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団結ひろば 投稿コーナー

週刊『前進』04頁(3016号04面04)(2019/03/04)


団結ひろば 投稿コーナー

北海道国鉄集会で熱く論議
 札幌 R・S

 2月16日、国鉄闘争全国運動・北海道の主催で北海道国鉄集会が開かれた。
 自交総連SKさくら交通労組の河野晃興委員長が基調報告を行い、この時代における国鉄闘争と労組拠点建設の一体性を鮮明にした。そしてさらに「動労千葉は『政治闘争を闘う時、その2倍も3倍も職場の闘いが必要』と言うが、その通りだ。改憲阻止決議を断固上げたからこそ、すぐさま職場でのさらなる闘いが問われた」と強調した。
 討論では、タクシー産別や自治労内における拠点建設をめぐる論議を通して、「階級的労働運動」「動労千葉労働運動と反合・運転保安闘争路線」の意義を明らかにしていった。
 自治体労働者は「改憲阻止決戦の先頭に自治体労働者は立つ」との圧巻の特別報告を行った。
 1047名解雇撤回闘争当該である動労総連合・北海道の長尾信一委員長、成田昭雄副委員長の発言は、参加者の胸を揺さぶった。
 長尾委員長は「忘れもしない1987年2月16日」と切り出し、家族も含めた当時の不安感、そして4・9政治和解に際して、動労千葉が解雇撤回闘争を断固継続する姿を見て、動労総連合・北海道の委員長職を引き受けた経緯を語った。
 成田副委員長は北海道の現状から国鉄分割・民営化の破綻を明らかにしつつ、その一方で国鉄労働者が「国賊」とされ、解雇されたことを徹底弾劾し、動労総連合の闘う決意を明らかにした。
 集会は改憲阻止・国鉄闘争・労組拠点建設の一体的推進という北海道の闘いの新段階突入を宣言した。

長崎で反核・改憲阻止を誓う
 NAZENナガサキ 西田輝

 2月17日、NAZENナガサキ結成7周年集会が、40人の参加で勝ち取られました。冒頭、NAZENナガサキを代表して被爆者の城臺美彌子(じょうだいみやこ)さんが、7年間の歩みを報告しました。
 講演は、核物理学者で佐賀大学名誉教授、さよなら原発!佐賀連絡会代表の豊島耕一さんでした。豊島さんは、九州電力が玄海原発で使用済み燃料の保管量を増大させ、すし詰め状態にしたまま「永久貯蔵」しようとしていることに対し、「原発の稼働を前提にした貯蔵量拡大はとんでもない話」と強調しました。また福島原発事故では2011年10月に自ら大気汚染度を実測し、20_シーベルト地域が人の住めるところではないことを実証し、帰還は問題外だと訴えました。
 さらに安倍政権の9条改憲策動について、戦争を引き起こす背後に軍産学複合体があることを指摘し、資本主義システムが民主主義を形骸化させていることをアインシュタインのエッセー「なぜ社会主義か」を引用しながら説明。民衆の直接行動こそが重要であると訴え、自ら参加したイギリスの反核座り込みやフランスの黄色いベスト運動などを紹介しました。
 講演の後、昨年の福島の子どもたちの保養のビデオが上映され、今年の保養への支援が訴えられました。NAZEN福島のメッセージが読み上げられ、続けて玄海原発廃炉へ、長崎大学の細菌研究所(BSL―4)建設への反対、天皇代替わりや改憲反対の訴えが行われました。最後に橋里耕悟事務局長がまとめを提起し、全参加者で闘いの決意を固めました。

熱気満ち高山弁護士講演会
 東京三多摩・元教員 牧江寿子

 2月24日、沖縄県民投票、天皇式典と政治が激しく動く中、弁護士の高山俊吉さんを講師に招き、国分寺駅ビルの5階で改憲問題の講演会が催されました。
 戦争するな!9条変えるな!国分寺実行委員会は昨秋から「戦争と教育」「被ばくと子ども」をテーマとして集会を重ねてきましたが、改憲問題には初めて取り組みました。日曜日の冬の夜でしたが、65人が集まり熱気ある講演会となりました。
 講演は朝鮮人徴用工問題、象徴天皇制、自衛戦争論、沖縄問題、改憲の内容、今後の情勢と、わかりやすく、笑いも誘いながら展開されました。会場からは、象徴天皇制や自衛戦争論について質問が出されました。高山さんは「時代劇に天皇は出てこない」「天皇制は明治政府によって作られた」また「天皇は沖縄を売り渡して生き残った」「そして戦後の内乱、社会主義革命を鎮圧するため、象徴天皇制として残された」「すべての戦争は『自衛』と言って始められるが、自衛戦争はない」ときっぱり言われました。
 「安倍首相は9条の2として自衛隊を明記し、『後法は前法を廃する』という手法で乗り切ろうとしている。昨秋の改憲策動は皆の力で阻止したが、油断は許されない。今秋にも改憲をやろうとしている」と強く警告されました。
 医療福祉労働者、教育労働者の「戦争・改憲阻止」声明の紹介や、闘いへの決意表明もありました。
 最後に全国の地域、職場で、学び、討論し、闘おうと力強く確認しました。

奥深山さんをしのび三回忌
 群馬 伊藤成雄

 2月7日、68歳で急逝した奥深山幸男さんの三回忌の法要が、群馬県前橋市の安養院で行われました。
 奥深山さんは1971年11月14日、沖縄返還協定批准阻止闘争を闘い、72年2月3日に不当逮捕され、過酷な取り調べと長期勾留により統合失調症を発病し、闘病を余儀なくされ、「免訴」を求めて弁護団、「奥深山幸男さんの免訴を実現する会」と共に闘い抜いてきました。
 法要参加者は、共同被告であった星野文昭さん解放の悲願を胸に、奥深山さんの闘病生活などの思い出を語り合いました。
 奥深山さんは1968年に高崎経済大学に入学し、学生の活動を規制する「自治活動に関する規定」を撤廃して自由な活動を実現する闘いに参加しました。そして69年4・28沖縄デー闘争、69年11・16佐藤首相訪米阻止闘争に参加し、71年11・14闘争に立ち上がりました。
 闘病生活でも信念を貫いた奥深山さんの遺志を受け継ぎ、私たちは闘いの勝利を墓前で誓いました。