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カクマルけちらし11・2へ 動労総連合と非正規労働者の決起に恐怖するカクマル 革共同合同・一般労組委員会

週刊『前進』08頁(2651号04面01)(2014/10/06)


カクマルけちらし11・2へ
 動労総連合と非正規労働者の決起に恐怖するカクマル
 革共同合同・一般労組委員会


 9月30日、鈴コン解雇撤回闘争の歴史的勝利がかちとられた。カクマル・仁井田論文は合同労組運動批判を装って動労総連合建設への恐怖を表すと同時にわが合同・一般労組委員会の闘いの前進に追い詰められてカクマルの反革命的本性を表している。われわれは動労総連合の全国組織建設の先頭に立ち、カクマルをけちらし、11・2労働者集会へ進撃する。

労働の協同性と団結を否定し合理化の先兵に

 大原武史論文(本紙2625号3月24日付)は「労働者の日常的団結は、こうした労働それ自体を土台にして相互に守り合うことの中に原型があります」「動労千葉は、合理化との闘いの核心を労働の協同性と労働者の団結問題に置き、その解体が事故を必然化させることをはっきりさせたのです」と述べている。これについてカクマル・仁井田は以下のように言及する。
 「このような捉えかたは、資本制的生産における『労働の協同性』は、あくまでも資本によって統合された労働組織において、資本によって強制された『協同性』であって、『社会的な労働』すなわち、資本によって統合された賃労働者の労働は資本の定有(ダーザイン)である、ということを理解できないがゆえの錯誤でしかない」
 カクマルが言っているのは、資本制的生産における労働の協同性は資本によって強制されたものだから、労働者は協同性を発揮することはできない、だから資本の支配のもとでは労働者は資本の奴隷になって生産性向上に励め、ということである。この論理では、資本の支配と闘う労働者の基礎的団結形態である労働組合の存在も闘いもあり得ない。だからカクマルは国鉄分割・民営化に率先協力したのである。
 資本の支配のもとで統合され、資本によって強制された協同性の中でも、労働者が主体的・自発的に労働しなければ生産活動は行えない。労働者は人間労働の本質にかかわる主体的営為として労働過程を意識的・合目的的に遂行する。資本の支配のもとでも労働者はそれを行う。したがって逆に生産過程の中では労働に対する資本の指揮権、一個の強制関係が問題になるのである。
 資本は資本の意を体する指揮者=職制の支配のもとに労働者を従属させ労働者の団結、労働の協同性を解体して個々ばらばらに労働させようとする。しかしそれでは現実に仕事は回らないし、事故が起きる。そこで労働現場の職場支配権が問題になる。労働組合が職場支配権を握り、資本家の言いなりには仕事をせず、仕事も安全も労働者が守る闘いが重要になる。これを具現してきたのが動労千葉だ。
 1972年に船橋事故が起きたとき、カクマルは「事故問題が労働組合運動の課題になるわけがない」と言った。しかし現実には合理化攻撃によって労働組合の団結が解体され、職場支配権が奪われる中で事故が多発する。動労千葉の反合理化・運転保安闘争は、ダイヤ改定のたびに合理化で激しく労働を強化されていた労働者が団結と労働の協同性、職場支配権を取り戻し、労働条件を回復させ、自らの生命と安全輸送を守る闘いだ。「奪われた労働条件を奪い返す」闘いとして実践されてきた。カクマルはそういう闘いとまったく逆の立場で、資本の合理化攻撃と安全崩壊の先兵となってきたのである。

「経済諸施策」に新自由主義攻撃を切り縮める

 カクマル・仁井田は「新自由主義的諸攻撃とは直接的には政府の経済諸施策にかかわるのであって、歴代自民党政権(主として、かつての中曽根政権、近くは小泉政権)がその経済諸施策の策定・実施において、金融の自由化、公共部門・公共企業体の分割=民営化、社会保障制度の『自助・自立』を謳(うた)っての改悪(財政支出の大幅削減=労働者人民への負担の転嫁)、労働分野の規制緩和・撤廃などの諸施策を採用したことを指す」と規定している。この新自由主義規定それ自体が誤りである。またカクマルは、これを論拠に新自由主義への屈服を合理化し、新自由主義の先兵となっている。
 革共同は『現代革命への挑戦 革命的共産主義運動の50年(上)』(以下『50年史』と略)の「第4章 大恐慌と世界革命情勢の成熟」で「新自由主義とは何か」を明らかにし、その全面崩壊としての世界大恐慌の現実を暴き出している。
 カクマルの新自由主義規定の最大の誤りは、新自由主義が1974〜75年世界恐慌の爆発の中で最末期帝国主義の最後の絶望的延命形態として登場したことをとらえられないこと、また新自由主義が新保守主義と一体であるととらえられないことである。米帝レーガンは新自由主義政策(レーガノミクス)と同時にソ連スターリン主義との対決を掲げて大軍拡政策に突進した。日帝・中曽根も国鉄分割・民営化攻撃と軍事大国化・改憲攻撃を一体的に強行した(中曽根自身がそう語っている)。新自由主義は帝国主義の軍拡・戦争と一体である。
 にもかかわらずカクマルは、新自由主義を「政府の経済諸施策」に切り縮め、改憲・戦争攻撃と新自由主義とは別だと強調し、安倍政権の7・1閣議決定=集団的自衛権行使を新自由主義の破産としてとらえようとしない。カクマル・仁井田は中曽根と小泉の「経済的諸施策」だけが新自由主義攻撃であると規定し、安倍政権をそこから除外している。しかし新自由主義は、自らの延命のために戦争さえ引き起こし継続・拡大し「戦争ビジネス」を発展させるところまできた。「今や政治・軍事・経済・社会文化の全領域が新自由主義で覆われてきている。だが新自由主義は今や全面的な崩壊を開始した」(『50年史』)のである。
 カクマルは、日本における新自由主義の突破口が中曽根の国鉄分割・民営化攻撃であること、同時にその攻撃に対してカクマル(JR総連)が率先協力し先兵になってきたことを一貫して隠してきた。そして今や安倍政権の7・1閣議決定は骨太方針・新成長戦略の6・24閣議決定と無関係であり、新自由主義の破産的攻撃ではないとして、安倍政権の擁護に回っているのである。
 カクマル・仁井田の「安倍ネオ・ファシスト政権の成立」論は、新自由主義の破産と崩壊、大恐慌にあえぎ、戦争・改憲に向かう日帝・安倍政権の先兵となることを誓うものなのだ。

国鉄決戦と外注化阻止、非正規職撤廃に敵対し

 カクマル・仁井田は言う。「そもそも、職場のなかに基盤をしっかりとつくりだす追求を抜きに労働組合を結成(いやデッチあげ)させたり、資本家や国家権力の組合破壊工作や弾圧に耐えるだけの組合員の主体的・組織的強化をはかりもしない。そのような追求とはまったく無縁に、ストライキなどの闘争形態をとって闇雲に組合員を『資本家との闘争』に突入させるのだ」
 要するに「闘うな」と言っているのだ。
 これは、今日の非正規労働者がすさまじい搾取と分断にさらされ、「生きる」こともできない現実にあることとまったく無縁なやからの言辞だ。カクマル・仁井田は、派遣労働者を組織して闘った経験もないし、有期契約の労働者の雇い止め攻撃と闘うつもりもない。それどころか、非正規労働者の決起をたたきつぶすことにしか関心を持っていない。だから仁井田はこのようなことを言っているのだ。
 仁井田は次のようにも言う。「既成労働運動をその内側から戦闘的=左翼的にのりこえ闘いを創造していくことを完全に彼岸化し、ナショナルセンターからはみだし、その外側に『階級的労働運動』と称する『独自潮流』を形成し・その拡大を画策しているのが中野一派なのだ」
 一読して明らかなように、合同・一般労組の闘いはカクマルが思い描いているものとはまったく違う。
 合同・一般労組委員会の闘いは、連合や全労連、4大産別の未組織の労働者を囲い込む運動ではない。連合や全労連、4大産別の「外側」に「独自潮流」をつくる運動でもない。国鉄決戦を基軸に闘い、ナショナルセンターの枠を越えて階級的労働運動をよみがえらせることが合同・一般労組委員会の使命なのである。われわれは、4大産別決戦を自ら担う。特に国鉄決戦と動労総連合の全国的組織化の闘いを自らの正面任務に据えている。JR職場に分け入り、JRの非正規労働者や外注先の労働者を動労総連合に組織すると同時に、JR本体の正規労働者を動労総連合に組織する。合同・一般労組委員会はこの大方針の先頭に立つ。
 JR総連カクマルが今日、JR資本への全面屈服と恭順をあらためて誓い、JR資本の先兵として登場する中で、JRの青年労働者の怒りの反乱が全国的に開始されている。この青年労働者を動労総連合に組織することが合同・一般労組委員会の正面任務である。
 カクマルは外注化・非正規職化の根源である国鉄分割・民営化の先兵であり、非正規労働者の敵である。9月30日、東京西部ユニオン鈴木コンクリート工業分会は、解雇撤回・職場復帰の歴史的勝利和解をかちとった。3カ月雇用の生コン労働者の労働組合が、国鉄闘争と一体で闘いを進め、職場・支援共闘・全国の不屈の団結と闘いで実力でもぎ取った勝利だ。10・1動労千葉ストとともに、安倍打倒の号砲であり、危機にのたうつカクマルにとどめをさす最大の批判だ。11・2集会大結集へともに闘おう!