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週刊『前進』(1898号6面1)
”事実調べ直ちに行え”
狭山2月行動 高木打倒へ白熱の糾弾
「いつまでこの差別を続けるのか!」「部落民にはまともな裁判を受ける権利もないと言うのか!」「もう、我慢できない!」「差別裁判長・高木は直ちに辞めよ!」
激しい怒りの声が次々に東京高裁第四刑事部の書記官にたたきつけられた。
高木の二〜三月再審棄却策動と真っ向から対決して部落解放同盟全国連合会は渾身(こんしん)の力を振り絞って、狭山第二次再審闘争の白熱の決戦に突入した。十二月の一週間の座り込み行動を引き継ぎ、二月八日から十日まで三日間、連日七十〜九十人が東京高裁に対する糾弾要請行動を闘い抜いたのだ。
八日は関東、九日は広島・山口・福岡など西日本、十日は大阪・奈良・兵庫など関西の部隊が中心になった。
この闘いに先立ち、解同全国連は各地で第一次再審棄却十九カ年糾弾の狭山集会を開き、二〜三月決戦方針で全員が固く意志一致して闘いに臨んだ。
連日、午前中は学習会を行い、その日の糾弾内容を全員がわがものとした。昼休み時に霞が関官庁街をデモ行進し、午後一時から高裁要請行動に決起した。
「要請団は二十人まで」という高裁の不当な人数制限によって、高裁ロビーにまで参加者があふれた。東京高裁は警備員を多数動員して弾圧態勢を敷いたが、これを打ち破って闘い抜いた。
要請行動は、「直ちに事実調べを行え」という一点に集中して強力に展開された。第二次再審請求以来十二年、高木裁判長が就任してからも五年がたつのに、高木はまったく事実調べを行おうとしていない。七四年の東京高裁・寺尾裁判長が下した暗黒の「無期懲役」判決(確定判決)を覆す新事実がいくつも高木のもとに提出されているにもかかわらず、である。これまでの再審事件の例ならば当然、事実調べが開始されているものが、狭山に限って行わないのは、石川さんが部落民であることを唯一の理由としているのであり、日帝・高裁が差別裁判をあくまで貫こうとしているということだ。
全国連は、この部落差別を徹底的に追及した。要請団と会おうとしない高木裁判長への怒りを爆発させて、主任書記官・鈴木と訟廷管理官・原田に烈火のごとき怒りを爆発させ、連日四時間を超える糾弾要請行動をとことんやりぬいた。
書記官が「裁判長は慎重に審理している」などと発言したことに対して、「狭山だけ事実調べをやらないで、なにが慎重審理か」と追及し、発言を撤回させた。そして、事実調べ拒否が部落差別以外の何ものでもないこと、棄却決定など絶対に許されないことを、深く、鋭く突きつけた。
鈴木と原田は、お年寄りから青年、子どもたちも参加した大衆的闘いの迫力に押され、正義あふれる要求と差別への激しい怒りに圧倒され、打撃感と消耗感を隠すことができなかったのだ。
「石川さんの闘いに真にこたえるのは全国連と解放共闘しかいない」「事実調べ実現=再審無罪の実現はわれわれの闘いにかかっている」との圧倒的な確信と、「全力で闘えば、情勢を打開できる。今が勝負の時だ」という確認で全員が一致して闘った。全員が入れ替わり立ち替わり部屋に入って発言し、部落差別への怒りと事実調べ要求を、それぞれの思いを込めて突きつけた。
こうして三日間の闘いは、差別裁判所・東京高裁、差別裁判長・高木を心底から震え上がらせ、大打撃を与え、三月の全国連第八回大会から連続座り込み行動への決戦の突撃路を切り開いた。
第1節 全国連大会から月連続闘争へ
事実調べを開始し、現場検証や証人・鑑定人質問、石川さんへの本人質問などを行えば、石川さんの無実は完全に明らかになる。重要な再審事件ではすべて請求審段階で事実調べが行われているのだ。
ところが高木は、予想される三月の任期切れを前に、「自分の手で決定を出したい」と言い、棄却を狙っているのだ。事実調べなしに、再審開始決定が出ることはあり得ない。
日帝が、新ガイドライン攻撃と一体のものとして、狭山闘争を解体し部落差別を扇動し、侵略戦争のための国家体制をつくろうとする攻撃を断じて許すな。ガイドライン決戦と狭山決戦の重なり合いを、全人民的闘いの爆発のチャンスに転化して闘おう。
来る三月七、八日の解同全国連の第八回全国大会を「狭山勝利総決起大会」として圧倒的にかちとろう。
そして、三月十五日から解同全国連は一週間の連続座り込み・糾弾要請行動に決起する。年度内棄却を許すか否かの、文字どおり後のない決戦である。連帯し、ともに立ち上がろう。
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