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天皇と国家への服従を求める「新元号」キャンペーン粉砕を 杉並区議選勝利、5・1メーデーへ

週刊『前進』04頁(3026号04面01)(2019/04/08)


天皇と国家への服従を求める「新元号」キャンペーン粉砕を
 杉並区議選勝利、5・1メーデーへ


 5月1日に予定される新天皇ナルヒトの即位に先立ち、4月1日に新たな元号が「令和(れいわ)」と発表された。政府・官邸の意を受けた大手マスコミは一斉に「新元号祝賀」の洪水のような大キャンペーンを開始した。安倍政権は、天皇代替わりを徹底的に利用して愛国主義・排外主義を鼓吹し、4月統一地方選から7月参院選に至る過程で改憲への突破口を開こうと必死になっている。この攻撃を打ち破り、杉並区議選でのほらぐちともこ候補の勝利と5・1メーデーの爆発で怒りの大反撃をたたきつけよう。

官民一体の異常な大宣伝

 新元号発表の直後、安倍は「平成」への改元時にもなかった異例の記者会見を開き、テレビ各局に一斉に生中継させた。NHKは1日午前8時から午後6時までの番組編成を元号関連特番で埋め尽くし、午後9時からは安倍を生出演させて新元号を「解説」させた。新聞各紙は号外・夕刊・翌朝刊と立て続けに巨大な「令和」の文字を躍らせて報道した。こうした官民挙げての異様なまでの空騒ぎは、言うまでもなく国家権力中枢によって意図的・政治的に演出され、組織されたものである。
 そしてこの新元号発表の大キャンペーンの裏で、労働者を過労死地獄に追い込む「働き方改革」関連法や改悪入管法が1日から施行され、2日には安保戦争法に基づく新任務としてシナイ半島への自衛官派遣が閣議決定された。何よりも、新元号発表のその日、徳島刑務所長は無実の星野文昭同志に仮釈放不許可の決定を通告した。絶対に許せない。これらはすべて一体の攻撃としてある。
 日本共産党をはじめとした野党は軒並み天皇制キャンペーンに加担し、新元号を歓迎・容認する態度を表明している。だが、こうした空疎で腐敗した政治や社会のあり方に対する労働者民衆の怒りは満ちあふれている。ほらぐちさんを先頭とする4月杉並区議選は、この渦巻く怒りの声を結集し、改憲・戦争阻止の巨大な闘いを巻き起こしていく歴史的決戦となった。

「令和」の反人民的な意味

 「令和」選定の意義を安倍は、「人々が美しく心を寄せ合う中で文化が生まれ育つという意味」などと軽薄な空文句で「説明」し、「(従来の漢籍ではなく)初めて国書である万葉集から選んだ」ことを強調して「脱中国」的性格を押し出した。
 だが「令」の字は言うまでもなく命令・法令・律令(りつりょう)の「令」であり、「良い」「美しい」といった意味よりも、まずもって「命ずる。いいつける。法令などを発布する」「君主の命令」(大修館書店『大漢語林』)といった意味で用いられる。そして字の形は「人がひざまずいて神意を聴く様」に由来する(同)。つまり、「和」の字とともに新元号に込められているのは、人民は天皇制国家の前にひざまずけ、権力や同調圧力(和)に逆らわず黙って従え、という支配階級の恫喝にほかならない。言い換えれば、「秩序正しく命令に服従する日本国民」という支配階級の手前勝手な「国民像」を全人民に押し付けようとする攻撃なのだ。
 そもそも元号とは、古代中国の君主制を模倣して7世紀頃に日本に移入されたもので、皇帝は空間(国・領土)とともに時間(暦)をも支配するとの思想に基づく。皇帝が年の始まり(元)を決め、それに名前(号)をつけた上で、被支配者はそれを使用することをもって皇帝への服従を表明するというものだ。
 明治維新以降の近代天皇制においては、「一世一元制」が定められ、天皇一代につき一元号のみとされた。元号がその天皇の時代と国民とを強く一体化させる役割を果たした。戦後の象徴天皇制下で元号の法的根拠は失われたが、政府は元号使用を続行。1979年に元号法が成立し、政令での元号制定と一世一元制が法的に確定された。

元号制は戦争動員の手段

 では、元号制度の問題点はどこにあるのか。
 第一に、人民の生活や歴史が天皇と不可分に結びつけて表現されることの理不尽さである。天皇制を抜きに人民の日常が成立しないかのような虚構は、戦前の天皇制支配同様、労働者階級人民が歴史をつくり、社会を担う主人公であることを否定するものだ。
 第二に、元号は「日本古来の歴史と伝統文化の象徴」でもなければ、「日本人が古くからなじんできたもの」でもない。日本の歴史において「元号になじんだ」人間は、明治以前では支配階級の中のごく一部にすぎず、一般の民衆はもとより支配階級の多くも、日常的に用いたのは古くから「えと」(干支=十干十二支)であった。紀年法(年数の表記法)としては、国際的にも西暦が基本であり一般的である。今や、世界で元号に固執するのは日本だけだ。
 第三に、歴史の紀年法としてはまったく不合理で非科学的な代物である。長期的な歴史編年には向かず、年代の前後関係が分かりづらくなり、歴史の接続性・連続性が分断されるという根本的な欠陥がある。要するに、原理的に無意味で役立たず、人々が歴史を正しく認識することを妨げるものでしかないのだ。
 第四に、政府・支配階級は行政をつうじて日本国民に(さらには在日・滞日外国人にも)元号の使用を事実上強制する。「国旗・国歌法」や祝日法などと一体で、すべて天皇制による国家主義的・排外主義的な国民統合と戦争動員の手段である。例えば「平成」は、「内平らかに外成る」が原意であり、「内」を天子の徳で国内的に結束させ「外」を服従させる(平定する)という意味だ。戦争のための「城内平和」の思想である。
 だが、このように支配階級が「平成」の号にかけた狙いは、国鉄分割・民営化以来30年を超えて国鉄闘争が不屈に闘い抜かれたこと、そして「二度と戦争を許さない」という戦後日本の労働者民衆の決意が脈々と継承されたことで、今や根本的に粉砕された。
 この地平の上に4月区議選に勝利し、「労働者の闘いの日」=5・1メーデーを大成功させよう。