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郵政労働者は職場で団結固め、改憲阻止決戦を先頭で闘おう 「逓信報国団」の道くり返すな 革共同全逓委員会

週刊『前進』04頁(2967号03面01)(2018/08/27)


郵政労働者は職場で団結固め、改憲阻止決戦を先頭で闘おう
 「逓信報国団」の道くり返すな
 革共同全逓委員会



(写真 メーデーの5月1日、郵政非正規ユニオンと全逓部会は日本郵政への弾劾行動に立った。日比谷野外音楽堂を出発したデモ隊ともエールを交換【東京・千代田区 日本郵政本社前】)

(写真 大日本産業報国会結成大会【1940年】)


 全国の郵便局で働く仲間のみなさん、産別をこえたすべての仲間のみなさん。革共同全逓委員会は、「改憲=戦争国家化阻止・日帝打倒」を掲げ、2018〜19年の改憲阻止決戦の先頭で闘います。1980年代以来の新自由主義政策は破産し、資本主義・帝国主義は世界戦争を引き起こすことでしか生きていけなくなりました。労働者の団結した力で資本主義を打倒し、
革命をやる以外に戦争を止める道はありません。

戦争の現実を直視しよう

 革命以外に戦争を止める道はないと言うとき、今一度、戦争の現実を直視しなければなりません。1931年以来の15年戦争(中国侵略から太平洋戦争)で日本軍が虐殺した朝鮮・中国・アジアの人々の数は少なく見積もっても2千万人から3千万人にものぼります。兵士として戦場にかり出された日本の労働者農民は延べ1千万人超で、兵士と民間人を合わせた日本人民の死者は310万人以上でした。兵士は戦闘による死よりも餓死などの悲惨な死に方が多数。またこの数には、広島・長崎の原爆犠牲者約21万人(45年末時点)、沖縄戦での県民の死者約15万人、45年3月10日の東京大空襲での死者約10万人など一般民衆も含まれています。
 この歴史こそ、「自衛のため」と称する侵略戦争に日本の労働者民衆が動員され、労働者同士が殺し合わされた結果です。
 日帝の侵略戦争遂行の中で労働組合が強制解散させられ、「逓信(ていしん)報国団」として組織された35万の逓信職員は「大逓信一家族主義」を基本理念に「高度国防国家の確立」のための逓信事業の完遂―生産性向上に動員されました。43年5月29日のアッツ島「玉砕」では、兵士としてではなく野戦郵便局員として派遣され全員が死亡。その死に対して昇級と逓信報国団・団長から「よくやった」という訓示がなされました。
 今の職場も同じじゃないですか。配達に追われ駆けずり回って、あげくの果てに交通事故で死んでも事故事例の見本にされるだけだ! 二度と職場から野戦郵便局員を出さないぞ!

2・1ゼネストへの闘い

 45年の敗戦後、支配階級の戦争責任を追及し、「食料をよこせ」「住む家をよこせ」「食える賃金をよこせ」という民衆の切実な要求の先頭で闘い、47年2・1ゼネストを準備する闘いを先頭で担ったのは郵便労働者でした(18春闘でJP労組中央が屈服して縮小された寒冷地手当もこのときの要求)。
 47年1月30日、GHQ(連合国軍総司令部)が武力干渉の最後通牒(つうちょう)を出してきても郵便労働者は腹をくくっていました。全逓中央闘争委員会は58対16でスト突入の最後決定をします。それを裏切ったのが日本共産党スターリン主義でした。当時の職場では、この裏切りに対して「火消しポンプ」と言ったそうです。
 今、改憲・戦争と闘うとき、党と労働組合の一体的建設が歴史の教訓からも待ったなしです。その闘いは職場生産点にあり、細胞建設―地区党建設―拠点建設の闘いです。この闘いの核心は「労働者は必ず立ち上がる」ということです。そしてこの決起と正しく結びつくことです。

現場から反乱が始まった

 私たちは、6月13、14日に高松市で行われたJP労組第11回定期全国大会の初日、会場前に登場し、郵政資本と連合・JP労組中央を弾劾する宣伝活動を闘いました。それは、安倍の改憲・戦争―労組解体攻撃を粉砕する、改憲・戦争阻止!大行進運動の具体的実践として闘われました。
 今大会で連合・JP労組中央は、改憲・戦争について沈黙することで容認しました。さらに、働き方改革、とりわけ同一労働同一賃金をめぐっては、一般職の住宅手当をはじめとする各種手当の縮小・廃止などを内容とする春闘妥結の承認を求めてきました。
 当局は、「同一労働同一賃金の前提として定期昇給の廃止」を叫んでいます。これが意味することは、新人事・給与制度を出発点とする新一般職導入、一昨年10月1日の無期転換制度導入と合わせて、総非正規職化攻撃だということです。それを協約化することで、働き方改革関連法成立の前にやってのけるという、まさにJP労組中央はかつての逓信報国団の道へと一線を越えました。
 そして当局とJP労組中央が叫ぶ「頑張った者が報われる」人事評価制度のエスカレートでさらなる分断と団結破壊を行い、それへの怒りをつぶすために、労働者を排外主義的に戦争に動員しようとしています。
 これに対して現場から反乱が開始されています。大会では、本部方針案に対する一票投票で反対票が92票入りました。(一号議案・投票総数481、賛成387、反対92、棄権2)。反対票は一昨年の35、昨年の55から大幅に増え、現場の怒りが突き出されました。
 全国大会における東京地本の発言は新東京支部・支部長が行い、その中身は「本部方針に賛成の立場で」でした。しかし、新東京支部の支部委員会では、委員の全員が「一般職の住宅手当廃止に反対」です。近畿地本ではJP労組中央の春闘妥結撤回署名を集める分会が登場しています。これらの現場からの怒りの決起は氷山の一角です。
 職場の怒りをひとつにして連合・JP労組中央の支配を打ち砕こう! 職場を労働者の手に取り戻そう! その力で改憲・戦争絶対反対の闘いを職場・地域に広げよう! 安倍の改憲原案国会提出を絶対に阻止しよう。全国の郵政労働者は改憲・戦争阻止!大行進運動の先頭で闘おう。

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逓信職員 1885年に創設され、戦後まで存在(一時廃止)した、郵便や通信を管轄する逓信省(ていしんしょう)の職員。その後、郵便事業は郵政省―総務省―日本郵政公社を経て、現在の日本郵政・日本郵便に引きつがれている。

戦前戦後の逓信労働運動
1925年 逓友同志会(逓同)結成(114人。30年2577人)
1928年 官製組織である逓信従業員会連合が結成
1932年 逓同の左派が日本逓信従業員組合(日逓)を結成
1934年 逓同主流派、日逓、連合が「一事業一組合主義」の名で合同し、逓信従業員会連盟(従連)を結成
1935年 従連の方針に反対し除名された旧日逓系労働者が逓信従業員会同盟(同盟)を結成
1940年 従連と同盟が解散を強制され、逓信報国会結成。全産業の労働者を網羅し、大日本産業報国会結成
1941年 逓信報国会を改組して逓信報国団を結成
1945年 敗戦。産業報国会、逓信報国団とも解体
1946年 全逓信従業員組合(全逓)結成。全逓でも2・1ゼネストへの闘い進む