International Lavor Movement 2012/02/01(No.426 p48)

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2012/02/01発行 No.426

定価 315円(本体価格300円+税)

第426号の目次

表紙の画像

表紙の写真 イギリスで公務員ら200万人がゼネスト( 11月30日)

■羅針盤 外注化阻止・非正規職撤廃 記事を読む
■News & Review 韓国
 イ政権揺るがす韓米FTA無効化デモ  韓進・キムジンスク女史、クレーン降りる
記事を読む
■News & Review イラク
 米軍が11年末迄にイラクから完全撤退  新自由主義の侵略戦争は完全に破産した
記事を読む
■News & Review 日本
 動労千葉が基地再編攻撃に指名スト  京葉構内業務外注化の12月実施を阻止
記事を読む
■特集 中国バブル崩壊へ 革命求める労働者  
■翻訳資料
 死をもたらす医産複合体  ――いかにして企業は生命そのものを奪うのか
 『デモクラシー・ナウ』2011年10月31日 城山 豊 訳
 
■Photo News  
■世界経済の焦点
 タイ大洪水が日本資本直撃  自動車工場など水没し決算予想もできず
 
■世界の労働組合 フランス編  フランス労働総同盟(Confdration gnrale du travail:CGT)  
■国際労働運動の暦 2月5日  ■1920年八幡製鉄争議■
 溶鉱炉の火を止めた  1万5千人の労働者が生産を止め資本と国家に階級的力つきつける
 
■日誌 2011 11月  
■編集後記 記事を読む
裏表紙の写真 ドイツで核廃棄物輸送車両を阻止(11月 ゴアレーベン)

月刊『国際労働運動』(426号1-1)(2012/02/01)

羅針盤

■羅針盤 外注化阻止・非正規職撤廃

▼全産別・全職場で外注化阻止・非正規職撤廃を闘おう。東京西部ユニオン鈴木コンクリート工業分会に対する大量解雇=労働組合破壊は、非正規職撤廃をめぐる最先端の攻防だ。鈴木コンクリート工業の社長は、鈴コンで働く労働者に「会社が嫌で文句があるなら辞めたら」と言い放った。これは全労働者に向けられたものであり、多くの労働者や学生が浴びせられてきた言葉だ。いったい誰のおかげで社長は飯を食っているのだ。労働者が汗水たらして日々働いているからではないか。
▼ギリシャでは労働者がゼネストを闘い、交通機関、官公庁、病院、学校、工場などすべてを止めている。99%以上を構成する労働者、農民、漁民こそが社会を動かしているのだ。1%にも満たない資本家など、労働者から搾取・収奪して金もうけしている寄生虫ではないか。大王製紙の前会長はカジノに100
億円もつぎこみ失った。これが資本家の正体だ。資本家どもは労働者から搾取して何百億円、
何千億円もの富を築き、非正規職の青年労働者は100円ショ
ップのカップめんで命をつないでいる。解雇されたら生きていけない。解雇は殺人なのだ!
▼生産の担い手であり社会を動かしている労働者が賃金奴隷にされ、資本家から「嫌なら辞めたら」と言われて誇りを奪われる。ここに「命よりも金もうけ」という資本主義の根本矛盾がある。ここに資本主義を打倒する労働者の怒りがある。社会を動かしている労働者こそ、この転倒した資本主義社会を根本から打倒し、労働者が主人公の新しい社会をつくることができるのだ。鈴コン労働者とともに、資本家どもに激しい怒りを爆発させ、やつらを支配の座から引きずり下ろそうではないか。

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月刊『国際労働運動』(426号2-1)(2012/02/01)

News&Reviw

■News & Review 韓国

イ政権揺るがす韓米FTA無効化デモ

韓進・キムジンスク女史、クレーン降りる

(写真 韓米FTA無効化を訴え鍾路1街から光化門方向の道路上で汎国民集会を開いた【2011年12月3日 ソウル】)

 □韓米FTA批准強行に怒りの闘い

 11月22日、韓米FTA批准案がハンナラ党単独で国会を強行通過した。これに怒る労働者市民の都心デモが警察の「水大砲」攻撃をはねのけて連日爆発している。
 22日から26日までの連日の都心デモはFTAを絶対に阻止するという圧倒的多数の労働者市民の意志を示して、李明博(イミョンバク)政権を恐怖に陥れた。民主労総は闘争指針を出し、11月24日には拡大幹部ストライキを配置して、この一連の闘争に全力投入することとした。
 11月30日には李明博政府を揶揄することを専門にしていて、当局から脅迫を受けている「ナコムス」というインターネットメディア主催のコンサートがヨイドで開催され5万人を超える参加者を集めて成功した。
 12月3日夕には、韓米FTA批准無効化を訴える大規模汎国民大会が1万人を結集してソウルの光化(クァンファ)門から鍾路(チョンノ)1街にかけての道路を封鎖して開かれた。この日の韓米FTA無効化のための集会は午後3時にソウル駅広場で民衆運動陣営の「民衆の力」が韓米FTA批准無効全国民衆大会を開催し、光化門で予定される韓米FTA批准無効汎国民ローソク大会に参加するために街頭行進を行ったが、警察が光化門広場一体を警察バスの壁で囲んで封鎖した。警察の封鎖で光化門広場に入れない民衆大会参加者たちは教保(キョポ)文庫付近の鍾路1街道路にあふれた。そしてここで個別に集会に参加するために来た数多くの労働者市民と合流した。警察の阻止を押しのけて普信閣前まで行進して汎国民大会の空間を確保した。こうして集会をかちとった。
 民主労総は12月8日に2次拡大幹部ストライキを行い、全国11カ所で「韓米FTAかっぱらい無効、李明博退陣」決意大会を開いた。12月10日にはFTA批准無効汎国民大会が再び大規模で開催された。
 李明博政権・ハンナラ党は鎮まることのない労働者市民の怒りの決起に大打撃を受けて狼狽しながらも「2008年のローソクデモの水準までは至らないだろう」とうそぶいている。しかし、10月26日のソウル市長補欠選挙日に選管委員会のホームページにサイバー攻撃をかけて、投票場所の情報などを閲覧できないようにしたのが、ハンナラ党の議員秘書だったことが判明して大問題になっていることも重なって、窮地に追い込まれている。
 韓米FTA無効化の闘いの勝利は労働者人民のすべての闘いの展望を切り開くものになるだろう。

 □309日の高空籠城で勝利の展望を開く

 11月10日、韓進(ハンジン)重工業85号クレーンで309日間の高空籠城を続けた民主労総釜山(プサン)本部キムジンスク指導委員が生きてクレーンから降りた。
 キムジンスク女史はこの日のために訓練を欠かさなかった二本の足でゆっくりゆっくり踏みしめながら鉄階段を降りてきた。下で出迎えた同志たちに向かって発した言葉は以下のとおりだ。
 「皆さん、ご苦労様でした。ジュイク氏もこのように歩いて降りていたらどんなに良かったでしょうか。309日の間、一時も忘れられない名前がキムジュイク、クァクジェギュです。多くの人たちが309日をどう耐えたのか聞きたいと言います。85号クレーンであったことを知っている人ならその事件をどうして忘れてしまうことができるでしょうか。今、解雇者・非解雇者の区分がなくなりました。100%満足はしませんが、私や皆さんすべてが、これまで最善を尽くしてきました。今日これから先は同志たちの心のやましさ、闘争中にあった互いの心の澱(おり)を洗い流していきましょう。皆さん、今日から新たな始まりであり、出発です。笑顔で最後までトゥジェン!!」
 韓進重工業ヨンド造船所でのこの10年以上にわたる解雇撤回闘争の悲痛な歴史をなんとしても乗り越えるために命を投げ出して解雇撤回をかちとろうとしたキムジンスク女史の思いが凝縮している言葉だ。勝利をかちとり、生きて自分の足で降りてくることができた。しかし「100%満足」できる勝利ではないし、闘争過程で解雇者・非解雇者一体の闘争として闘いきれずさまざまなわだかまりもあったことも事実だ。この勝利を起点に「新たな始まり」を開始する必要があるし、それに勝利していく展望はしっかりとかちとられた。
 妥結内容は「1年後に復職」と相互の刑事上の告訴告発の取り下げだ。
 双竜自動者解雇撤回闘争ではこの約束が反故にされ、困難な闘争が続いている。前途に悲観した組合員の自殺が相次いで起こっている。妥結内容を実現するには強固な闘争が待っているが、それに勝ちきる力は十分にある。
 今回の勝利は全国の多くの現場の整理解雇、非正規闘争に大きな激励を与え、今後の闘争の勝利を切り開く展望と力を与えることは間違いない。
(写真 韓進重工業の85号クレーンから笑顔で降りるキムジンスク女史【11月10日 釜山】)

 □「希望バス」運動が勝利の動力に

 韓進重工業ヨンド造船所の解雇撤回闘争で今回の勝利をもたらした動力として、「希望バス」運動の力はやはり決定的だった。この運動の実践過程で「キムジンスクの闘い」が、本当にすべての労働者人民の闘いになった。新自由主義攻撃の中での解雇攻撃、非正規問題がすべての労働者に重くのしかかり、もう黙っていられない問題なっている時に「キムジンスクを救おう」という求心軸をもってその怒りが爆発したのだ。しかも悲壮な闘いではなく、労働者階級の連帯闘争は労働者の自己解放として楽しくやろう、古めかしい枠を乗り越えて共同闘争形態に様々な創造的な労働者文化を持ち込もうという主張と実践のもとで。
 キムジンスクと「希望バス」運動を主導したといわれる、ソンギョンドン詩人は代表的な「1980年代型」のオールド・レフト、つまり正統的左派労働活動家だ。階級の利害関係が体と心に染み付いた活動家だ。この2人が全階層の、あらゆる世代の新しい形の闘いをつくり出したのだ。
 韓進重工業の解雇は不正義だという圧倒的な世論を形成し、李明博政権・ハンナラ党をグラグラに揺すぶった。野党・民主党も国会で韓進重工業の解雇問題について解決の努力を口にせざるを得なかった。
 「希望バス」の実践は、部門と地域を越えて、全社会的な連帯文化をつくり出すことが可能だということを示した。そして全社会に蔓延している企業の構造調整の核心である整理解雇と非正規職化問題を全社会の表面に押し上げた。この問題が全労働者階級の問題であることをはっきり確認させる契機を与えた。
 闘争解除後のキムジンスク女史の逮捕は実力で阻止されたが、「希望バス」運動を主導したソンギョンドン詩人は逮捕・拘束された。しかし、「希望バス」運動は全国の闘争事業場とともに闘う運動体として、止まるところなく活動を展開していくとしている。
(写真 病院で談笑しているキムジンスク女史とソンギョンドン詩人)

 □「統合進歩党」発足には左派の批判も

 12月5日、民主労働党、統合連帯、国民参与党が、45人の受任委員が参加して受任機関合同会議を開き、統合進歩新党の党名と党憲、綱領などを決定した。これによって「統合進歩党(略称、進歩党)」が正式に発足した。(「統合連帯」は進歩新党の統合論議過程で統合推進派が分離したもの。国民参与党は元ヨルリンウリ党でいわゆる盧武鉉(ノムヒョン)党の部分)
 進歩党はイジョンヒ(民主労働党出身)、ユシミン(国民参与党出身)、シムサンジョン(統合連帯出身)の3人の共同代表制で運営され、カンギガプ民主労働党議員が院内代表を、イウヨプ民主労働党政策委議長とノハンネ国民参与党政策委議長とシンオンジク前進歩新党ソウル市本部委員長が共同政策委議長を、チャンウォンソプ民主労働党事務総長が事務総長を務める。広域市別創党大会を経て来年1月15日に中央創党大会を開き統合手続きを最終的に終える予定。
 今年の1月から始まった進歩政党統合交渉の末に、この形の「統合進歩党」の発足となった。統合交渉の中で、一時は民主労働党と進歩新党の合党という線で決まったが、民主労働党が根強く国民参与党との合党を追求し、その過程で進歩新党が分裂し、進歩新党には「独自派」が残った。
 統合進歩党は12月13日から新しい政党の名前で国会議員の予備候補登録を受け付けるなど総選挙体制に突入するという。一方の民主党と「革新と統合」が主導する統合政党とは選挙連帯に積極的に乗り出すとされる。先月のある世論調査では統合進歩政党の支持率が14・7%となったという。
 左派は盧武鉉時代に新自由主義政策をとことん推し進めた反労働者的新自由主義者が何の反省もなく進歩政党の一員として一緒になることなど許せない、「チョンテイルと盧武鉉の出会いはあり得ない」「右傾化の極致」を示すもの「議席確保だけを目的としたもの」と批判している。新しく発足した統合進歩党に対する民主労総の「排他的支持」をめぐっても左派は絶対に阻止するという構えであり、民主労総内での論争が起こることは必至だ。
 2012年は、総選挙、大統領選挙で、まさに政治の年になる。その中で、労働運動の課題をしっかりと闘いとって、真の労働者階級の政治勢力化をかちとっていくことが求められる。
 (大森民雄)
(写真 「統合進歩党」の3人の共同代表)

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月刊『国際労働運動』(426号2-2)(2012/02/01)

News&Reviw

■News & Review イラク

米軍が11年末迄にイラクから完全撤退

新自由主義の侵略戦争は完全に破産した

 □米軍はたたき出された

 米帝オバマは10月21日、イラク駐留米軍を年内に完全撤退させると発表した。
 米軍は、イラク石油労働者を始めとするイラク労働者階級人民のデモ、ストライキ、そして全人民の反米武装闘争によって無残にもたたき出されたのだ。
 駐留米軍は12月2日、バグダッド郊外にある最大の基地で、司令部が置かれていた「キャンプ・ビクトリー」をイラク側に返還したと発表した。広大な同基地には、最大時に米兵4万2000人が駐留、6万5000人の民間軍事請負会社の契約スタッフなどが働いていた。イラクには最も多い時で505の米軍基地があった。
 米軍が完全撤退に踏み切るに至ったのは、イラク残留の条件として米兵の免責特権の維持を要求したのに対して、イラク側が頑として免責特権を拒否したからだ。
 03年のイラク侵略戦争開戦後、これまでに米軍は440
0人を超える死者を出した。負傷者は数十万人もあり、PTSD(心的外傷後ストレス障害)やTBI(外傷性脳損傷)などが多い。陸軍はイラク・アフガニスタンの両戦争で完全に疲弊し、軍解体というべきような状態に陥った。
 イラク側の民間人も含めた死者数は、アメリカのジャスト・フォーリン・ポリシーというNGO(非政府組織)が09年1月までで133万9771人と推計している。
 アブグレイブ刑務所に象徴される、米軍によるイラク人民に対する残虐行為・虐待が行われた。米軍の無差別の家宅捜索が人民を苦しめた。深夜、早朝に米軍兵士は民家に押し入り、女は顔を隠され、男は頭部に袋をかぶせされ軍用トラックに乗せられて刑務所や収容所に送られた。占領開始から3年で推定6万1500人が逮捕・拘束され、07年春には約1万90
00人が拘束されていた。
 米議会調査部(CRS)によると、過去10年間に米国防省がイラクにおける軍事活動に費やした費用は約7570億jに上った。
 大規模戦闘となったファルージャなどでは今、障害を持った新生児が増えており、米軍が無差別爆撃で使った劣化ウラン弾の被曝が疑われているが、米軍は開き直っている。今なおイラクは侵略戦争禍に苦しんでいる。

 □イラク戦争とは何であったのか

 01年9月11日、巨大な反米武装闘争が米帝中枢を直撃した。米帝の中東支配、ムスリム人民に対する過酷な支配に対するムスリム人民の決起だった。
 米帝ブッシュは、「対テロ戦争」を宣言し、アフガニスタン侵略戦争に突入した。
 次にブッシュは、イラクのフセインが「大量破壊兵器を隠し持っている」とデッチあげて03年3月、イラク侵略戦争に突進した。しかしイラクには大量破壊兵器などなかった。ブッシュ政権中枢の全世界を巻き込んだ詐欺行為に基づく侵略戦争だった。
 イラク侵略戦争とは最末期帝国主義の絶望的延命をかけた新自由主義の戦争だった。新自由主義による民営化攻撃が行き着いた社会的腐敗の極致として、軍隊と戦争までが民営化され、営利目的になり「戦争ビジネス」が誕生し、恐慌下・大不況下での金融資本と軍事産業の莫大な金儲けの手段になっていた。戦争それ自身がビジネス、営利事業となったのだ。
 帝国主義者が侵略戦争に動員する時に使う、「国のため」「国民のため」という美辞麗句がはぎ取られ、戦争は「企業の金儲けのため」ということが恥ずかしげもなく国家(政府)によって公言されるに至ったのだ。つまり金のために公然と他国に押し入り、国土を破壊し、人殺しをやるということだ。これでは自分が強盗であることを宣言するに等しい。これでは戦争に正義も大義も人道もないことを自認するものである。兵士は何のために戦争をするのか、人を殺すのか。兵士の前にいるのはイラクの労働者人民なのだ。労働者の兄弟なのだ。納得できるわけがない。だから数十万人の兵士がPTSDに苦しんでいる。こんな戦争が長続きするわけがないのだ。米陸軍は疲弊の極に達して半ば崩壊したのだ。これがイラク侵略戦争だった。
 ブッシュはイラクに「民主主義を打ち立てる」と言った。その意味は、これまでのフセイン支配体制を転覆してまっさらな状態をつくり出し、そこに米帝ブルジョアジーにとって都合の良い統治形態を生み出すことであった。
 イラクを広大な米軍の軍事基地が点在する中に、民営化・規制緩和がされ市場原理主義が隅々まで行き渡る経済モデル国家にしようとする身勝手な構想を描いていたのだ。こんなものはイラク人民の怒りによってたたきつぶされ、無残な敗北に終わったのだ。

 □ラムズフェルドの戦争の民営化

 イラク侵略戦争は戦争民営化の実験場であった。
 イラク侵略戦争に投入された兵力は1991年のイラク・中東侵略戦争(湾岸戦争)が66万人であったのに対して、26万3000人だった。うち米軍は21万4000人(地上部隊である米陸軍と米海兵隊が約10万人、これに海空軍と兵站含め)、他にイギリス軍4万5000人などが加わった。極小化した兵力の派遣を行ったのだ。
 米軍部は、イラク開戦にあたって50〜60万人の兵力が必要だと進言していた。国防長官のラムズフェルドがこれを強引に抑え込んで21万人強という兵力数にした。ここにはイラク侵略戦争を戦争の民営化の実験場にしようとするラムズフェルドなどの新自由主義攻撃があった。
 80年代から90年代にかけてアメリカでは新自由主義攻撃が全面化し、民営化・労組破壊攻撃が進んだ。水道、電気、高速道路、ゴミ収集など大規模な公営事業はあらかた民営化されていた。刑務所も早くから民営化されていた。
 残された公営事業と言えば軍、警察、消防、国境警備、秘密情報、疾病対策、公教育、政府機関の統括などがあったが、これらの民営化は国家統治の根幹に関わる問題だった。
 民間の利益のために軍の民営化、戦争の民営化を実行しようとしたのが国防長官に就任し、軍の最高責任者となったラムズフェルドだった。
 アメリカでは公営企業の民営化と並んで90年代、民間企業で外注化が進んだ。
 80年代、日帝の対米輸出ラッシュは「集中豪雨」とまで呼ばれた。米帝はこれを「日本株式会社の挑戦」と呼び、これに対抗するためこれまでの企業のあり方を反革命的に転換し、外注化、請負化、非正規職化を推進した。
 一つは、ナイキ方式で自社工場を持たず、商品の生産は請負業者やその下請け業者の複雑なネットワークに委託した。もうひとつはマイクロソフト方式で、企業の「中核能力」を担う従業員株主による中央管理部門だけを維持し、その他の仕事すべてを派遣社員に任せた。いずれも企業が工場と正規労働者を「負担」として切り捨てこれを構造改革と称した。
 ラムズフェルドは戦争の民営化にこれを適用した。戦争と軍業務の外注化を促進しようとしていた。企業が工場と正規労働者という負担を切り捨てたように、軍は少数の中核スタッフを残して大規模な正規軍を縮小し、非正規職にあたる予備役や州兵を動員する。さらに基地建設や軍需輸送、運転業務、さらには拘束者の尋問、医療保険などの多くの軍の業務をブラックウォーターやハリバートンといった民間戦争請負企業と契約し任せる。数十万人の兵力が節約でき、民間戦争会社に莫大な企業利益を与えることができるというわけだ。

 □米帝のイラク統治

 5月1日、米帝ブッシュは『戦闘終結宣言』を発した。イラクは、国連安保理決議1483に基づいて連合国暫定当局(CPA)の統治下に入ることになった。つまり米帝のイラク占領統治が国連によって合法化された。
 米帝のイラク占領統治が始まると、復興政策が米ブルジョアジーの戦争ビジネスの対象となり、戦争請負会社の事業となった。イラク人は完全に排除されていた。
 ポール・ブレマーがCPA代表に就任すると、直ちに元バース党員すべてを公職追放した。50万人の兵士を始めとして官公庁職員・警察官・消防士などの国家公務員を解雇した。医師、教師、技術者も解雇された。公共部門をズタズタに切り裂いた。
 「解雇された兵士がそのまま武器を持っている。だから武装したイラク人が数十万いることになる」。解雇された50万人の兵士は生きるために反米武装闘争に決起した。職を奪われた多くの労働者がそれに続いた。
 ブレマーは次に「イラク経済復興のためには、非効率的な国営企業を民間の手に渡すことが不可欠」として、国営企業を直ちに民営化すると発表した。侵攻前のイラクは国営石油会社および200社に上る国営企業によって支えられていた。イラクの公的部門は他国に比べても大きく、石油・港湾・運輸・電力産業、さらにセメントから食用油、主要な食糧と原材料が国営企業で生産されていた。イラク労働者の75%が公的部門で働いていた。その中でも中心となるのがイラクのGNPの70%(政府収入の95%)を占める石油部門であった。
 イラク国営石油会社の民営化に対しては、石油労働組合が民営化は労組破壊であると激しく反対し阻止した。CPAは、イラク国営石油会社の利益から200億jを差し押さえた。「イラク開発資金」の名目で、自由裁量で使うことにした。
 次に着手したのが新経済法の制定だった。アメリカ(外国)企業をイラク新市場に誘い、新工場や小売店を建設させるために45%の法人税を15%に引き下げた。アメリカ(外国)企業のイラク資産1
00%保有を承認した。投資家はイラクであげた利益を100%無税で国外に持ち出せるし、イラク国内への再投資の義務もなかった。投資家は40年の長期リースや契約も可能で、しかもその後も更新可能というものだった。
 復興予算は、米予算から380億j、諸外国から150億j、イラク石油から200億j、総額730億jの巨額に上った。

 □完全に破産した復興

 ところがイラクの工場を再開し、経済の基盤をつくり、雇用を創出し、社会保障費を確保できるように復興資金がイラクの工場に投じられることはなかった。イラク国民は計画の蚊帳の外に置かれていた。イラク人に金を渡す代わりに米政府はヴァージニア州やテキサス州の民間企業にイラク復興の施設などを発注し、あとは現地で組み立てるだけだった。その取付作業からもイラク人を雇用しなかった。契約を受注したハリバートンなどはわざわざ周辺諸国(クウェート、バーレーンなど)の労働者を雇った。
 ブレマー発令の法律を実施する経済政策も、運営したのも民間の会計監査法人だった。大手国際監査法人KPMGの子会社ベリングポイントは2億4000万jでイラク「市場主導型システム」を受注した。
 民間軍事請負企業はイラクの軍や警察の訓練を委託された。警察の訓練を請け負ったのはダインコープ社だった。短い訓練期間に質の悪い指導が組み合わされ、新しい警察にシーア派民兵が隅々まで入り込んだ。彼らは宗派間対立に制服を悪用した。
 イラク各地の米軍基地の建設と運営を一手に受注したのがハリバートンだった。同社は基地内の道路の維持管理から害虫駆除、映画館やディスコ・ナイトの実施まであらゆることを運営した。ミニ・ハリバートン・シティが出現した。イラクでのハリバートンの総受注額は約200億jとされる。
 アメリカの請負業者を監視するのもアメリカの請負業者。イラクに民主主義を根付かせる任務もアメリカの請負業者に外注化された。復興資金はすべてアメリカの企業に流れた。米軍のイラク戦費の多くが民間戦争請負業者に流れた。
 イラクの国営企業は、慢性的な電力不足で稼働停止していた。最大手の企業でさえ下請け、孫請けの仕事にありつけない状況だった。非常用発電機さえ入手できなかった。7カ所の国営セメント工場も同じだった。
 何十億jという金が費やされたが、膨大な仕事の大部分は手つかずのままだ。米企業バーソンズは142カ所の病院の建設を1億8600万jで受注したが、完成したのはわずか6カ所だけだった。主要な復興事業の契約が完了する06年12月の時点で、米監査官事務所はイラクで米企業が関連した87件の詐欺容疑の捜査を進めていた。
 何十億jを請負業者に配分し終わるとCPAは跡形もなく消滅してしまった。そしてアメリカの請負企業は取るだけの金をとってイラクから撤退してしまった。
 「何が復興だ。今だって未処理の水を飲んでいるよ。浄水場は何十年前に建てられたのにほっておかれている。電気だって一日2時間しかつかない。おまけにガスもこない。森から拾ってきた薪で煮炊きしている」。イラク労働者の怒りの声だ。
 03年夏の間はグリーンゾーンのゲートの外では連日抗議デモが行われた。新たに創刊された数百の新聞は、ブレマーや経済政策の批判で埋めつくされていた。
 貿易の自由化・無制限の輸入と外国企業がイラク資産を100%保有することを認めたことが実業家の怒りを買った。外国資本がイラクの工場を二束三文で買い上げることに激怒していた。
 国営企業の民営化とは、アメリカの民間企業に売りつけるために、労組を破壊し労働者の3分の2を解雇することだと分かった。労働組合は民営化反対に立ち上がった。
 イラクの人口は2600〜2700万人、労働力人口は700〜800万人と言われる。全人口に占める労働力人口の割合が27〜29%と30%を切っている。これはイラン・イラク戦争、フセインの独裁と労働者流出、米英・国連の経済制裁、そして今回のイラク戦争・占領の結果だ。
 イラク労働省の公式統計では失業率は28・1%。実質は50%、あるいは70%と言われている。350万人〜560万人という失業者の大群が生み出されている。またイラク戦争や戦闘終了宣言の後も、イラク国民の約7割が貧困に苦しんでおり、多くの人が手持ちの財産を処分したり、子どもを働かせたりして何とか家計を支えているとの報告もある。
 米帝のイラク侵略戦争は新自由主義の戦争であり、イラク人民から、仕事と生活に必要な水・電気・ガス、食糧・生活物資のすべてを奪った。そして命をも奪った。
 イラク労働者人民は命懸けの武装解放闘争に決起してついに米帝をたたき出した。新自由主義を根底から打ち破った。中東に独裁政権打倒、米帝打倒の革命的なうねりをつくりだした。

 □石油労働者の闘い

 そして米帝の最大の狙いである国営イラク石油会社の民営化による石油資源の簒奪に対して、民営化阻止を掲げてストライキで闘い勝利したのがイラク石油労働組合であった。イラク労働運動が米帝の侵略戦争を根幹で粉砕し、イラク革命の主役として登場したのだ(本誌08年7月号/イラク特集参照)。
 イラクの石油労働者の労働組合は1950年代の戦闘的伝統を持った組合であったが、1987年にサダム・フセインの労働運動弾圧政策の下で禁止された。指導者のハッサン・デュマを始め抵抗闘争を行い、投獄されたり、亡命したりしながら闘い抜いてきた。フセイン体制が打倒され、指導部が出獄し、帰国し労働運動を再建し活動を開始した。
 4月20日には南部労働組合を結成している。最初は賃金未払いとの闘いに始まり、占領下の生産管理闘争に進んだ。
 米英軍は油田に大量の軍隊を配置しながら油田を放置し荒れるのに任せた。国有イラク石油掘削会社を破産させ米英の会社が乗っ取ろうとしたのだ。石油労働者はこの企みを見抜き、生産管理闘争で対抗して勝利した。
 石油精製部門でも自主管理闘争を通じて職場の支配権を握った。8月には賃上げ闘争を開始した。3日間のストライキで南部地域の石油生産をストップさせ、北部・中部の石油生産と輸送が武装勢力のゲリラ戦争でストップさせられたのと連携する形で、ブレマーに大打撃を与えた。不屈の闘いで04年1月にブレマーを屈服させ賃上げをかちとった。
 ブレマーは04年9月以降、石油産業の民営化を打ち出してきた。これはイラク石油の開発・生産・販売からあがる利益のほとんどを外国資本に譲り渡す内容を含んでいた。そして国有企業の民営化は労働運動破壊の攻撃であった。石油産業民営化と石油法案に反対する闘争は05年から開始された。06年には全石油労働組合を全国組織として拡大する闘いに挑戦し、2万6000人にまでなった。
 石油労働者は米傀儡のマリキ政権(06年5月に発足したイラク正式政府の首相)との闘いに突入した。マリキの戦車、戦闘機を繰り出した恫喝をはねのけて石油労働者は大ストライキで反撃し07年6月、民営化と石油法案を粉砕した。イラク石油労働者の闘いがイラク階級闘争を根底で支えているのだ。
 またイラク石油労働組合は帝国主義の侵略戦争や占領支配と闘い勝利するためには、侵略戦争を仕掛けている帝国主義諸国の労働者との国際連帯が重要だということを自覚している。アメリカのILWU(国際港湾倉庫労働組合)ローカル10とも交流している。
 米帝は新自由主義の実践としてのイラク侵略戦争に完全敗北した。その狙いは民営化・労組破壊であり、石油を始めとしてイラクからあらゆるものを強奪しようとするものだった。それは自滅し破産した。
 それは石油労働組合の闘いを中軸とする労働運動の力で粉砕されたのだ。イラク労働者階級人民のストライキ・デモが米帝を圧倒し、さらに武装解放闘争で米帝は打倒された。米帝の中東支配の暗雲が解き放たれた。
 そして大恐慌と戦争と大失業、新自由主義による民営化・労組破壊・非正規職化によってアフリカ・中東に膨大な労働者が生まれ帝国主義打倒の主役に躍り出た。チュニジア蜂起、エジプト革命はイラク労働者人民の米帝による侵略戦争粉砕の闘いと一体のものである。労働者階級はひとつであり、大恐慌をプロレタリア世界革命に転化するために闘う時だ。階級的労働運動路線の下に前進しよう。
 (宇和島 洋)
(写真 占領下のイラクでイスラエルによるパレスチナのガザ大虐殺に抗議する集会を行うイラク石油労働者ら【2009年1月15日】)

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月刊『国際労働運動』(426号2-3)(2012/02/01)

News&Reviw

■News & Review 日本

動労千葉が基地再編攻撃に指名スト

京葉構内業務外注化の12月実施を阻止

 □線見訓練を拒否

 動労千葉は2011年11月5日から、佐倉運輸区・銚子運輸区新設、ローカル線切り捨てに反対し、本人希望を無視した配転のための線見・ハンドル訓練を拒否する指名ストライキを決行している。まず、銚子支部の対象者から突入し、12月20日から千葉運転区支部の組合員も指名ストに突入している。
 この攻撃は、動労千葉の団結破壊を狙ったものであり、同時に「国鉄分割・民営化25年」(12年4月)に向けたJRの大再編攻撃の一環だ。JR東日本千葉支社管内だけでも数百人の規模で運転士・車掌を配転する。JR千葉支社は、新設する運輸区の要員や行路数も明らかにせず、ましてや誰をどこに配転するかも明らかにしないまま、線見訓練を強制してきたのだ。
 線見訓練は、運転士が新たな行路を運転するために、実際の行路を指導役の運転士が乗務し(訓練対象者は添乗)、次に訓練対象者がハンドルを握って乗務する。最低でも往復5回、ハンドルを握って乗務する必要がある。
 JR東日本千葉支社が11年6月に提案した運転基地再編計画は、銚子運転区、成田車掌区を廃止し、銚子と佐倉に運転士と車掌を一緒にした新たな運転職場(運輸区)をつくるというものだ。新しい銚子運輸区は運転士と車掌を合わせて100人程度、佐倉運輸区は250人程度とされており、JR体制の大再編、JR総連・東労組の切り捨ても絡んだ国鉄分割・民営化以来、最大級の運転基地再編だ。これはまた、ローカル線切り捨ての攻撃でもある。
 JR千葉支社は、佐倉運輸区・銚子運輸区について、5月に開設すると提案してきた。
 今回、訓練指定された動労千葉組合員は、いずれも転勤をまったく希望していない。千葉支社は希望調査すらせず、佐倉・成田地域から1時間程度を通勤範囲とし、勝手に訓練対象者を指定してきた。動労千葉は「異動は本人希望に基づき行う」という組合要求貫徹に向け、断固として闘いに突入したのだ。
 11月5日の労働者国際連帯集会で、ストに突入した銚子支部の小倉明副支部長は「長期の闘いになるが支部の団結で当局を倒していきたい」と語った。千葉運転区支部の大野茂支部長も「千葉運転区支部でも12月から線見訓練が入る。指名ストで徹底的に闘いぬく」と決意表明した。
 銚子支部は11月に12人、12月に17人、千葉転支部は12月に8人がストを貫徹した。

 □検修・構内業務の全面外注化阻止へ闘う

 動労千葉は11月11日、「基地再編攻撃粉砕! 京葉構内外注化阻止! 組織拡大!」をスローガンに総決起集会をDC会館で開催した。
 田中康宏委員長は「現在、運転基地再編攻撃との攻防のただ中にある。当局は、移行のスケジュールも要員数も明らかにしないまま、とにかく線見訓練だけを強行している。こんなことは前代未聞だ。数百人にも及ぶ異動を組織破壊攻撃に使いきろうとしているからだ」と当局の狙いを徹底的に断罪した。
 さらに京葉車両センターでの構内業務外注化についても「10月1日実施を止め、11月1日実施も止めた。ジワジワと会社を追い詰めている。千葉支社は計画を縮小して『12月1日実施は無理だが年内にも実施したい』と言っている。核心は来春の検修業務全面外注化にある。だからなんとしても外注化の実績をつくりたいのだ。京葉車両センターでの外注化を絶対阻止し、攻めて攻めて来年4月の決戦に持ち込もう」と述べた。
 実際に、動労千葉は12月1日実施を阻止した。JR当局が正式に提案した合理化案が2カ月以上も実施できなかったことは前例がない。これは、動労千葉の総力を挙げた闘いの成果だ。現職組合員と、外注会社の千葉鉄道サービスで働くエルダー組合員(定年後の再雇用者)が一致団結して展開した「外注業務を請けないでくれ」「青年たちの未来を奪ってはならない」という職場オルグによって、外注会社で構内運転業務の要員が集まらないという状況をつくりだした。また、ストライキや非協力闘争と組織拡大の闘い、そして偽装請負を徹底的に追及して闘ったことによってJR当局を徹底的に追い詰めてきた。こうした中で、青年労働者の反対の声が次々と上がり、東労組千葉地本との団交も決裂している状況だ。
 この間、動労千葉・動労総連合は、JR東日本がこれまで行ってきた検修・構内業務の一部外注化に関して偽装請負の実態があることから、厚生労働大臣あての「偽装請負に関する申告」を行ってきた。動労千葉に続いて、動労水戸、動労連帯高崎も申告を行った。これを受けて、茨城、埼玉の各労働局がJRの職場に直接調査に入るという状況も切り開いている。
 動労千葉は、こうした勝利的地平の上に立って、9月に提訴していた「京葉車両センター構内業務外注化差し止め仮処分」をいったん取り下げることを決めた。
 こうして、2012年4月にも強行されようとしている検修・構内業務の全面外注化阻止へ闘う決戦態勢を打ち固めているのである。
 また、JR西日本米子支社後藤総合車両所で働く国労組合員が、JR西日本が行っている下請け会社への業務委託―外注化が違法行為(偽装請負)であることを厚生労働省鳥取労働局に申告・告発する闘いに決起している。
 動労千葉―国鉄労働者の闘いは、全産別にわたる外注化・民営化・非正規職化攻撃を打ち砕く切っ先となっている。労働組合の復権をかけて、2012年を闘い抜こう。    (大沢 康)
(写真 「基地再編攻撃粉砕! 京葉構内外注化阻止! 組織拡大!」を掲げた動労千葉の総決起集会【11年11月11日  DC会館】)

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月刊『国際労働運動』(426号A-1)(2012/02/01)

編集後記

■編集後記

 世界大恐慌の本格的な爆発の中で、ヨーロッパでは財政破綻国家が続出し、大増税、年金切り捨て、公務員労働者の首切りが労働者に襲いかかっている。これが労働者の怒りに火をつけ、ギリシャ、イギリス、ポルトガルなどで歴史的なゼネストが爆発している。
 日本の労働者にも同じ攻撃がかけられている。野田政権は、原発の再稼働と輸出、TPP(環太平洋経済連携協定)交渉参加、大増税と消費税率10%への引き上げ、辺野古新基地建設と日米安保強化に突き進んでいる。日本でもゼネストが闘われるべき情勢なのだ。
 だが、連合という帝国主義労働運動が野田政権を支えている。連合支配を打ち砕くことにこそ勝利する道がある。反原発闘争と外注化阻止・非正規職撤廃の闘いを職場からつくりだし、連合支配をひっくり返そう。

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