週2回月・木発行『前進』
[メニュー][トップ]

知る・考える 用語解説 8時間労働制/治安維持法

週刊『前進』06頁(2666号05面02)(2015/01/26)


知る・考える 用語解説
 8時間労働制/治安維持法

8時間労働制―「生きさせろ」の闘いの原点

 使用者は労働者に1日に8時間を超えて労働させてはならないという制度。
 19世紀半ばまでの資本主義国では、子どもの頃から工場で平均15、16時間もの労働を強いられた。労働者は健康や発育の条件を奪われ、短命で死んでいった。工業都市における労働者の平均寿命はわずか15歳という時さえあった。
 際限なく労働時間を引き延ばそうとする資本に対し、労働者は労働時間の制限を資本に強制する闘いに命をかけて立ち上がった。これが労働運動の出発点となった。1886年5月1日にアメリカ・シカゴを中心に、労働組合が8時間労働制を求めてストライキを行った。「第1の8時間は仕事のために、第2の8時間は休息のために、そして残りの8時間はおれたちの好きなことのために」が掲げられた。以後、5月1日は全世界の労働者の闘いの日「メーデー」となった。
 1917年ロシア革命によって初めて国の制度として8時間労働制が確立した。日本では1947年施行の労働基準法で8時間労働制が規定された。だが今日、多くの労働者が超低賃金とともに、命を奪われるほどの長時間労働を強いられている。安倍政権は労働法の大改悪によって8時間労働制を根本から解体しようとしている。これと対決する闘いが待ったなしである。

治安維持法―体制変革の闘い圧殺を狙う

 1925年に制定された戦前の治安弾圧立法。7カ条からなり、第1条で「国体を変革しまたは私有財産制度を否認することを目的として結社を組織し、または情を知りてこれに加入したる者は10年以下の懲役または禁錮に処す」とした。
 1917年にロシア革命が勝利し、全世界で労働者階級人民の闘いが巻き起こる中で、これに恐怖した支配階級が、国体(天皇制)と私有財産制度(資本主義)に反対し労働者階級の解放をめざす闘いを抑え込むために、普通選挙法と抱き合わせで制定した。
 最初の適用は京都学連事件。25年11月に軍事教練反対のビラが同志社大構内に貼られたのをきっかけに京大、同志社大などの学生が多数逮捕された。その後、最高刑を死刑とし、また「結社の目的遂行のためにする行為」の禁止などを導入して、弾圧の範囲を無制限に拡大していった。それは中国・アジア侵略戦争の拡大と一体だった。反戦運動や労働運動の活動家、政府に批判的な宗教者、ジャーナリストなどが逮捕され、作家の小林多喜二は取り調べ中の拷問で殺された。
 治安弾圧法の本質は「恫喝」である。戦前の日本共産党は階級的反撃を組織できず弾圧に敗北したが、労働者階級とその党が死刑や重罪の脅しに屈せず、団結して闘いぬくなら、絶対に勝利できる。