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池田自衛隊裁判が再開 「国の責任をあいまいにしない」

週刊『前進』02頁(3017号02面04)(2019/03/07)


池田自衛隊裁判が再開
 「国の責任をあいまいにしない」

(写真 中央が池田さん【2月26日 名古屋市】)

 2月26日、名古屋地裁で池田頼将元3等空曹を原告とする国家賠償裁判が行われ、法廷は支援の傍聴者で埋め尽くされた。自衛隊としてイラクに派兵された池田さんは2006年に負傷して退職に追い込まれ、国家賠償を求めて闘っている。
 2012年の提訴から7年、弁護団を再建してから4年、池田さん自身の生活が成り立たず裁判闘争を破壊する動きも激しかった中から、「国の責任をあいまいにしない」一心で労働組合や仲間に支えられてたどりついた裁判再開だ。
 裁判では冒頭、傍聴席に一礼した池田さんが、「現地で事故にあってから自衛隊を退職するまでの間、私にとっては失望の連続でした。正しいことを正しいとわかってもらえないことに、何度もあきらめそうになりました。さまざまな方の支援をいただいて、ようやく裁判という場にたどり着きました。私が何を見て、何を聞いて、何を感じてこの場に立っているのか聞いていただきたいと思います」と、裁判再開にあたっての意見を表明した。
 この日法廷で証言に立ったのは、PKO(国連平和維持活動)イラク復興支援派遣輸送航空隊としてクウェートに派遣された医官の2人と、事故当時池田さんの所属していた小牧基地通信隊の小隊長の計3人で、いずれも自衛隊側の証人。医官2人は、自衛隊の診察態勢の限界から現地の総合病院に診察させる必要があったことは認めながら、池田さんのけがが直ちに帰国させる必要があるほど重篤には見えなかったという趣旨の証言に終始した。
 弁護団からの「(事故直後の)7月8日の診察の帰りの車で、顎(あご)のけがについて本人が訴えたのではないか」との追及に、第9期衛生隊長の加藤医官は「記憶にない」。また第10期衛生隊長の新藤医官は、8月の帰国に伴うカルテに「両顎関節」と記載していたことの矛盾をつかれると、「両顎関節症とは書いていない。本人の訴えを記載しただけだ」と逃げをうった。仮に顎関節症だったとしても治療方法には問題なかったと自らの知見をひけらかす態度は不信と失笑を買った。
 3人目の証人は、当時の池田さんの直属の上官である西塚小隊長だ。帰国した小牧基地で池田さんは、原因がはっきりわからないまま頭痛にも悩まされたため、口腔外科のほか、脳外科、精神科などの診断も受け、うつ病の診断書も裁判に提出している。しかし、西塚小隊長は「精神科の診察についても、うつ病の診断書も知らなかった」として、公務災害の認定にあたってうつ病を治ったことにさせるなどの治療妨害をしたことを認めなかった。
 池田さんは、裁判終了後の報告会で30人ほどの支援者に囲まれ激励を受けた。東京、関西、東海各地から集まった「ともに闘う会」の仲間や労働組合から運動拡大の意義と決意が語られた。弁護団長の高山俊吉弁護士は「安倍が『自衛隊員が誇りを持てるように』と9条に自衛隊を明記しようと狙っている。池田さんの裁判から見えてくる戦場の実態が重要だ」と、裁判を広げていく意義を訴えた。
 自衛隊による真実の隠蔽と裁判所の加担を許さないために、さらに大きな力が必要だ。裁判支援を強め、一人でも多く傍聴にかけつけ、池田さんを激励しよう!
(池田自衛隊裁判をともに闘う会)