International Lavor Movement 2012/01/01(No.425 p48)

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2012/01/01発行 No.425

定価 315円(本体価格300円+税)


第425号の目次

表紙の画像

表紙の写真 全国労働者総決起集会後のデモ(11月6日 東京)

■羅針盤 非正規職化・労組破壊と闘おう 記事を読む
■News & Review 中国
 「監獄工場」で闘う深センシチズン労働者   中国労働者運動の新たな展望を開く
記事を読む
■News & Review ギリシャ
 緊縮政策粉砕に立つ労働者階級   世界を揺るがす革命的な伝統を継承
記事を読む
■News & Review 日本
 反原発・反失業掲げ11・6集会に5950人   国際連帯の新地平、労働組合復権の展望
記事を読む
■特集 米帝ルール強制し労組破壊のTPP  
■討議資料
 ●資料/経団連と連合のTPPに関する見解
 「経団連成長戦略2011」―民間活力の発揮による成長加速に向けて―
 
■Photo News  
■世界経済の焦点/欧州金融恐慌の拡大と激化
 ドイツの反対で「最後の貸し手」が不在に
 
■世界の労働組合 ドイツ編
 ドイツ勤務医労組マールブルク連盟(Marburger Bund:MB)
 
■国際労働運動の暦 1月18日   ■1912年プラハ協議会■
 ボルシェビキ党建設
 ロシア革命勝利へ解党主義を打ち破り階級的労働運動の路線を確定
 
■日誌 2011年10月  
■編集後記 記事を読む
裏表紙の写真 オークランド・ゼネスト(11月2日)

月刊『国際労働運動』(425号1-1)(2012/01/01)

羅針盤

■羅針盤 非正規職化・労組破壊と闘おう

▼11・6労働者集会は、3・11大震災と原発事故で露呈した新自由主義の大破綻、その出発点である国鉄分割・民営化と闘い続けてきた労働組合を先頭に、原発と首切り・非正規職化に絶対反対で闘い、全面破産した資本主義・帝国主義に代わって労働者の権力を打ち立てていく道筋を明らかにした。超反動野田政権に、フクシマの怒りと結ぶ9・19明治公園の6万決起がたたきつけられ、その最先頭で労働組合を甦らせる闘いは11・6日比谷野音の6千人決起に結実した。
▼さらにこれと連なる重大な勝利が韓国でかちとられた。韓進重工業闘争のキムジンスクさんの85号クレーン高空籠城闘争の勝利だ。「弔問に行く時間が残業の次に長かった」と言われてきた韓進重工業での決死の闘いが歴史を大きく変え、イミョンバク政権を揺るがしている。309日間の籠城闘争に「ともに生きて闘おう」と万を超える「希望のバス」が5次にわたって闘われ、11月10日、ついに彼女は勝利者として地上に降り立った。その直後、11・13民主労総大会が韓米FTA批准阻止闘争と一体のものとして4万人で闘いとられた。日本からも動労千葉訪韓団がともに闘った。
▼また、米オークランドのゼネストを先頭で闘ったILWU(国際港湾倉庫労組)の闘いは、TPP攻撃をも通した世界の労働者階級人民への搾取・収奪・労組破壊の攻撃との最先端の大攻防である。ここでは何よりも外注化・非正規職化・労組破壊との闘いが、国境を越えて万国の労働者の最大の共通課題となっている。3・11大震災以降の国際階級闘争の壮大な躍動と発展に心躍らせ、さらに冬期決戦から2012年へと断固突き進もう。

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月刊『国際労働運動』(425号2-1)(2012/01/01)

News&Reviw

■News & Review 中国

「監獄工場」で闘う深センシチズン労働者

中国労働者運動の新たな展望を開く

 □1178人で2週間工場とめた大スト

 

「そもそもみんなは施し≠もらおうなどとは思ってもいない。私たちの血と汗の成果である賃金を、ただ取り戻したいだけだ! 私たちはいまだに闘争をやめていない」(「不倒のシチズン労働者のブログ11月5日付」より)
 10月17日、中国広東省の開発特区深セン市にある日系シチズンの冠星工場(時計の鎖をつくっている)で、1178人の労働者による大規模ストライキが爆発した。
 労働者は何を要求してストライキに決起したのか?
 ひとつは残業代の未払い問題である。2005年10月以来、会社は作業時間中に水を飲んだり、トイレに行ったりする作業以外の時間が40分ある≠ニいう勝手な理由をつけて、毎日の作業時間を40分延長し、その残業時間に対しては賃金を一切支払わなかった。この未払い残業時間の賃金の全額を支払うことを要求している。
 また、会社が深セン市政府に本来支払わなければならない養老年金などの負担金を、実際の賃金ではなく最低賃金を基にした計算で支払うなどして不正を行っていた。結局は将来の年金も含めた労働者の収入からピンはねを行っていた。その不正を弾劾し、正規の保険料を会社が支払うことを要求した。さらに会社が人員整理に伴う解雇を繰り返していることを弾劾し、違法な解雇をやめることを要求した。
 シチズンの労働者は、こうした要求を掲げて17日以来連日無期限ストライキを闘っていたが、23日には日本人職員が彼らに殴りかかるなど暴行を加えてきた。正門から突入してきた車によって女性労働者が足を折られる事件まで起きている。
(写真 日系シチズン冠星工場でストに立った労働者)

(写真 「下手人に厳罰を」「日本人が労働者を殴った! 血と汗の工場だ」と抗議する労働者)

 □武装警官の工場制圧の下、闘争継続を宣言

 10月28日には、武装警官や民兵団などが門前に配備された。そして週明けの31日、約1000人の武装警官が労働者に襲いかかり、無理やり工場に戻すとともに、警察官の監視のもとで作業を再開することが強制された。一人の労働者に一人の警官が配置され、何かあればただちに警察署に連行されて取り調べを受けるという状況だ。
 文字通りの監獄工場だ。「日本人は、どうしてこんなに力を持っているんだ!」と、労働者が弾劾しているが、中国スターリン主義と日帝資本は、「改革・開放」政策の下で一体となって労働者を支配し、搾取・収奪しているということだ。
 10月31日に職場に戻されてからは、「労働者復職意向表」なる文書を渡され、この文書に記入して争議をやめて復職すること、文書を提出しない者は離職した者とみなすこと、争議をする者は離職して後に法律による手段で解決すること≠ニ書かれていた。つまり職場に残りたいなら、署名して、争議をやめろ!≠ニいうことである。
 しかしシチズンの労働者は屈しなかった。翌11月1日に「不倒のシチズン労働者のブログ」を立ち上げ、「私たちの権利を守るストライキは、まだ終わっていない」という「シチズン工場の労働者からの公開レター」を内外に堂々と発表した(資料参照)。
 「私たちの権利を守るためのストライキは、まだ継続している。しかし工場側は根本的になんらの協議も私たちと行おうとしていない」「私たちのストライキは全過程において非常に平和的であり、合理的な行動を通じて要求を表明し、労働者の合法的な権利を守ることを望んでいるだけである。しかし私たちは相手側の圧力と攻撃に直面している」として、不当弾圧の数々を具体的に弾劾している。そして未払いの残業代の支払い要求、養老保険の支払い要求、不当解雇への規制を要求している。
 さらに「労働組合は見せかけのものであり、不合理なことを立案し、労働者をだまして不合理な労働契約を結ばせるものであるから、労働組合は労働者の利益を代表することはできない」と、中国の工会(中国の官製労働組合で、スターリン主義の労働者支配の要となっている)を徹底的に弾劾し、自分たちの争議への介入に反対しているのである。
 武装警官による工場占領と支配が続いている中で、11月5日、彼らはブログの中で、闘争継続を高らかに宣言し、内外の支持を訴えている。
 「月曜日に、1000人近くの警察官によって工場に無理やり戻されてから、すでに1週間がたった。この期間、仕事に戻った部門もあるとはいえ、だがみんな、私たちは鎮圧されているので、しばし『まじめに』生産ラインの持ち場にいざるをえないだけであることを分かっている。工場が承知した300元≠フ報奨金の約束も果たされていないし、またそもそもみんなは施し≠もらおうなどとも思っていない。私たちは血と汗の成果である賃金を、ただ取り戻したいだけだ! 私たちはいまだ闘争をやめていない」
(写真 武装警官や民兵団と対決して闘う労働者)

 □バブル崩壊、労働者の闘いの激発と新段階

  このシチズン争議は、今までの中国の労働者階級の闘いが新たな段階に突入したことを示している。真っ向から労働者階級としての要求を掲げ、中国スターリン主義と日本帝国主義の暴力的な労働者弾圧体制の下で、その弾圧を直接受けながらもけっして屈せず、不撓不屈に闘い抜く彼らの姿は、中国における反スターリン主義の第2革命につながっていくような、すさまじい労働者の闘いの階級的な魂のすごさを示している。
 そしてこの地平を生み出しているのは、今年に入ってから、中国で起きている諸事件・諸闘争と、その中での中国の労働者階級の闘いの発展である。
 それはまず何よりも、中国バブルの崩壊である。中国経済がいよいよ破局的危機に突入し始めたことだ。浙江省の商業都市である温州では、今年に入ってから200を超える企業が金融連鎖倒産を起こし、この金融連鎖倒産は、中国各地で発生している。上海や北京の不動産価格は値下がりを続け、それでも売れなくなっている。上海では不動産価格の値下がりに抗議して、投資していた不動産オーナーたちがデモまでやっている。不動産価格の値下がりと金融連鎖倒産は、バブル崩壊突入の証だ。
 中国経済は今、バブル崩壊から破局の過程に入った。この経済危機が、無数の労働者の労働争議や決起を生み出しているのである。今、中国では、平均して1日493件の抗議行動やストライキなどの「群体性事件」が起きているといわれている。昨年だけでその数は18万件だったといわれ、インフレや腐敗、食品や生活環境の汚染の問題などがこの数をさらに増加させているのである。
 一方で、本誌10月号でも取り上げた中国高速鉄道事故と8月14日の大連の大デモが、今までスターリン主義の暴力的な弾圧体制の下で鬱屈していた労働者の怒りを一挙に解き放った。その怒りと闘いが政府を追いつめた。重要なことは、労働者階級が「闘えば勝てる!」という確信を持ったことである。労働者階級は今、自分たちの階級の革命性、勝利性をはっきりと認識しつつある。職場での団結を取り戻しつつある。ここに天安門事件以来の弾圧体制を打破する核心がある。
 そしてこうした確信が、労働者の現場での闘いも大きく変えているのだ。この中国の危機と労働者階級の闘いの発展の上に、今の深シチズン労働者の闘いの地平が生み出されている。彼らの団結が生み出されているのである。そしてこれは、天安門事件以来の大弾圧体制を打ち破り、中国スターリン主義打倒へと攻め上る中国の階級的な労働者の闘いがいよいよ始まろうとしていることを示している。それは1920年代の中国の階級闘争にも劣らない労働者の大闘争の時代の到来にほかならない。
 中国は今、バブル崩壊の大激動に突入し、労働者階級が団結を取り戻し、階級的な決起と闘いを開始する時代に入っているのである。
 11月6日の全国労働者総決起集会は、こうした中国の闘う労働者階級との連帯闘争としても闘いとられた。この11月6日の闘争の地平をさらに発展させ、中国の闘う労働者階級との団結をかちとっていこう!
 (河原善之)
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 《翻訳資料》 ●日系シチズン工場の中国労働者からの訴え

 10月17日から連日、ストライキを闘っている中国・深市の日系シチズン冠星工場の労働者から、工場で何が起きているかの真実を暴き、連帯の決起を求める訴えが11月1日、ネット上に公開レターとして発表された。このレターは、中国の労働者人民へのアピールであると同時に、日本の労働者階級への呼びかけでもある。

 【シチズン工場の労働者からの公開レター】

 (カッコ内は翻訳者の注)
「私たちの権利を守るストライキは、まだ終わっていない」  「私たちの権利を守るストライキは、まだ終わっていない」 
 10月26日、私たちは、私たちの権利を守るためのストライキ行動が「すでに基本的には終わり」「圧倒的多数の労働者が工場側の譲歩条件を受け入れた」と新聞で報道されているのを見た。さらに「沙井人力資源部は、私たちに毎月食事代として100元から300元を加算するつもりであるのに、それを私たちが拒否したと言った」とも報道されている。しかしこれらはみな事実ではない。
 私たちの権利を守るためのストライキは、まだ継続している。しかし工場側は根本的に私たちとなんら協議を行おうとしていないし、何らかの「譲歩条件」も、食事代を引き上げることに関する話も聞いたことなどない。さらに重要なことは、私たちのストライキは全過程において非常に平和的であり、合理的な行動を通じて要求を表明し、労働者の合法的な権利を守ることを望んでいるだけである。
 しかし私たちは、相手側(工場側)の圧力と攻撃に直面している。例えば、私たちはこんな人物を目撃している。その人物はある時には自分を記者だと言って、私たちに取材し、私たちから情報を集めていく。ところが別の時には、彼は他の記者に対して自分はシチズン冠星の労働者だと言って、4nの資料を手に記者のインタビューを受け入れている。
 私たちの女性労働者の一人が彼の手からこの4枚の紙を奪ってきたが、その紙に描かれていることは、状況はすでに円満解決している≠ニいう、まったくありえない「和解」の描写である。女性労働者は、この資料をコピーして他の仲間の労働者に配った。仲間の労働者たちは、悪の手先め!≠ニ怒って彼をののしり、悪の手先≠ヘそれを聞くと身を翻して逃げていった。その後、私たちは、彼が政府の車の中で座って休んでいるのを発見した。
 10月28日、私たちはさらに多くの人たちに事情を知ってもらおうと、工場の入り口に出ていくことを決めた。しかし驚くことに、この日から消防隊や武装警察、さらに高砲連隊の部隊さえも来て、私たちを鎮圧した。
 さらに度を越していることは、これらの人々の中に、普段は(工場)付近にいるならず者がかなり混じっていたことだ。彼らは大きな4台の大風日産(日中合資の自動車会社)の車に乗り、われわれに対して「お前らを4日間待っていた。お前らの終わりだ」と言ってきた。一人の役人はこんなセリフを言い出した。「われわれが連れてきた兵隊は、お前ら労働者より多いんだ!」
 恨むべきか、悲しむべきか! 私たちは重大な罪を犯した連中だとでも言うのか? あるいは私たちは漢奸の売国奴だとでもいうのか? 私たちはただ、労働法に依拠して、自分たちの合法的な労働の成果を得ようとしているだけなのだ!
 10月31日、武装警察は私たちを工場に押し戻し、私たちに仕事に戻るように迫った。実際には(武装警官の導入は)10月末から始まったが、(それ以前に)工場側は二度と私たちを相手にするつもりはないとすでに公然と言っていた。そして政府が派遣した武装警官が私たちに工場で働くように迫っているのだから、工場側は何も心配することはなくなり、実際に彼らは私たちを相手にする必要もなくなったのだ。
 10月31日、警察が私たちを工場に押し戻した後、工場側は私たちに「労働者復職意向表」を渡した。そこには「復職に同意するものは、ただちに復職し、この表を戻すこと」「復職に不同意の者、および期限を過ぎてもこの表を提出しない者は、通告により、自分から離職したものとみなし、工場は給料を清算するが、しかし補償金は支払わない。争議をする者は、離職した後に法律による手段で解決するように」と書かれていた。
 これでまだ終わらず、作業場の中で、私たちは一方で警察によって一対一で監督され、工場では一日中、15分ごとに高い音の拡声器から工場の規律規則が放送された。「会社バッジをつけていないと3分(お金の単位、1元の100分の1)差し引く、離席表を持っていないと5分差し引く……」。私たちの心に重圧を加えてくる。
 警官たちは、手に電気棍棒を持ち、違った部門ごとに幾つかのグループに分かれ、私たちの行動に対して一対一で監督している。単なる口先だけの反抗さえも恐れており、私たちを工場の入り口から作業場に戻したが、もし反抗する者がいれば、ただちに5〜6人が取り囲んで警察署に連れていき、取り調べようとしている。
 10月31日のこの日、多くの仲間たちが攻撃を受けており、一人の女性労働者は単に腰掛を蹴っただけなのに、一人の男性警察官によって地面に投げ倒され、腰をケガした。後で病院に運ばれたが、今、彼女の状況がどうなっているのか、まだ分からないのではないか?
 ほかの一人の男性の仲間は、ただ「僕は作業しない。僕一人でどうやって作業するんだ!」と一言言っただけで、警察署に連れていかれ、その日の午後に警察署から出てくるやすぐに自分から仕事をやめて家に帰っていった。警察署の中でどんなことがあったのかは誰も知らないが、それは彼を直ちに深から離れさせることになったのだ。
 さらにおかしなことは、同じ日の午前中に一人のモデルをつくる部門の男性労働者がトイレから帰ってくるや、彼を見張っている人物が、凶悪な雰囲気で彼に言った。「なんで仕事をしないんだ! しかもモデルを壊している」。その後、彼は捕らえられて警察署に連れていかれた。
 午後になって彼がまだ帰ってこないので、彼の妻(同じようにすでに怯えきっていたが、彼女もまたシチズン冠星で働く女性労働者である)は非常に心配し、彼女の夫を解放させることができるのではと工場の屋上に行き、自分の命をかけて(自殺すると)脅し、それと引き換えに夫の釈放をかちとれるのではと願った。まさに彼女が飛び降りようとした瞬間、3人の訓練された武装警官が素早く彼女を抱きかかえた。
 しかし彼女を救った後に、ただちに捕まえて警察署に送ってしまった。警察は自分を取り巻いて見ている仲間たちをすごく憎々しげに見て、「何を見ているんだ!」と怒鳴った。私たちはみな怒ったが敢えて口には出さなかった。
 新聞とテレビはどれも報道はしているが、しかし私たちの最も重要な状況はまったく報道されていない。メディアは今のところ、(労資の)協議が一致に達していないのだと報道しているが、しかし現実には工場側は根本的に私たちに関わろうとせず、協議の機会があるなどとはさらに言わず、ましてや武装警察は私たちと話そうなどとはさらさらしていない。
 彼らはただ、工場側の仕事に戻れという要求に私たちを屈服させ強制させるだけなのである。私たちの仲間の一部は、メディアのインタビューの後、警察に連れていかれて取り調べを受けた。これがメディアのいうところの「協議の過程」だというのだろうか?
 この過程の中で、工場の対応はまた私たちを非常に失望させた。工場側は私たちに、すぐに仕事に戻るならば誰にでも300元の報酬金を与え、勤続年数を1年あたり100元と計算してそれも加算した金額を与えると言っているだけで、これによって私たちに仕事に戻るように激励しているというのである。これ以外に、私たちの900時間の残業代を奪っていることや、養老年金がちゃんと支払われていないという最重要の問題があり、工場側はそれについては一言も語らず、企業としての責任をまったく果たしていない。
 よって、私たちは以下のように要求する。
(1)2005年10月1日から2010年10月31日までの間の毎日40分延長された残業代を支払うこと
(2)養老保険を実際の勤続年数で払っていないどころか、最低賃金(1320元)を基準にして払っているので、法律にのっとり、実際の就業年数と実際の賃金(2300元〜2500元)で等しく補填して支払うこと。
(3)工場の関連の部署が解散する時、工場のやり方は恐るべきものがある。移転したり部署を解散するときは、必ず法にのっとり、月まで足した勤続年数に応じた経済的補償を行うこと。
(4)(既存の)労働組合は見せかけのものであり、不合理なことを立案し、労働者をだまして不合理な労働契約を結ばせるものであるから、労働組合は労働者の利益を代表することはできず、工場側との協議や談判を進めることはできない。
 謹んで、各界のこの事件に関心を持つ友人が、引き続き私たちの闘いの進展に関心を持っていただけるように希望し、あわせて合法的な権利を守ろうとする私たち労働者を支持してくださるように望みます。

 シチズン深冠星労働者
 2011年11月1日   2011年11月1日 

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月刊『国際労働運動』(425号2-2)(2012/01/01)

News&Reviw

■News & Review ギリシャ

緊縮政策粉砕に立つ労働者階級

世界を揺るがす革命的な伝統を継承

 □パパンドレウ政権を打倒したデモとスト

 EUからの緊急援助の受け入れと緊縮政策の強行をめぐって、パパンドレウ首相が辞任に追い込まれたギリシャでは、11月9日、パパデモス(前ヨーロッパ中央銀行副総裁)を首相とした「挙国一致内閣」が成立した。このEU資本の利益を体現した政権に対して、ギリシャ労働者人民は17日、アテネ5万人の緊縮政策粉砕の決起をもって応えた。この日は、1973年に学生が決起して、当時の軍事独裁政権を打倒する闘いの口火を切った日であり、これを引き継ぐ闘いが、ギリシャ全土で行われたのである。これに対して新政権は、デモへの数千の機動隊による襲撃、催涙弾による攻撃、現場逮捕13人をはじめ90人に上る活動家を事前・事後に拘束するという大弾圧に打って出た。北ギリシャの港湾都市テッサロニキでは、アリストテレス大学に警官隊が乱入するという事態さえ起きている。
 ギリシャ支配階級だけでなく、EU帝国主義の総力を挙げた「ギリシャ革命」圧殺攻撃に対する労働者人民の闘いは、体制内労働運動指導部の壁と激突しつつ、08年以来、永続的・戦闘的に続けられてきた。この間、9〜10月だけみても、9月3日アテネ都心での大抗議集会、13日タクシー労働者のスト、21日増税反対の大集会、22〜23日交通スト、25日アテネ集会、26〜27日交通スト、29日タクシー・スト、10月1〜4日のアテネ都心連続闘争、5日の公共部門スト、13〜14日の交通スト、19〜20日ストとデモ、25日交通スト……こういう嵐のような労働者人民の決起がパパンドレウ政権を打倒したのだ。今ギリシャが直面しているのは、革命情勢そのものだ。
(写真 緊縮政策に抗議して国会前を占拠する労働者【11月17日 アテネ】)

 □内戦を闘った労働者

 「99%が生きるために」を掲げた全世界的決起の最前線で闘っているこの不屈のギリシャ労働者階級の中には、実は、第2次世界大戦の戦中・戦後にかけて 「ギリシャの内戦」という熾烈な闘争を数年にわたって闘い、戦後世界を揺るがしたという革命的伝統が、脈々として受け継がれているのだ。  「99%が生きるために」を掲げた全世界的決起の最前線で闘っているこの不屈のギリシャ労働者階級の中には、実は、第2次世界大戦の戦中・戦後にかけて 「ギリシャの内戦」という熾烈な闘争を数年にわたって闘い、戦後世界を揺るがしたという革命的伝統が、脈々として受け継がれているのだ。
 「内戦」を起点とするギリシャ階級闘争の現在に至る過程を振り返り、勝利の展望を明らかにしたい。
 第2次世界大戦の戦後世界の分割支配を、帝国主義がスターリン主義を引き込んで策動していた時に、これを揺るがしたのは、帝国主義諸国における労働者階級の戦後革命への決起(仏、伊、日本など)、民族解放闘争の勝利的展開(中国など)、そして数年にわたり地中海・バルカン半島を戦場と化した「ギリシャの内戦」であった。

 □パルチザン戦争に決起

 帝国主義者にとって地中海・バルカン半島・中東は、極めて重要な戦略的位置を持っていたし、現在でもそうである。中東の石油資源の確保、とりわけイギリスにとっては、大英帝国の植民体制の要をなすインド(およびアジア諸国)への通路と、さらにロシア〔ないしソ連〕の地中海への出口を制する地として死活的な意味を持つ地帯であった。そしてギリシャ〔およびトルコ〕こそ地中海海上交通の担い手だった。
 第2次世界大戦で、イタリア・ファシスト軍の侵攻(40年10月)、ついでナチス・ドイツ軍の侵入(41年4月)に直面したギリシャ労働者人民は、王政政府がエジプトに逃亡する中で、共産党(KKE)の指導下に民族解放戦線(EAM)を結成(41年9月)した。そのもとで42年2月に組織されたギリシャ人民解放軍(ELAS)は、またたくまに、2万5千人のパルチザン戦士を結集し、これをさまざまな形で支える8万人の人民が兵站的役割を担い、政治的支持層は50万人におよんだ。彼らは多くの血を流しながら、侵略軍隊に対する英雄的なゲリラ的抵抗闘争を闘い、全土を制圧していった。その強大化を恐れた保守勢力は、旧親ナチ分子も含めて軍事組織(名目上は抵抗勢力)をつくり人民軍に攻撃をかけるに至った。

 □ソ連スターリン主義の裏切り

 民族解放戦線の勝利の趨勢の中で、ソ連スターリン主義の「反ファシズム統一戦線」路線に従ったギリシャ共産党の指導下に、民族解放政治委員会(PEEA)が結成され、さらに、全政治勢力(保守・王党派を含む)を加えて「国民統一政府」が樹立された(44年5月)。この「国民統一政府」は、同年12月に英軍に守られた亡命政府が帰還すると、英軍によるギリシャ支配を容認する。
 アテネに入城≠オた英軍総司令官は、ただちにパルチザンの武装解除を通告。共産党指導下の民族解放戦線は、武装解除の条件として、ナチス協力分子の武装解除を要求したが、英軍に拒否されたことから、「国民統一政府」から脱退し、即日、アテネで10万人の抗議デモを組織した(44年12月3日)。このデモに英軍・政府軍が発砲したことが「第1次内戦」の引き金となる。人民解放軍(ELAS)は、瞬時にアテネを軍事的に制圧した。この戦略的地帯における労働者人民の闘いの爆発に恐怖したイギリス帝国主義の首相チャーチルは、12月24日、自らアテネに乗り込み、反動内閣の樹立と、英軍による人民解放軍に対する総反攻を命じた。その結果、翌45年1月に、人民解放軍は停戦合意に追い込まれた。しかし、屈服を拒否した反対派は、山岳地帯や隣接するユーゴに移動して抵抗闘争を継続した。
 実はこれに先立つ44年10月、チャーチルとスターリンがモスクワ会談で、戦後世界の分割協定を談合し、ヨーロッパに関しては東欧のソ連支配を英帝国主義が認める代償として、ソ連スターリン主義はギリシャに対する英帝支配を認めるという取引をやっていたのである。こうして、ギリシャの労働者階級はスターリンによって、英帝との取引の材料にされた。ギリシャ共産党(KKE)は、ソ連支持派と反対派に分裂した。反対派は、ソ連スターリン主義と対立を深めていたユーゴに接近し、国境地帯にゲリラ闘争の出撃拠点を獲得する。

 □第2次内戦の開始

 ヤルタ会談(45年2月)とポツダム会談(45年7月)で合意された米ソの戦後分割支配体制を食い破るように、中国、ベトナム、北アフリカなどでの民族解放闘争の激化や東欧情勢の不安定化が進み、46年3月、チャーチルが「鉄のカーテン」宣言を行う。イギリス支配下のギリシャでは、総選挙で王政派が勝利する(46年3月)などの反動的動向が強まった。いったん合法化されていたギリシャ共産党は、ユーゴ・アルバニア国境地帯の山岳でゲリラが再開されたことをきっかけに、ギリシャ民主主義軍(DSE)を組織した。こうして「第2次内戦」が開始される(46年3月)。その鎮圧に英帝は4万人の軍隊を投入したが、第2次世界大戦で疲弊しきった財政の破綻から、ついに47年2月、ギリシャ〔そしてトルコ〕への「軍事援助」の継続は不可能だとして、米帝の助けを仰ぐ。

 □米帝の介入

 米トルーマン大統領は、直ちにギリシャ・トルコ援助を宣言、海空機動部隊の派遣を決定。これは、大規模なヨーロッパの復興援助計画(マーシャル・プラン=47年6月)に発展し、戦後世界の構築における米帝の本格的ヨーロッパ進出の転機となった。
 米帝のギリシャ内戦介入は48年6月に至って本格化し、49年1月に、ついに民主主義軍への総攻撃が開始された。その結果、49年10月、停戦が合意され、内戦は終結した。実は、ギリシャ全土において圧倒的な力を発揮し、広範なギリシャ労働者人民の支持を受けていた人民軍が、指導勢力である共産党(ソ連スターリン主義の支配下)の政治路線によって、帝国主義との協調=屈服の道を強制された結果であった。

 □吹き荒れる反動の嵐

 この「第2次内戦の敗北」によって強化された米帝支配のもと、国内外において反動の嵐が吹き荒れた。王政ギリシャ政府は、朝鮮戦争(50年〜)に派兵し、NATOに参加した。51年に小選挙区制を導入して保守政権を「安定化」させ、レジスタンス勢力に対しては残虐な「レッドパージ」の弾圧の嵐が吹き荒れた。
 カラマンリス指導下の保守政権(1952〜63年)のもとで、成長率年平均7・6%というギリシャ経済の奇跡≠ェ生じた。地中海の要衝を押さえる海運国家ギリシャの港湾設備・運輸網などのインフラの整備に、米スタンダードオイルをはじめ、独仏など膨大な外国資本が投下され、ギリシャは世界経済に急速に組み込まれていった。また、地中海=ヨーロッパの緊張を口実にアメリカの軍事援助(その大部分は武器供与)が巨額の「借款」として供与された。こうして産業構造が変化し、輸出において農業生産物を工業生産物が上回った。
 反動政治は、労働者人民の怒りの高まりの中で、1964年にいったんパパンドレウ(パパンドレウ前首相の祖父)中道政権の成立によって中断されるが、67年に軍部のクーデターによって軍事独裁政権が登場する。この政権のもとで、中東の激動を口実として72年、米帝第6艦隊がギリシャの港湾を母港化する。
 長年の軍事独裁政権の支配に対して、ついに1973年、学生が決起した。デモに対する警官隊の襲撃を機に、労働者人民の積年の怒りが爆発し、74年の総選挙で、新民主主義党が勝利し、カラマンリスのもとで民政に復帰、国民投票で王政を廃止した。70年代後半から帝国主義世界経済の危機が激化すると労働者人民の闘いが高揚し、81年にはパパンドレウの全ギリシャ社会主義運動(PASOK)が政権についた。ギリシャ労働者階級は「内戦の敗北」後、奪われてきた権利を、労働組合の闘いをとおして奪還していった。〔解雇の事前通告制、退職金の十分な保障、非正規労働の規制、社会保障制度の確立など。今、緊急政策の名のもとに支配階級は、まさにこれらの階級的獲得物をギリシャ労働者階級から奪い取ろうとしている〕

 □EU加盟後の闘い

 81年EU加盟を機として、独仏など外国資本が直接投資や金融資本の形で洪水的にギリシャに流入し、労働者階級は新たな攻勢に直面する。その中で、中東=地中海の軍事的緊張を口実に、EU内外の帝国主義(ロシアも)がギリシャに大量の武器の売り込みを開始し、ギリシャは財政とは不均衡な軍事国家に変貌する。新自由主義政策の展開の中でギリシャ労働者階級は、体制内勢力と化した労働組合と衝突しながら、85年には緊縮政策に反対する100万のゼネストを闘い、2001年、2008年と反政府闘争に立ち上がっていく。

 □大恐慌下で闘う労働者

 金融恐慌が世界大恐慌へと展開する中で、サブプライムローンの破綻以後、国際的金融市場で行き場がなくなった投機資金が、ギリシャなどPIIGS諸国の国債のリスクにかけた保険を商品化する、というとんでもない投機活動を行って、現在の財政危機=国家的破綻の原因をつくっていった。これに対するギリシャ労働者階級と人民の闘いは、今や内乱的段階に達している。
 そもそもギリシャの労働組合は、ロシア革命直後のギリシャ共産党の創設(1918年)に先立って、1914年にギリシャ労働総同盟が結成されて以来、「内戦」を戦うに至るまで、戦闘的な伝統を継承してきた。スターリン主義の30年代以来の度重なる裏切りにもかかわらず、現在、国内支配階級、EU帝国主義が総力を挙げて仕掛けてきている圧殺攻撃と真っ向から対決している。ギリシャ=ヨーロッパ労働者階級の解放=革命勝利のかぎは、体制内労働運動をのりこえる階級的労働運動を勝利に導く労働組合の指導部、そして労働者階級の革命党をスターリン主義と根底的に決別してかちとることである。【ギリシャ情勢については、本誌2010年5月号特集を参照】
 (川武信夫)

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月刊『国際労働運動』(425号2-3)(2012/01/01)

News&Reviw

■News & Review 日本

反原発・反失業掲げ11・6集会に5950人

国際連帯の新地平、労働組合復権の展望

 2011年11・6全国労働者総決起集会は、東京・日比谷野外音楽堂に5950人を結集して開催された。「新自由主義とたたかう労働組合の全国ネットワークを!」「国鉄1047名解雇撤回・非正規職撤廃!」「反原発・反失業をたたかう国際統一行動を!」を掲げ、福島の怒りと結びつき原発の即時廃止へ、そして新自由主義による大失業・非正規化攻撃と闘う労働組合の復権へ、大きく前進することを宣言した。
 大恐慌下の闘いの渦中、韓国、アメリカ、ドイツの代表が参加し、国際連帯を一段と発展させた。そして何よりも、この日本でストライキで闘う動労千葉や動労水戸、1047名解雇撤回を闘う国鉄労働者、全日建運輸連帯労組関西地区生コン支部、全国金属機械港合同などの闘いが、階級的労働運動の再生に向けた展望を指し示し、全世界の「99%」の労働者階級の反乱の先頭で、プロレタリア世界革命に合流しつつあることを確信させる集会となった。
 11・6集会でかちとられた新たな地平をさらに発展させ、真に日本と世界の労働運動の主流派として躍り出る、闘う労働組合をつくり出すことが求められている。この道を真一文字に突き進もう。
(写真 労働組合の復権へ「団結ガンバロー」【11月6日 東京・日比谷野音】)

 □呼びかけ団体から労働

   運動再生へアピール    運動再生へアピール
 司会は動労水戸平支部の川俣辰彦さん、ふくしま合同労組委員長の市川潤子さんが務めた。2人とも被災者として決起している思いを込めて集会をリードした。
 開会にあたり、本集会の呼びかけ4団体のあいさつが行われた。
 全日建運輸連帯労組関西地区生コン支部の高英男副委員長は、2010年7月から139日間にわたって闘われた生コン産業ゼネストで関西の建設現場の8割をストップさせた闘いを報告し、「労働組合や中小企業の共同闘争によって闘えば成果が得られることを示した。少数でも闘い方によっては社会を変える力を持っていることを示した」と訴えた。
 全国金属機械労働組合港合同の中村吉政副委員長は、東日本大震災と福島原発事故の被災者を見舞う意を表明し、「『どのような社会を自分たちがつくっていくのか』が今、労働組合の責任と課題として問われている」「団結こそ命、闘争こそ力!」とアピールした。
 動労千葉の田中康宏委員長は、大震災と原発事故によって情勢は一変し、「大震災を千載一遇のチャンスとして、全面的な新自由主義攻撃を社会全体に貫徹しようとしている」と政府・資本を弾劾した。そして、新自由主義攻撃の核心をなす「民営化・外注化」に対し、10年間にわたって外注化を止めてきた闘いを引き継いで、「非正規職化を止めた闘いがまったくない中で、外注化を阻止する具体的な闘いを実現することで、階級的労働運動の展望と可能性を示したい」と訴え、前日の11月5日から運転基地統廃合反対の指名ストに突入したことを報告した。
 国鉄闘争全国運動呼びかけ人の伊藤晃さんは、全世界に広がる運動が「恐慌の中で、資本主義的支配構造を積極的に変革する道を切り開きつつある」と述べ、「私たちは広く運動の連帯をつくり出し、世界の闘う民衆に合流しようとしている。そのための最大の課題は、労働運動を再建し本来の役割に立ち戻らせることだ」と、国鉄闘争全国運動の発展へ「迷うことなく私たちの道を前進することだ」と訴えた。

 □米韓独の代表が国際連帯のアピール

 国際連帯アピールでは、まず韓国の代表団32人が登壇し、民主労総ソウル地域本部のイジェウン本部長が「日本の原発事故は、人間の尊厳を踏みにじり、資本の利潤だけを追求する新自由主義の貪欲の結果だ」と述べ、「韓国と日本の労働者が、アジアに、ヨーロッパに、労働者国際連帯を広げ、力を失っていく新自由主義の息の根を止める闘争をつくろう」と呼びかけた。
 アメリカからはILWU(国際港湾倉庫労働組合)ローカル21のダン・コフマン委員長が、全国一般東京ゼネラルユニオンの通訳で発言した。この間、動労千葉とILWUの連帯関係は深まっているが、争議中の支部の委員長が来日したことは画期的なことだ。コフマン委員長は、伊藤忠商事などが出資する穀物メジャーのEGTが労働協約を破って組合員の採用を拒否していることに抗議し、港湾の穀物列車を実力で阻止した闘いを報告し、「ウォール街を占拠せよ」「オークランドを占拠せよ」の運動を広げて闘うことを呼びかけ、「みなさんの闘いは、われわれの闘いでもあります。世界の労働者の団結を」と訴えた。
 ドイツからは「マルクス主義イニシアティブ」のディーター・エルケンさんが、「原子力産業を全世界で直ちに止めよう」と訴え、「職場・組合・社会運動フォーラム」のラーベン・ブロンシュタインさんは、ストで闘うベルリンの労組への支援を呼びかけた。
 続いて、滞日・在日外国人の仲間が多数壇上に並び、バングラデシュ、ビルマ、インド、クルド、イランの労働者が、「難民を人間として扱え」などと訴えた。
(写真 韓国民主労総の32人の代表団が登壇し、ソウル本部のイジェウン本部長がアピール)

 □被災地から怒りの訴えに大きな拍手

 カンパアピールと韓国の律動隊「コットゥソニ(茜=あかね)」の演技に続いて、福島を始めとする被災地の仲間たちが大挙して登壇した。9・19明治公園の6万人集会の先頭に立った「怒・福島隊」のぼり旗が掲げられた。
 まず、元福島県教組の清野和彦さんが「原発から60`近く離れた福島市役所の線量は1・18シーベルト。放射線管理区域よりも高い」と福島の現状を怒りを込めて報告し、「『核と人間は共存できない』ことを事実をもって示している」「東電と国策として原発を推進してきた政府の責任を徹底的に追及する以外にない」「資本主義社会を根底から変革する以外にない。そのために労働者の闘いを築き上げなければならない」と訴えた。
 「子どもたちを放射能から守る福島ネットワーク」代表の中手聖一さんは、子どもたちへの「年間20_シーベルト」の文科省通知を撤回させた闘いを報告、今なお多くの県民を避難させず被曝させている現実に怒りをあらわにし、「子どもたちを守っていく活動に是非力を貸してください」と呼びかけた。
 同ネットワーク世話人の佐藤幸子さんは、10月27日から経産省前で行った座り込みを「福島の女たちは怒っています。8カ月間、本当に辛い思いできた、その思いをぶつけて座り込んだ」と報告し、「母の墓に最後のお墓参りをして、母に『原発を止めるまで二度とお墓参りには来ません』と約束してきた」と決意を語った。
 同じく世話人の椎名千恵子さんは、経産省前座り込みの際に、毛糸で編んだ地球玉を紹介し、「これは女たちの闘いの決意と願いです。指編みに込めた女たちの思いを引き継ぎましょう」と訴えた。
 仙台市職労の神保美彦副委員長が「復興特区」というさらなる新自由主義を許さない決意を語り、「オークランドのような闘いを自分の職場の労働組合からつくっていきたい」と訴えた。
 この被災地からの訴えに満場の拍手が応えた。
(写真 大挙して登壇した被災地の労働者ら)

 □三里塚などから訴え

 「闘いの最前線から」の発言では、まず三里塚芝山連合空港反対同盟の萩原進事務局次長が、TPP(環太平洋経済連携協定)への参加方針を表明しようとしている野田政権を弾劾し、「労働者、農民、市民、万国の人民が団結し、働く人民が主人公になる社会を」と訴えた。
 憲法と人権の日弁連をめざす会の森川文人弁護士は、「原発とも裁判員制度とも人類は共存できない」と、弁護士会の変革、裁判所の責任追及の決意を語った。
 原発と闘う医師たちを代表して広島高陽第一診療所の吉田良順医師が、「闘う拠点としての医療施設を福島の地に建設する」と述べた。
 NAZEN(すべての原発いますぐなくそう!全国会議=な全)事務局長の織田陽介さんは、12月の反原発統一行動の方針を提起し、「霞が関を占拠する闘いをやりたい」と訴えた。
 「とめよう戦争への道!百万人署名運動」事務局長の西川重則さんは、国会の憲法審査会の動向に警鐘を鳴らし、「明文改憲を許さない」と訴えた。
 沖縄行動団の宮城盛光北中城村議は、普天間基地の辺野古移設阻止へ、元全軍労牧港支部の労働者として、沖縄の階級的労働運動を復権して闘う決意を語った

 □動労千葉・動労水戸の青年らが決意表明

  「1047名解雇撤回・国鉄闘争勝利にむけて」では、多くの国鉄労働者が登壇した。とりわけ、動労千葉と動労水戸の青年労働者の発言は歓呼の声で迎えられた。動労千葉青年部長の北嶋琢磨さんは、「9月29〜30日、京葉車両センター外注化に反対するストライキ貫徹の末、青年部を再建した」と報告。この10月のスト後に動労水戸に加入した照沼靖功さんは、福島原発事故で放射能汚染した車両の検査・修繕、一般公開を絶対にやらせないと力強く報告。動労千葉争議団の中村仁さんは、「99%の労働者が団結して解雇撤回を」と訴えた。国労小倉闘争団の羽廣憲さんは、国労の定期大会で闘争団員の組合員権を剥奪したことを怒りを込めた弾劾。 国鉄闘争全国運動で元国労九州本部書記長の手嶋浩一さんは、「玄海原発再稼働阻止の九電本社座り込みは201日目だ。11・13現地1万人集会へ」と呼びかけ、国労5・27臨大闘争弾圧での暴行罪を弾劾した。   「1047名解雇撤回・国鉄闘争勝利にむけて」では、多くの国鉄労働者が登壇した。とりわけ、動労千葉と動労水戸の青年労働者の発言は歓呼の声で迎えられた。動労千葉青年部長の北嶋琢磨さんは、「9月29〜30日、京葉車両センター外注化に反対するストライキ貫徹の末、青年部を再建した」と報告。この10月のスト後に動労水戸に加入した照沼靖功さんは、福島原発事故で放射能汚染した車両の検査・修繕、一般公開を絶対にやらせないと力強く報告。動労千葉争議団の中村仁さんは、「99%の労働者が団結して解雇撤回を」と訴えた。国労小倉闘争団の羽廣憲さんは、国労の定期大会で闘争団員の組合員権を剥奪したことを怒りを込めた弾劾。 国鉄闘争全国運動で元国労九州本部書記長の手嶋浩一さんは、「玄海原発再稼働阻止の九電本社座り込みは201日目だ。11・13現地1万人集会へ」と呼びかけ、国労5・27臨大闘争弾圧での暴行罪を弾劾した。
 決意表明は自治体、教労、郵政、医療、合同労組、全金本山労組、福島の青年労働者と全学連の斎藤郁真委員長らが行った。
 最後に関生支部執行委員の武谷新吾さんが「若い人に負けないで体を張って闘う」と閉会あいさつ。港合同昌一金属支部の木下浩平書記長の音頭による団結ガンバローで集会を締めくくった。
 集会後のデモ行進は、東電本店前で「原発事故の責任をとれ」と弾劾し、銀座から東京駅前へと進み、戦闘的に行われた。途中、右翼が妨害してきたが、これをはね返し、意気高く闘いとられた。
 前日の11月5日には千葉市内で労働者国際連帯集会が開かれ、7日には日韓理念交流会が行われた。理念交流では、1998年から2004年に民主労総の委員長を務めたタンビョンホさんが「韓国労働運動史」の講義を行い、韓進重工業の闘いの紹介などに参加者は深い感銘を受けた。
 11・6労働者集会と国際連帯の諸行事は、労働者階級の進むべき道を鮮明にした。課題ははっきりした。日本において闘う労働組合の復権を実現すること、この一点に全力を注いで2012年へ突き進もう!
 (大沢 康)
(写真 海外代表と呼びかけ3労組を先頭にデモ行進)

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月刊『国際労働運動』(425号A-1)(2012/01/01)

編集後記

■編集後記

 10月6日の毎日新聞にアフガニスタンの勢力分布図が載っている。それを見るとタリバンの支配地域が9割以上に広がり、カルザイ政権の支配都市は首都カブール、バーミヤン、北部マザリシャリフ、西部ヘラート、南部ラシュカルガ、カンダハル、東部ジェララバードなどの地方都市に止まる。
 9・11への報復を叫んで米帝がアフガニスタンに侵略戦争を開始したのが10月7日で、2011年で10年目を迎えた。多数の人民が無差別殺戮され、家屋、街は破壊され、農地は荒れ果てた。米軍は14年末に完全撤退の態勢に入った。
 米帝はイギリス、ソ連と同じくアフガニスタンで敗北し、崩壊を早めている。そしてこの10年、新自由主義は全世界に膨大な労働者を生み出し、労働者はプロレタリア世界革命で米帝を打倒せんと闘い抜いている。

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