週2回月・木発行『前進』
[メニュー][トップ]

スチュアート弁護士釈放 全世界の奪還運動の勝利

週刊『前進』06頁(2615号06面05)(2014/01/13)


 スチュアート弁護士釈放
 全世界の奪還運動の勝利 

(写真 花束で迎えられたスチュアートさん【1月1日】)

 「テロリストを支援した」として10年の禁固刑でテキサス州カースウェルの連邦メディカルセンター(医療刑務所)で服役していたリン・スチュアート弁護士が、ついに釈放をかちとり、1日に地元ニューヨークの空港に詰めかけた家族、支持者たちと歓喜の合流をした。
 スチュアート弁護士は2005年に自分が弁護していた被告が「有罪」とされ、その獄中からの発言を記者に伝えただけで、「テロリストへの物質的支援」と認定され、28カ月の判決を受けた。
 01年「9・11」後の戒厳令的状況の中で作られた米愛国者法は、民主主義の建前さえ破壊する悪法で、その「物質的支援」条項は際限なく拡大解釈できるものだった。
 09年、オバマが大統領に就任すると、判事に圧力をかけて連邦地裁に差し戻し、10年の判決にさせた。すでにスチュアート弁護士は乳がんにかかっていた。労働者人民とともに闘う弁護士として有名なスチュアートさんへの虐殺行為であり、見せしめ攻撃だ。
 13年には、連邦メディカルセンターで「ステージ4(肺と骨にがんが移転)」と診断され、刑務所長までが「重病による特別釈放」を勧告したにもかかわらず、オバマ政権は6月、釈放を拒否する通告をした。
 スチュアート弁護士は獄中から新自由主義と闘い、未来への希望を切り開く連帯を全米、全世界に呼びかけ続けた。
 11年、星野闘争訪米団による具体的な連帯の開始とともに、人間らしく生きられる社会を求めて同じ闘いを貫く同志として星野闘争と固く結びついていった。同年8・6ヒロシマ大行動には彼女から「愛と闘い」の熱いメッセージが送られた。
 13年、彼女の病状が悪化し、「抗がん剤治療のための病棟に行く時も、腰に鎖を付け、5`の足かせをはめたまま」という拷問そのものの処遇が続く中で、夫のラルフ・ポインター氏を先頭に全世界で釈放要求運動が行われた。
 星野弁護団は、13年3月、米司法省長官、連邦刑務局長あてに抗議と釈放要求の書簡を送った。9月8日の徳島刑務所包囲デモで星野再審全国連絡会が同弁護士の写真と釈放を求める大きなボードを掲げた場面は、スチュアート奪還運動のサイトにも掲載された。さらに駐日米大使への申し入れや署名活動などが、年末まで続けられた。
 オバマ政権への怒りが沸騰し、全米全世界から45万の署名が寄せられる中で、12月31日に釈放が決定され、出獄をかちとった。この勝利に続き、星野同志奪還へ闘おう。