて、地中海地域のパートナー諸国との関与を継続することが必要とされる。アラブ世界とのより広範な関係強化もまた考慮されるべきであろう。
(注1)95年11月に行われたEUと地中海諸国との会議で採択された両者間のパートナーシップを強化し、EU・地中海自由貿易創設に向けた対話を実現することなどに関する合意

 多国間主義に基づいた国際秩序

▼われわれの安全と繁栄は効果的な多国間システムの成否いかんにますます依存する。われわれは国際法を支持し、それを強化する努力をしている。国際関係における基本的枠組みは国連憲章である
 地球規模の脅威にさらされ、グローバルな市場とメディアをもつ世界においては、われわれの安全と繁栄は効果的な多国間システムの成否いかんにますます依存する。強力な国際社会の発展と、十分に機能する国際機関、ルールに基づいた国際秩序の形成がわれわれの目的である。
 われわれは国際法を支持し、それを強化する努力をしている。国際関係における基本的枠組みは国連憲章である。国連安全保障理事会はなによりも国際的平和と安全を維持する責任をもっている。国連を強化し、その責任を果たし、効果的に行動するために人材を配置することはヨーロッパにとってなによりも重要である。
 われわれは国際平和と安全に対する脅威と効果的に対決するために国際組織と制度、諸条約を望んでいる。そしてだからこそ、それが定める規則が破られたときは行動する準備をしていなければならない。
 世界貿易機関(WTO)や国際金融機関(IFIs)のような国際的制度における基軸的機関はその構成メンバーを拡大してきた。中国はWTOに加盟し、ロシアも加盟交渉を続けている。こうした機関の高い基準を維持しつつ、その構成メンバーを拡大することをわれわれの目標とすべきであろう。
 国際システムの核心的要素の一つを成すものは両大陸間の関係である。それは両者間の相互利益のためだけでなく、国際社会全体を強化するのである。NATOはこうした関係の重要な表現形態である。
 地域機構もグローバルな管理能力を強化している。欧州連合にとっては、OSCE(全欧安保協力機構)とヨーロッパ評議会の強さと有効性はとりわけ重要である。ASEANやMERCOSUR(南米南部共同市場)、アフリカ連合などの他の地域機構はよりよい秩序をもつ社会を作るために重要な役割を果たしている。
 核拡散やテロリズム、地球温暖化などの諸問題に対処するための法律を提案することもルールに基づいた国際秩序を作り出す一条件である。世界貿易機関のような既存の機関をさらに発展させ、国際犯罪法廷などの新たな国際機関を支援することにわれわれは関心を持っている。ヨーロッパにおけるわれわれ自身の経験は、安全は信頼の醸成と軍備管理体制を通じて強化できることを示している。このような手段は欧州連合の隣国やそれ以外の諸国における安全と安定のためにも重要な貢献をすることができる。
 国際社会の質は、その基礎をなす諸政府の質いかんで決まる。われわれの安全は、しっかり統治された民主主義的な国家からなる世界によって守られる。しっかりとした統治を拡大し、社会的・政治的改革を支援し、汚職や権力の濫用に対処し、法の支配を確立し、人権を守ることが、国際的秩序を強化する最良の諸手段なのである。
 通商と開発政策は、改革を促進する強力な手段になりうる。世界最大の公的援助の供給者であり、最大の貿易圏である欧州連合とその構成諸国はこれらの目的を追求するにあたって最適の位置を占めている。
 援助計画を通じてよりよい統治の実現に貢献すること、条件を付けたり、一定の目標を定めた通商措置は今後も強化すべきわれわれの政策の重要な特徴をなす。万人に平等と機会を与える世界は欧州連合とその市民にとってより安全な世界となるであろう。
 多くの国家が自分たちを国際社会の範囲の外に置いてきた。ある国家は孤立を目指し、別の国家は国際的規範からあえてはずれようとしている。そのような諸国家も国際社会に再度参加することが望ましいし、そうした諸国に援助を供与する準備をEUは整えておくべきである。そうすることをあえて望まない国は、欧州連合との関係を含むなんらかの代償を支払わなければならないことを理解すべきだ。

 V ヨーロッパの政策の相互に密接な関係

 欧州連合は一貫した外交政策と効果的な危機管理の実現に向かって前進してきた。バルカンやそれよりさらに遠方の地域でわれわれが示したように、われわれは効果的に活用できる手段をすぐ使える状態で保持している。だがもしわれわれがわれわれの能力に見合う貢献をおこなおうとするならば、さらなる活力と一貫性、能力が
必要とされる。また他の諸国と共に活動する必要がある。

 積極的な戦略的目標の追求

▼われわれは、早期、迅速で、必要なら断固とした介入を促す戦略的観点を持つ必要がある
 われわれの戦略的目的を追求するにあたって、より積極的になることが必要だ。そのために政治的・外交的・軍事的・民間的・交易、開発活動などのわれわれが保有しているさまざまな危機管理と紛争の未然防止の手段を活用する。新たなダイナミックな脅威に対抗するためには積極的な政策が必要である。われわれは、早期、迅速で、必要なら断固とした介入をあえて選択する戦略的観点を持つ必要がある。
 1600億ユーロを防衛費として費やす25カ国の連合として、われわれは数個の作戦を同時に行える能力を持たなければならない。われわれは軍隊と民間の能力の双方を動員する作戦を開発することによって、作戦に独特の価値を付け加えることができるだろう。
 EUは国際平和と安全に対する脅威に対処する際、国連を支えるべきである。EUは紛争の中から新生した諸国を支援し、短期の危機管理活動を行っている国連に対する支援を強めるために国連との協力を強化しようと努めている。
 われわれは周辺諸国が崩壊する前に、あるいは核拡散が察知された場合に、そして人道的な緊急事態が発生する前に行動できるようにしておく必要がある。予防的介入によって将来のさらに深刻な問題を回避することができる。これまで以上に責任を取り、より積極的な欧州連合はより大きな政治的比重を占める欧州連合となるであろう。

 より大きな能力 

 より能力のあるヨーロッパの実現は目前にある。だが、われわれの能力を全面的に開花させるには一定の時間がかかるであろう。現在行われている活動は、とりわけ防衛機関の創設は、われわれを正しい方向に導いている。
 われわれの軍隊を今以上に柔軟で、機動力があるものに変革し、新たな脅威に対応できるようにするためには、防衛のためのより多くの資源とそれらの資源のより効率的な運用が必要である。
 集積され、分割された資材の系統的活用は重複をなくし、経費を削減し、中期的には軍事能力を増大させる。
 ほとんどすべての大きな介入作戦の際に、軍事的効率を追及すると、民間の混乱がもたらされる。われわれは危機と危機終息後の情勢に耐えうるように、一切の民間必需資源を供給しうる大きな能力を必要とする。
 強力な外交能力という点では、われわれは構成諸国の人的・物質的資源をEUの諸機構の人的・物質的資源と結合するシステムを必要とする。遠方の不案内な諸問題を扱う場合には、よりよい理解とコミュニケーションが要求される。脅威に関する共通の評価は共同行動の最大の基礎である。それはEU構成諸国家やパートナー諸国との情報の共有の強化を必要とする。
 さまざまな領域における能力を強化する際に、われわれは任務を広い視野において考えなくてはならない。ここには共同の軍縮活動、テロリズムと闘っている第3国の支援、安全保障部門の改革などが含まれるであろう。ここにあげた最後のものは、より広範な機関建設活動の一環をなすであろう。EUとNATOの間の長期的取り決め(特にベルリン・プラス合意=注2)は、EUの作戦能力を強化し、危機管理活動を行う2つの組織の間の戦略的パートナーシップのための枠組みを提供する。これは新世紀における挑戦に対処するわれわれの共通の決意を反映するものである。
(注2)ベルリン・プラス合意はNATOとアメリカとのサミットの結論に基づいた、NATOとEU間の包括的合意パッケー ジのこと

 首尾一貫性の強化について

 共通外交・安全保障政策とヨーロッパ安全保障・防衛政策の核心は、われわれが一致して行動すればさらに強力になるということである。最近の数年間、われわれは多くの諸手段を生みだしてきた。それぞれがそれ自身の構造と理論的根拠を有している。
 今日のわれわれの課題は、ヨーロッパ援助計画やヨーロッパ開発基金、EU構成諸国の軍事的能力と民間能力やその他の諸手段などのさまざまな手段と能力を統合させることである。これらのすべてはわれわれと第3国の安全に影響を与えている。安全保障は発展の第1条件である。
 外交的努力、開発、貿易と環境政策も同様の課題に従うべきである。危機に際しては、指揮権を統一するしかない。
 テロリズムと組織的犯罪との闘いにおいて、域外での行動と司法活動、国内政策の相互関係を調整することは決定的である。
 首尾一貫性のいっそうの強化は、EUの諸機関の間でだけ必要なのでない。EUの個別の構成国の海外活動も首尾一貫性を強化されなければならない。
 首尾一貫性を強化する政策は、特に紛争を処理するにあたって、地域的にも必要とされる。バルカンと西アフリカでのさまざまな経験が示しているように、紛争が一国ベースで、あるいは地域の支援なしに解決されることはめったにない。

 パートナー諸国との協働

▼協働して行動することで、欧州連合とアメリカ合州国は世界の利益に貢献するすばらしい勢力となるであろう
 われわれだけで対処できる問題はまったくないとはいえないが、ほとんどない。これまで述べてきた脅威は、われわれの親しいパートナー諸国全てに共通する脅威である。国際的協力が不可欠である。われわれは国際機関における多国間協力と重要なカギを握る諸国とのパートナーシップを通じて、われわれの目標を追求する必要がある。
 両大陸間の関係は他のものに取って替えられないほど重要である。協働して行動することで、欧州連合とアメリカ合州国は世界の利益に貢献するすばらしい勢力となるであろう。われわれの目標は、アメリカ合州国との効果的でバランスのとれたパートナーシップでなければならない。EUがその能力と首尾一貫性を増大させることをめざすのは、こうした理由からでもある。
 われわれはわれわれの安全と繁栄のための主要なファクターであるロシアとの緊密な関係を築くために努力すべきである。
 われわれの歴史的・地理的・文化的紐帯は、中東の隣国諸国、アフリカ・ラテンアメリカ・アジアのパートナー諸国などの世界のあらゆる諸国との絆をつくった。これら諸国との関係は、さらに増強すべき資産である。われわれは特に日本、中国、カナダ、インドや、われわれと目的や価値観を共有するすべての国との戦略的関係を発展させることに気を配り、それら諸国を支援して行動するように準備しているべきであろう。

 結論

 この世界は新たな危険に満ちたものであるが、同時に新たなチャンスに満ちた世界でもある。欧州連合は危機に対処するとともに、好機を現実化する手助けとなる重要な貢献をすることのできる能力をもっている。
 行動的で能力のある欧州連合は世界的な影響を与えることができるであろう。そのような影響を与えながら、欧州連合はより公正で、安全でより統一された世界に導く効果的な多国間システムの形成に貢献するだろう。

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 ソラナ安全保障文書について

 ジョン・ヴァン・オウデンナーレン(米国議会図書館ヨーロッパ部部長)

 2003年6月19・20日のテッサロニキ(ギリシャ)での欧州理事会で、欧州連合諸国の国家元首と政府は、EUの共通外交安全保障政策(CFSP)上級代表のハビエル・ソラナの報告書を承認した。それは2003年12月の欧州理事会で採択され、新たなヨーロッパ安全保障戦略の基礎をなすものとなった。来るべき政府間会議で欧州連合がこの新戦略草案の討論に取り組むが、構成諸国、欧州委員会、ソラナの部局も、今後数ヶ月間、この新戦略の要綱について討論を重ねることになる。
 『よりよい世界における安全なヨーロッパ』とタイトルを付けられたこの報告書は、専門用語があまりなく、経過的なことより内容そのものに焦点を合わせており、自画自賛的ではなく、控えめな自信に満ちているという点で、EUの基準からすれば注目すべき文書である。それは両大陸間の関係を「他に取って替えることのできないもの」と特徴づけ、アメリカとEUの紐帯を強化することを呼びかけている。
 ソラナは今日の国際安全保障環境は、以下のような新たな脅威によって特徴づけられていると見ている。すなわち、テロリズム、大量破壊兵器の拡散、破綻国家、組織的犯罪などである。それぞれは相互に結合したり影響を与えあう可能性がある。このような新たな脅威に対処するにあたって、ソラナはEUにとっての3つの戦略的目標を提起している。第1に、この文書は安全保障の対象となる地域をヨーロッパの周辺に拡大することを提起している。西部バルカン諸国の「加盟準備」過程を進め、ウクライナやベラルーシ、モルドヴァ、北アフリカ諸国、中東諸国などに対する「新隣人」政策を強化するという最近の提起を基盤として出されたソラナの戦略的目標は、欧州連合の力を明らかに強化する。相次ぐ拡大によってEUは、隣接した地域の安定を促すために、諸法を整合させ、EU経済圏への統合を実施してきた長い歴史を持つ。だが、長期の加盟資格の候補者を巡っては、矛盾がおきそうである。その際、安定と繁栄を促進し、加盟国の少ない状態を解消する諸関係を確立するために、加盟前段階において使われたのと同様の手段と技術をEUが使えるかどうかは、まだ答えがない。 
 第2に、ソラナ文書は国際秩序の強化を保証している。それはおなじみの多国間主義と国際法の尊重の強調を繰り返している。だが、同時に国連や世界貿易機関、国際金融機関、大陸間関係、アセアン・MERCOSUR・アフリカ連合などの重要な地域組織などを引用しながら多国間主義を規定するという、これまでよりもその範囲を広げる衝撃的な見方をしている。予期されていたように、ソラナ文書は、EUは国際犯罪法廷を支持している。しかし、そのような肯定的なトーンを維持しながらも、多くのヨーロッパの解説者が一致して認めている「一国主義」的立場からアメリカが抜け出すことを受け入れさせるEU主導の諸条約の具体的リストについては何も提示されていない。逆に、ソラナ文書は「自国を国際社会の束縛の外に置く」諸国の存在について記しており、EUとの関係においてこれらの諸国が国内的・対外的な「ならず者」的(この言葉自体は使われてはいないが)振る舞いをしていることに対し、代償を支払わせることを提案している。
 最後に、この戦略文書は、新たな脅威に対する直接的な反撃を呼びかけている。用心深く配慮しながら、アメリカの新たな国家安全保障戦略文書の一部と共鳴しあう言葉を使って、ソラナ文書は、冷戦時代とは異なっていくつの脅威は危機が発生する以前に対処行動が必要なほど危険でダイナミックなものであると言明している。軍事行動の必要性が生じないように政治的・経済的段階を踏みながらではあるが、この報告の強調点は危機の防止に置かれている。だが、脅威の性格に応じて、予防的・先制的軍事行動の扉は慎重にだが、部分的に開かれたのである。
 この目的に合致するために、ソラナは、もっと積極的で、首尾一貫性があり、より能力を高め、パートナー諸国と協働する外交政策をと呼びかけている。積極的になるという点では、欧州連合は、危機を阻止しあるいは鎮圧するために「早期、迅速で、必要なら断固とした介入をあえて選択する戦略的観点」を持つようにならなければならない。首尾一貫性を持つには、欧州連合内のさまざまな政策(貿易・援助・為替などに関する)や構成諸国家の同様の政策をもっと効率的に機能させるために、EUの政策はもっと改善を必要とする。首尾一貫性の欠如はEUの外交政策に対する一般的な不満となっている(またそれは例えば、アムステルダム条約による共通戦略手段の創設の背景にもあるものである)。ソラナ文書がこの点に関して持続する改善をもたらすかどうかが注目される。能力の項目では、改善すべき4つの領域が確認されている。すなわち、防衛資産(さらに多くの予算とできるだけすくない重複)、民間の危機管理資産、外交能力(構成諸国の外交活動を協同的なものにすることを含む)、情報(脅威の共通の評価に役立つ構成諸国間の情報共有の改善)である。パートナー諸国との協働が強調されるのと同時に、アメリカの国家安全保障文書で述べられている主要国の役割の強調も行われている。ソラナ文書は、アメリカ合州国に加え、ロシア、日本、中国、カナダ、インドの5つの国との鍵をなすパートナーシップを強化することに特別に重点を置いている。
 『よりよい世界におけるヨーロッパの安全』がどこにわれわれを導くかは、まだ答えが出されていない。
 この文書はもちろん、加盟諸国や欧州理事会が論議に参加するなかで修正を受ける。いったん共通戦略が採択されれば、この戦略の仕上げが急務になる。EUが緊急反応軍という主要な目標を達成し、ソラナ文書やその他の多くの分析で呼びかけられている、危機管理の際に決定的に重要と認識されている民間の対応能力などの防衛力の改善を実現できるかどうかはまだ明確ではない。欧州連合の「ほぼ外国」に近い地域へのEUの拡大と援助に関する財政的要求があれば、危機爆発を効果的に予防するために必要とされるほどのアフリカ、中東などの紛争地域への支援と、その支援のレベルをあげることが要求されるであろう。ソラナ文書は、こうした方向に向けての有益な出発点であり、アメリカの政策立案者が歓迎するかもしれないものである。