ZENSHIN 1999/10/25(No1930 p06)

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週刊『前進』(1930号4面1)

 10・31狭山闘争に総決起を

 異議申し立て棄却策動許さず差別裁判の取り消しへ闘おう

 全国部落青年戦闘同志会

 はじめに

 十月三十一日をもって一九七四年の寺尾(「無期懲役」)判決から二十五年を迎える。今年の十・三一は、狭山第二次再審の異議審闘争にとって、その帰趨(きすう)を決する、きわめて重大な結節環をなす闘いとなろうとしている。
 狭山闘争をめぐる最も重要な問題は、日帝・国家権力による暴虐きわまりない狭山闘争圧殺攻撃の激化である。東京高裁・高木裁判長による七・八第二次再審請求棄却決定は、それ自身が恐るべき一大反革命だ。だが、それだけではない。
 この七・八棄却決定以降、反動の嵐(あらし)が吹き荒れている。高裁への要請行動に対する警察・機動隊による暴力的な弾圧、これを背景とした要請団の排除、不当きわまりない制限など。それらは、対高裁闘争(高裁に対する糾弾闘争)を軸とした狭山闘争そのものを圧殺しようとする恐るべき反革命の密集とも言うべきものである。
 だが、七・八以降の反動の激化は、けっして日帝の強さの現れではない。真に追い詰められているのは日帝・国家権力の側なのだ。露骨きわまりない弾圧は、狭山差別裁判が、このようなむきだしの暴力をもってしか、もはや一日たりとも維持できなくなったことの現れにほかならない。しかし、それは逆に、広範な人民の怒りを新たに沸きたたせ、狭山闘争の全人民的な闘いの爆発の導火線に必ずや転化するに違いない。
 いま必要なのは、この反革命の嵐を吹き飛ばす断固たる反転攻勢の開始である。部落解放同盟全国連と解放共闘の存在と闘いこそ、その中心軸だ。十一月労働者集会、ガイドライン・沖縄・三里塚決戦の取り組みと一体のものとして、十・三一狭山闘争を異議審闘争の貫徹・勝利に向かう反転攻勢の歴史的突破口として闘いとろう! あらゆる弾圧をぶち破って十一・一要請行動を貫徹し、東京高裁・高橋体制による異議申し立て早期棄却策動を粉砕し、高木決定の取り消し・粉砕をかちとろう!

 第1節 高裁・警察の暴力的闘争破壊に大反撃を

 十・三一闘争に向かって第一に確認すべきことは、高裁・高橋体制による異議申し立て早期棄却策動を実力粉砕することこそが、今日の狭山闘争をめぐる最大のテーマだということである。
 東京高裁・高橋体制(第五刑事部・高橋省吾裁判長)とは、直接的には七・八高木決定を護持することを階級的使命とした体制である。それは、対高裁闘争そのものを解体、抹殺しようとする恐るべき反動体制なのである。異例の高裁裁判官会議決定による要請行動への制限、警察・機動隊の裁判所への全面的な導入、機動隊による裁判所への出入りの監視と弾圧など、高橋体制のもとで引き起こされている事態は、暗黒の警察支配の全面的導入によって裁判闘争さえ圧殺しようとする、とてつもない大反動である。
 こうした攻撃のエスカレーションは、狭山闘争(異議審闘争)がこれまでの攻防とは違った、まったく新たな局面に突入したことを示している。それは自自公反革命(体制)との死闘そのものだということである。
 自自公体制の成立とそのもとでの反動は、現代における大政翼賛会づくりに向かって日帝が突進しはじめたことを示している。それは、侵略戦争への突入とその体制づくり、階級闘争の撲滅への大反動体制である。それはまた、戦争と大失業の一切の犠牲を労働者人民にことごとく転嫁し、帝国主義が生き延びるために労働者人民の生活や人生、命まで奪いつくそうとする政治を意味する。そして、部落差別の極限的激化と徹底した差別分断支配の導入を意味している。
 新安保ガイドライン関連法と侵略戦争体制構築の攻撃。PKF凍結解除策動と船舶検査法案。沖縄闘争の圧殺と沖縄基地の拡大・強化。成田空港の暫定滑走路着工策動と反対同盟解体攻撃の激化。労働運動の解体と国家によるリストラ推進。介護保険の導入や福祉切り捨て、大増税。さらには組対法、新破防法制定策動などの戦時型治安弾圧の攻撃。
 七・八以降の狭山闘争への圧殺攻撃は、こうした外への侵略戦争、内への階級戦争と完全に一体となった、これまでとは次元を異にする部落解放運動解体―狭山闘争解体攻撃への転換を意味しているのである。
 第一次再審における異議審は、その棄却までおよそ一年余りの期間を費やした。だが、第二次再審は、これと同じような経過をたどるとは限らない。高裁・高橋体制はきわめて早い時期に棄却を狙っていると見なければならない。高橋体制が狙っているのは、対高裁闘争、裁判闘争の抹殺であり、これをとおした狭山闘争―第二次再審闘争そのものの抹殺である。
 重要なことは、全国連の存在と闘いに狭山闘争の帰趨がかかっているということである。これは誇張でも単なる自負でもない。これが今日の攻防における核心的テーマそのものである。自自公体制のもとでの高裁・高橋体制による要請行動への弾圧を始めとした狭山第二次再審闘争圧殺攻撃は、何よりもその核心において全国連の闘いに対する逆流にほかならない。言い換えれば、全国連の存在と闘いを許さない、粉砕する、ということに敵の攻撃の一切の焦点があてられているのである。
 われわれは、これを断固として受けて立たなくてはならない。望むところだ。沖縄の闘い、三里塚反対同盟、動労千葉や国労の不屈の決起と一体となって、自自公体制に風穴をあけ、自自公体制をその足元から突き崩す闘いとして、狭山異議審闘争の爆発を闘いとるのである。十・三一は、異議審闘争への反転攻勢への戦闘宣言の場であるとともに、全国連による広範な狭山闘争勢力の劇的な糾合・再編の歴史的突破口としなくてはならない。

 第2節 デタラメな高木決定は敵の最大の弱点だ

 第二に確認すべきことは、異議審の貫徹・高木決定の取り消しこそ、狭山闘争の唯一絶対の道筋だということである。
 自自公体制のもとでの攻撃のエスカレーションは、その見せかけの凶暴さとは逆に、狭山差別裁判の護持がきわめて危機的であり、国家権力自身がいまやグラグラだということの裏返しでしかない。その真の姿がほかでもない高木決定の中に凝縮的に示されている。高木決定を徹底糾弾し粉々に打ち砕くことこそ、狭山第二次再審闘争の勝利への決定的切り口である。
 高木決定の最も卑劣にしてデタラメな性格は、事実調べや証人尋問をただの一度も行わないという、裁判制度をも否定する違法なやり方にある。だがこれは、高木の反動裁判官としての「強さ」の現れなどでは断じてない。実のところ、高木は事実調べができなかったのだ。
 高木は、「小名木証言」や「万年筆」発見に関する元警察官の証言を、「記憶が信用できない」というデタラメな主張で抹殺しようとした。だが、この記憶が信用できるかどうかを、どうして証人尋問によって証明しなかったのか。その理由はただひとつだ。「殺害現場」や被害者の持ち物だとする「証拠」のことごとくが、実は、警察によってデッチあげられたものであることが暴かれるからだ。
 高木は、筆跡鑑定、五十嵐鑑定人による血液型鑑定や殺害方法に関する鑑定の誤りについて、そのことごとくを事実調べなしに、勝手な推測で抹殺した。脅迫状と石川一雄さんの書いた(無理やり書かされた)上申書の筆跡の違いについて、もはや否定できなくなった高木は、「筆跡の違いは、書き手の環境や心理状態によって左右されるから別人だとは言えない」と主張する。あるいは、犯人の血液型がB型だと断定した、五十嵐鑑定人による血液型鑑定が正確ではなかった事実にグラグラになり、「血液型判定が絶対的な精度をもつものではないとしても」(犯人がB型の血液型の持ち主であることは否定できない)とする。
 さらには、殺害方法が扼殺(やくさつ=手や腕で締め殺すこと)ではなく絞殺(ひもや縄などで絞め殺すこと)であったという重大な事実に対しては、「絞殺があったとしても」「扼殺のあとで頸絞(けいこう=首を絞めること)した可能性もある」とか、「自白は必ずしも正確ではないから」確定判決は否定できないと主張しているのである。
 だが、まったく冗談ではない。「脅迫状と上申書の筆跡が違っていたら」、「血液型判定が絶対的な精度をもつものでないのなら」、そもそも、なぜ石川一雄さんが逮捕されたのか。いったい何の根拠があって「脅迫未遂」なる逮捕容疑がかけられたのか。殺害方法に関する「自白」が「正確ではない」のなら、それはそっくりそのまま、石川さんの「自白」そのものがデタラメであり、警察によってデッチあげられたものだということではないのか。
 高木は、事実調べによって、このことごとくが暴露されることに心底から震えあがっているのである。
 結局のところ、高木決定によって、石川一雄さんを「犯人」だとする論拠は完全に崩壊し、逆に、国家権力による露骨な政治的意図だけが浮き彫りとなっているのである。それは、部落差別に基づく犯人デッチあげという国家犯罪の露骨きわまりない居直り、差別判決護持の姿なのである。
 高裁・国家権力どもは、この高木決定が、いまや自分たちの致命的弱点に転化することに震えあがっている。高木決定に対する部落大衆と労働者人民の怒りが爆発することに心底恐れおののいているのだ。だからこそ、高木決定を追及し糾弾するいかなる闘いも許さないという体制をもってしか、もはや狭山差別裁判を維持することができなくなっているのである。
 一見すさまじく凶暴に見える敵の攻撃は、針の一点でも突き破られれば、そのすべてが決壊するような、一ミリのほころびでもできれば、そこから全体が崩壊するというような、きわめて危機的で脆弱(ぜいじゃく)な体制でしかないのだ。高木決定こそ敵の決定的な弱点なのである。
 狭山第二次再審闘争は必ず勝利できる。いや、絶対にここで勝利を切り開かなくてはならないのだ。異議審の貫徹、高木決定の徹底糾弾、粉砕、取り消しこそ、われわれの唯一の態度でなければならない。

 第3節 新百万人署名運動で巨大な決起つくろう

 第三に確認すべきことは、異議審貫徹の勝利の原動力が無実・差別の原点にとことん立脚した新たな大衆的な糾弾闘争への決起にこそあるということである。全国連の提起する「狭山差別裁判取り消せ」の新百万人署名運動こそ、大衆決起への大方針だ。百万人署名の大運動は異議審闘争の魂をなす闘いである。
 なぜ石川一雄さんが「犯人」にされたのか、どのようなやり方で無実の石川一雄さんが「犯人」にされたのか、この真実の暴露こそ、ただひとつの勝利の力である。寺尾判決、上告棄却、第一次再審棄却、そして高木決定に至る狭山差別裁判の護持とは、つまるところ、これをひたすら隠しとおし、石川一雄さんの闘いを闇(やみ)から闇に抹殺しようとして必死になってきたということなのだ。逆に、どんな弾圧をもはねのけ、解同本部派の屈服・転向をものりこえて、うねりのようによみがえる不屈の決起は、この原点に深く根ざしているのである。
 無実の石川一雄さんを、無実であることを百も承知で、部落差別によって犯人にデッチあげ、なぶりものにし、その命さえ奪おうとし、さらに三十六年間にわたって「殺人犯」の汚名を着せつづけてきた国家権力。無実の者を犯人に仕立てるために、警察、検察、裁判所が一体となり、マスコミをも動員して部落差別を扇動し、証拠を捏造(ねつぞう)し、ニセ弁護士やニセ市長までしつらえるという国家ぐるみの大陰謀を行った国家権力。この事実に対して怒りを覚えない者はひとりとしていない。
 そして、この国家ぐるみの差別犯罪にたったひとりで立ち向かい、「死刑」という地獄の淵(ふち)からはいあがり、部落差別を告発・糾弾する解放戦士として生まれ変わった石川一雄さんの闘いに感動しない者も、またひとりとしていないのだ。このことが本当に明らかになったとき、七○年代をはるかに上回る巨万の大衆の決起、国家権力に対する一大糾弾闘争は必ず実現される。
 逆に、七○年代以降の狭山闘争の後退、寺尾判決以降の敗北の連続こそ、本部派指導部によるこの原点の解体、国家権力による犯罪の真実の暴露への敵対と抑圧によって生み出された現実なのである。警察・検察・裁判所の罪状を暴き、これへの糾弾闘争を組織するのではなく、これをひたすら隠すことに専念し、警察・検察・裁判所と闘ってはならないとし、これらと手をたずさえることがあたかも「狭山闘争」であるかのようにねじ曲げる――この本部派の指導路線こそ、国家権力・裁判所に「平然」と高木決定のような驚くべき差別決定を出させている最大の根拠なのだ。
 いまこそ、これをひっくり返し、つくり変えなくてはならない。全国連の発行した新パンフ『この差別裁判を許すな!』こそ、その決定的な武器である。いまや部落大衆は怒りの坩堝(るつぼ)と化している。住宅家賃値上げ、介護保険の来年四月からの導入、失業、それらのすべてが部落大衆の生きる権利の剥奪(はくだつ)なのだ。この中に新パンフを武器に百万人署名を浸透させよう。この署名運動は、一人ひとりが「石川一雄さんとなって」闘う運動である。狭山闘争の新たな歴史をわれわれの手でつくり上げるのだ。
 瀬川博解同全国連委員長の東大阪市議五選の地平の上に、十・三一闘争の大高揚と十一・一高裁要請行動の大成功をかちとろう。
 

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