週2回月・木発行『前進』
[メニュー][トップ]

池田裁判 自衛隊幹部を法廷で追及 パワハラ・退職強要の実態あらわ

週刊『前進』02頁(3019号02面04)(2019/03/14)


池田裁判
 自衛隊幹部を法廷で追及
 パワハラ・退職強要の実態あらわ

(写真 裁判後、弁護団と共に報告会に臨む池田さん【中央】)

 3月5日、名古屋地裁1104号法廷で、自衛隊員としてイラクに派兵され負傷した池田頼将元3等空曹の国家賠償裁判が開かれました。けがの影響で心身ともに不安定だった池田さんに対し、自衛隊がパワハラを繰り返し、退職に追い込んでいった事実が明るみに出されました。
 イラク派兵時の負傷については、小牧基地から異動した新潟救難隊で公務災害が認定されたものの、2010年に自衛隊は突如として「公務災害による療養費給付」を打ち切りました。さらに11年6月29日、通信室で勤務していた池田さんは後輩の隊員から暴行を受け、全治2週間と診断されるけがを負わされました。しかもこの件で隊長室に呼び出され、7人の上官から「お前が悪い」とののしられました。相手の暴行を目撃していた通信室の係長も「見ていない」とうそをつきだしたため、危険を感じた池田さんは「警務隊」に通報しました。
 今回の裁判の1人目の証人は、当時の新潟救難隊隊長の鮫田1佐です。鮫田は「隊としても警務隊に連絡した」と証言し、自己保身から暴行事件の真相を隠ぺいしようとしたことを自白しました。また鮫田は、池田さんだけを通信隊から庶務班に異動させた際に「本人に事前に伝えないとおかしい」と認めました。異動のことをまったく知らされなかった池田さんは11年7月4日、いつも通り通信室へ向かったものの、建物には入れなかったのです。
 弁護団の反対尋問に、鮫田は「組織的なパワハラ」を否定しようとしましたが、次々と池田さんへの嫌がらせに関わっていたことが浮き彫りになりました。
 もう一人の自衛隊側の証人は通信隊にいた永田3曹(当時)で、暴行事件の目撃者でした。彼は「(池田さんは)痛がったそぶりをした」が「傷害事件ではなくけんかの仲裁だ」として加害者をかばう発言を繰り返しました。また「ラーメンを食べている池田さんを見た」と主張し、池田さんが受けた被害をことさらに小さく描こうとしました。しかし、弁護団が「食べるというのは麺を咀嚼(そしゃく)していたということか、汁を飲んでいたということか」と追及すると、返答に窮してしまいました。
 一連の事件の隠ぺいを突き崩す原告弁護団の鋭い尋問を受けて、裁判長も「池田さんに対して精神的ケアは行ったのか」と鮫田に尋ねましたが、鮫田は「それは特に行っていません」と返答しました。炎天下の草むしりを池田さん一人に行わせることになった庶務班への異動を「本人のためだった」とする証言との矛盾をさらけ出しました。
 イラク派兵で負傷し、公務災害認定の遅れと打ち切りによって大きな後遺障害を残した池田さんが、自衛隊のパワハラで退職に追い込まれたことを暴く大きな展望が切り開かれました。隊員を「使い捨ての駒」としか見ていない自衛隊を裁き、安倍の改憲策動にも大きな打撃を与える裁判となりました。
 次回以降は、5月22日の原告池田さんへの主尋問、28日の反対尋問となり裁判は最大の山場を迎えます。改憲阻止の大行進をさらに全国に拡大しながら、池田さんを支援する運動を各地につくりだそう!
(池田自衛隊裁判をともに闘う会)