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週刊『前進』(1925号4面1)
石川さんと連帯し異議審勝利を
狭山パンフを徹底的に活用し
全国で「差別裁判取り消し」の百万署名運動まき起こそう
全国部落青年戦闘同志会
東京高裁の七・八再審棄却決定は、石川一雄さんの不屈の闘いと部落解放同盟全国連合会を先頭とする三百万部落民、部落解放共闘会議に結集する労働者人民の闘いに追いつめられた日帝の絶望的で凶暴な攻撃である。それは「自白したから犯人だ。内容は関係ない」という裁判の理念も何もない、へ理屈を並べた極悪の差別文書だ。この暴論を東京高裁は、ただただ国家暴力のみにたよって護持しようとしている。だが、こんなもので狭山闘争を圧殺することなど断じてできない。狭山異議審闘争は、朝鮮侵略戦争への参戦態勢と治安弾圧で労働者階級人民の闘いを圧殺しようとする日帝の攻撃と対決する最前線に位置している。不正義を自認しながら公然と開き直り、部落差別によって人民の分断支配の強化を狙う国家権力に、嵐(あらし)のような差別糾弾闘争をたたきつけよ。解同全国連発行のパンフレット『この差別裁判を許すな!』を武器に、「差別裁判取り消し」百万人署名運動を爆発させ、大衆的な実力糾弾闘争の力で狭山異議審闘争に勝利しよう。(写真は、再審棄却直後の7・12東京高裁徹底糾弾闘争)
第1章 部落差別に貫かれた極悪の再審棄却決定
日帝は、石川一雄さんと三百万部落民、労働者階級人民による〈無実・差別・糾弾〉の闘いに追いつめられ、ぐらぐらになっている。何の説得力もないばかりか、許しがたい部落差別に貫かれた極悪の差別文書である棄却決定こそ、それを最も端的に示している。徹底的に糾弾し、粉砕し尽くさなければならないし、それは絶対にできる。
なぜならば、敵は裁判の制度や理念まで投げ捨てなければ狭山差別裁判を護持できないほどに追いつめられていることを自己暴露したからである。不正義を自認した棄却決定こそ、敵の最大の弱点なのだ。
国家権力が石川さんを犯人にデッチあげるために最大の口実としたのは、脅迫状の筆跡と血液型だった。
第1節 筆跡のねつ造
警察はリストアップした部落青年百二十人のなかから、筆跡の似ていると思われるもの二十数人、アリバイが立証しにくいもの二十七人、血液型がB型のもの十数人を重点捜査の対象とした。そして清水利一という札付きのデッチあげの常習警部に指揮をとらせ、次のような卑劣な手口を使って石川さんに的を絞っていったのである。
「捜査員は、五月二一日に、石川一雄さん宅をおとずれ、石川さんに上申書を書かせて、これを筆跡鑑定にまわすということもやっている。そのときに、上申書を書かせた刑事は、清水のさしずによって、石川さんの手をもち、わざと脅迫状の筆跡に似せて、字を書かせようとしていたのだ」(パンフ二七n)
なんと筆跡をねつ造しているのである。しかし、そこまでやっても違うものは違うのだ。そのことを高木自身も認めざるをえなかった。しかし高木決定は、このデッチあげの生々しい現実を無視して、筆跡の違いを次のように強弁してごまかしているのだ。
「書字・表記、特にその筆圧、筆勢、文字の巧拙などは、その書く環境、書き手の立場、心理状態などにより多分に影響されうる」と。
すなわち、筆跡が違っても石川さんが脅迫状を書いたのだと言っているのだ。三十六年前に、デッチあげの口実を作るために筆跡をねつ造までしておきながら、違いが明らかになるや「筆跡などどうでもいい」とは、なんたるハレンチか。絶対に許されない。
筆跡の違いは、高木が言うような「書く環境、書き手の立場、心理状態など」の影響を示しているのでは断じてない。石川さんの無実を証明し、国家権力による「天人ともに許されない悪逆非道なやり方」を暴露しているのだ。
第2節 万年筆のねつ造
「六月二五日の朝だと思います。長谷部さんが『石川君の家から、善枝さんの万年筆が見つかったとよ、よかったな。だが、こっちにまだもってきてないらしいのだよ。それで、石川君の家の者に怪しまれないようにあがれる友達はいるかい』と言われた」「長谷部さんが『石川君、善枝さんを殺した際に、風呂場の方からあがったと、この前話したっけな。そのとき、鴨居(かもい)の上にのせたのではないのか、なんだか、そこいらあたりからでてきたと言っておったよ』と言うので、『それだと、シキイ(鴨居のこと)の上に五円のカミソリが二〇本くらいあったはずだが、わからなかったでしょうか』と尋ねますと、『そのことは後で聞いてみるから』と言うので、シキイの地図を書きました」(パンフ五八n)
警察は、この地図をもとに石川さんと顔見知りの関源三巡査部長を使って万年筆をねつ造し、三回目の家宅捜索で「発見」したのだ。万年筆については、元警察官も一回目と二回目の家宅捜索では発見されなかったと証言している。にもかかわらず、高木は次のように強弁する。
「捜査から二十八年もたって行われたものであるばかりでなく、昭和(ママ)六十一年十月には、弁護人から捜査の模様を問われて、『退職してまもなく脳いっ血をわずらっていらい、古いことで忘れてしまった』とのべ、具体的な捜査の状況を供述しなかったというのであるから、確かな記憶にもとづくものか、はなはだ心許(もと)ないと言わざるをえない」と。
まったく冗談ではない。これは「死ぬ前に本当のことを言いたい」という証言だ。デッチあげの告発であり、元警察官自身の良心の証言なのだ。絶対に否定することなどできないし、絶対に許されない。
第3節 この真実の叫びを抹殺するのか
このほかの血液型や殺害方法、殺害現場など百数十点にのぼる新証拠や証言のことごとくを、高木はデタラメきわまりないやり方で「有罪であるとした確定判決の事実認定に合理的な疑いを抱かせ、その認定を覆すに足る蓋然(がいぜん)性ある証拠とは認められない」と退けたのである。ようするに高木は、「自白したのだから犯人なんだ。内容は関係ない」と言っているのだ。これが裁判か。
しかし「自白」は、高木が言うように石川さんの有罪を証明しているのでは断じてない。当初の「三人で、お寺の所で殺した」から、「一人で、四本杉の所で殺した」に「自白」内容が変更されていくことは、何を示しているのか。目撃証言をデッチあげた警察がストーリーを変更したことの動かぬ証拠である。(パンフ六〇n)
このように、七十五回にもわたって書き換えられた「自白」調書は、警察がデッチあげたストーリーとねつ造した証拠に沿って石川さんを誘導してウソの供述をさせた証拠にほかならない。「自白」の変遷の一つひとつが、国家権力の差別犯罪を刻印しているのだ。
〈無実・差別・糾弾〉の闘いにこそ、「自白」に頼らざるをえない国家権力の致命的な弱点を突きまくり、棄却決定を粉砕する道がある。今こそ、『この差別裁判を許すな!』を武器に、国家権力による「天人ともに許されない悪逆非道なやり方」を徹底的に暴露・糾弾し、異議審闘争に勝利しよう。
第2章 高木決定の護持狙う反動東京高裁許すな
八月二十三日に行われた要請行動のための予備折衝は、東京高裁が心底から全国連と解放共闘の差別糾弾闘争に恐れおののいている姿を浮き彫りにした。
東京高裁は、高木の棄却決定を護持するために、裁判所の構内にカメラを持った私服警官を導き入れ、機動隊に警備させていたのである。そして交渉の人数を十人に制限した上で、裁判官のいる本館とは別の建物に代表団を隔離したのだ。
しかも通された部屋は裁判所職員の出入り口と要請団の出入り口を別々にもうける徹底ぶりだ。一方で職員が要請団の糾弾からいつでも逃げられるように退路を確保し、他方で要請団の側には廷吏を張り付けて出入りを制限し監視するためである。また、テーブルはすべての脚をボルトで床に固定し、いすも絶対に動かせないようにつなぎあわせている。この物々しさこそ、どれほど国家権力・裁判所が、糾弾・要請行動を恐れているかの証拠だ。
さらに裁判所は不当な制限を要請行動に加えようとしてきた。それは、@人数は二十人までで入れ替えは認めない、A時間は三十分以内、B文書の受け渡しのみで口頭でのやり取りは認めない、C第五刑事部の主任書記官は出席しない、D要請の会場を変更する、という許し難い内容だ。そして、この制限を「平穏な要請行動のために」裁判官会議(東京高裁の百人をこえる裁判官全員で構成する最高議決機関)で決定したといって、押し付けてきたのである。
棄却決定を守るために、裁判所全体が身構えているということだ。それは、棄却が一裁判長の判断ではなく、国家意志であることを証明している。国家権力が一体となって暴力を前面に押し立て、差別的な制限を無理やり押しつけようとしているのだ。
しかし、こんな制限だらけの要請は、要請でもなんでもない。要請が担当裁判官に伝わる保証も何もない。ファックスで要請文を送信するのとなんら変わらない。われわれが何のために職場や学校を休んで金と時間をかけて裁判所まで直接足を運んでいると思っているのか。裁判所の職員に頭を下げるためではないぞ。お前たちを裁くためなのだ。部落差別によって石川さんに殺人犯の汚名を着せ続けている国家権力を糾弾し、正義を回復するためだ。必ず粉砕してやる。
敵の弾圧の核心は、糾弾を一切認めないことにある。敵は、自分たちの不正義を百も承知しているからこそ、それを糾弾されることを心底から恐れている。制限をもうけてもまだ安心できず、暴力で糾弾を圧殺しようとしているのだ。
にもかかわらず解同本部派は、こんな屈辱的な条件を丸のみし、国家権力と一体となって石川一雄さんに屈服を強要している。糾弾闘争を投げ捨てて何が狭山闘争だ、何が部落解放だ。そんなものは彼らが言うところの人権擁護ですらないではないか。転向し侵略翼賛に走る解同本部派による狭山闘争の幕引き策動を絶対に許してはならない。
今こそ、われわれは解同本部派をのりこえ、国家権力が最も恐れている大衆的な実力糾弾闘争を嵐のように巻き起こしていこう。「差別裁判取り消し」署名を本当に百万筆集めて、その大衆的な力で実力糾弾闘争をたたきつけよう。
第3章 勝利を開く原動力は大衆的実力糾弾闘争
日本帝国主義は、先の通常国会においてガイドライン関連法をはじめとする百十本もの反動法案を自自公の翼賛政治で強行成立させ、戦争体制の構築に全力を挙げている。それに反対する労働者階級人民の闘いを、組織的犯罪対策法で圧殺しようとしている。狭山異議審闘争は、この毛穴までもふさごうとする反動攻撃と対決する最先端に位置している。
戦争と大失業、差別の洪水の時代は、けっして「暗黒の冬の時代」ではない。それはすべての労働者階級人民が一人の例外もなく歴史的な決戦に陸続と決起してくる革命の時代だ。そのなかで部落大衆もまた必ず嵐のような差別糾弾闘争に決起する。すでにその闘いは、全国の部落での同和住宅家賃値上げ反対や東大阪市での介護保険反対など、あらゆるところから火を噴き、燃え広がっている。これらの闘いは、狭山異議審闘争を結集軸にして、やがて三百万部落民の総反乱へと発展して行くに違いない。
戦前の高松結婚差別裁判糾弾闘争は、そのことを教えてくれている。
一九三三年の高松闘争は、一九三一年の柳条湖事件に始まる「十五年戦争」のまっただ中で闘われた。権力は部落青年に対して、結婚相手に部落民であることを告げなかったことを唯一の理由にして誘拐罪をデッチあげた。この国家権力を糾弾するために百万と言われる部落大衆と階級的魂を守り続けてきた労働者が、日共スターリン主義反革命の裏切りと敵対にもかかわらず、決起したのである。それは、差別判決を認めることが江戸時代の身分差別の復活を許すことであり、部落民にとって死を意味することへの死活的反撃であった。
決起した部落大衆は、特高警察による天皇制テロルや融和主義者の敵対をはねのけ、わずか一カ月ほどの間に一万七千筆をこえる署名を集めた。これは、当時の部落の低い識字率を考えると驚異的な数だ。この大衆的な実力糾弾闘争の力で、被告の仮釈放や差別裁判にかかわった責任者の処罰をはじめとする成果をかちとったのである。
この闘いの原動力こそ、部落差別に対する根底的な怒りの爆発だったのだ。
今われわれは、当時と同じような戦争と大失業、差別の洪水という時代、すなわち部落大衆が命がけの糾弾闘争に決起してくる時代を迎えているのだ。パンフ『この差別裁判を許すな!』という決定的な武器で棄却決定を完膚なきまでに批判し尽くし、「差別裁判取り消し」百万人署名運動を大々的に巻き起こそう。
九・二七東京高裁要請行動に決起しよう。九月十九日投票の東大阪市議選で瀬川博全国連委員長の五選を絶対にかちとろう。
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