ZENSHIN 1999/10/18(No1929 p06)

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週刊『前進』(1929号3面5)

 狭山高裁行動

 権力の暴力と対決

 再審闘争破壊に怒り

 九月二十七日、狭山再審要求−東京高裁要請行動は警察・高裁による闘う勢力の排除の暴挙と真っ向から激突して闘われた。
 解同全国連と部落解放共闘に結集する労働者・学生七十人は午前中に決起集会をもった。全国連の小森勝重・狭山闘争本部事務局長が基調報告を行い、井橋昌夫中央委員が七・八高木棄却決定を批判した。七・八決定が、石川一雄さんと弁護団による無実の証明を、問答無用の差別的決めつけで踏みにじった部落差別判決であることに、あらためて怒りが沸騰した。そして、このように自自公体制のもとで強まる新安保ガイドライン体制下の戦争と大失業、部落差別の攻撃と全力で対決し、狭山闘争の一層の爆発をかちとる決意を新たにした。
 昼休みに霞が関デモを行い、要請行動のために午後一時に高裁正門前まで行くと、許せないことに、構内には九十人の裁判所職員やガードマンが配置され、厳戒態勢が敷かれていた。正門ゲートのひとつを鎖で閉ざし、もう一方のゲートをわずかに開けて出入りが行われていた。外には多数の機動隊・私服刑事が配置されていた。高裁側は「事前折衝を行う十人以外の入構を認めない」と、居丈高に要請団全員の入構を拒否し、屈服を要求してきた。
 こんなことは断じて認められない。七・八棄却決定前までは、全員が入構して一階ロビーに待機し、不当な人数制限の枠内で交代しながら、四、五時間にわたる要請行動を高裁狭山担当部主任書記官に直接行ってきたのだ。それは、裁判所の不当な対応の中で解同全国連と解放共闘がかちとってきた正当な権利であり、闘いの地平である。ところが高裁は、この要請行動の方式を一方的に破壊する暴挙を、八月に続いて行ってきたのだ。
 多数の人びとが出入りし公開が原則の裁判所に、どうして全国連と解放共闘だけは入れないのか。要請団は、「これは差別だ。全員をこれまでどおり、中に入れよ」とあくまでも追及して闘い抜いた。
 正門前の抗議が四十分経過すると、増強された機動隊が、車いすで参加した「障害者」を排除しにかかった。「何をするんだ!」と激しく抗議しやめさせようとすると、機動隊の指揮者が「全員を霞門方向へ排除」と叫び、機動隊が盾を水平にして要請行動参加者を実力で排除し始めた。
 参加者は青年を先頭に体を張って抗議し抵抗した。こうしてしばらくの間、警察・裁判所とのぶつかり合いが激しく闘い抜かれた。
 その後、参加者は日比谷公園で、警察と対峙する中、怒りの抗議・糾弾集会をもった。警察・裁判所の糾弾闘争圧殺策動が、狭山闘争の爆発に恐怖する国家権力の焦りと危機感の表れにほかならないことを確認し、これへの怒りと悔しさをバネにして、これから全国で新百万人署名運動と狭山パンフを武器に、狭山闘争の一層の爆発のために全力で奮闘することを確認した。そして、東京高裁内外を大衆的な大糾弾闘争の渦の中にたたき込んで、この暴挙を絶対にはね返していくことを誓い合った。
 寺尾判決から二十五年目を迎える。「高木決定糾弾! 差別裁判を取り消せ! 十・三一狭山全国闘争」に総決起しよう。翌十一・一東京高裁大糾弾行動に立ち上がろう。
 

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