ZENSHIN 1999/04/05(No1903 p06)

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週刊『前進』(1903号4面2)

 解同全国連

 狭山座り込み貫徹

 高裁に5日間の糾弾の嵐

 狭山闘争の勝利をかけた部落解放同盟全国連合会の東京高裁座り込み・糾弾闘争は、警視庁と東京高裁の弾圧を打ち破って圧倒的に打ち抜かれた。三月十五日から十九日まで連日、都心を席巻する街頭宣伝と高裁糾弾闘争が闘い抜かれた。
 全国連は五日間、交差点に面した日比谷公園の一角にテントを張って座り込み行動を闘った。宣伝隊は五日間に七百四十人の狭山再審要求の街頭署名を集めた。署名者から多くの支援カンパも寄せられた。日比谷野音での春闘集会に参加した労働者のグループが署名したり、「私も怒っている。署名用紙を持ち帰って地元で集める」という狭山市在住の人も現れた。
 街頭宣伝と連日の霞が関デモは、日帝・高裁の不正義を多くの人民に知らせ、狭山闘争への関心を高め、闘いの全人民的爆発の展望をつくり出した。
 また、高裁糾弾・要請行動は、「差別裁判を居直り、事実調べを拒否する高木裁判長は辞任せよ」という要求を真っ向から掲げて、激しく闘われた。
 狭山事件は、二つの部落に対する差別的な集中捜査から始まって、石川一雄さんの別件逮捕、拷問と脅しとだましによる「自白」デッチあげと証拠のねつ造、「家が貧困で、小学校も満足にいけなかったことが人格形成に影響した」などという極悪の部落差別の検事論告と一審・内田「死刑判決」、そして二審・寺尾「無期判決」と上告棄却、第一次再審請求棄却と現在の二次請求審における事実調べ拒否などなど、その全過程がことごとく部落差別に貫かれている。このようにして警察・検察・裁判所が一体となって部落差別を扇動し、石川さんを犯人にデッチあげたことを、具体的に、怒りをもって、反論の余地なく徹底的に暴き切った。
 そして、これに対する石川さんを先頭とする三百万部落大衆の差別糾弾=再審要求の闘いが、まったく正義であり、部落大衆の正当な権利であること、もしも東京高裁・高木が部落大衆の怒りを踏みにじって棄却決定を強行するならば、差別糾弾闘争が一層激しく日帝を焼き尽くす勢いで爆発することを覚悟しなければならないことを、高裁・高木に鋭く突きつけたのだ。
 そうすることで、再審棄却体制としての高木体制を追い詰め、高木打倒をとおした事実調べ・再審の実現へ白熱的に闘い抜いた。
 すべての参加者が高裁書記官に差別裁判への怒りをたたきつけ、事実調べ・再審を直ちに開始することを強く求めた。
 最終日(十九日)の総括集会で全国連の瀬川博委員長が、五日間の闘いが高木をとことん追いつめたことを明らかにするとともに、「狭山を徹底的に闘い、戦争反対、日の丸・君が代と闘うことが部落大衆の生活と権利を守るのだ。いまだ小さな全国連だが、やっていることはとてつもなく大きい。団結して闘おう」と呼びかけた。
 全国連と解放共闘は、この地平を地元に持ち帰り、狭山闘争の一層の高揚をつくり出し、再審をかちとることを固く誓った。
 

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