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3・11反原発福島行動を闘って 被曝に絶対負けない団結診療所の患者さんが奮闘 3・11行動呼びかけ人 椎名千恵子

週刊『前進』04頁(3026号04面02)(2019/04/08)


3・11反原発福島行動を闘って
 被曝に絶対負けない団結診療所の患者さんが奮闘
 3・11行動呼びかけ人 椎名千恵子

(写真 8回目の3・11行動でデモの先頭に立つ椎名さん【中央】)

 3・11反原発福島行動が大成功しました。この日だけが雨マーク、しかも豪雨の予報。この天気を押してご参集くださった全国のみなさん、賛同の方々に心から感謝申し上げます。
 前日の3・10被曝・医療福島シンポジウムも、各方面からの地元参加者が増えたことに喜びと大きな意味を覚えています。
 今年の3・11反原発福島行動の〈福島は絶対負けない!〉のスローガンは、抜けていた自宅前の側溝の除染を「絶対に負けない!」と必死になって市に要望し、ついに行わせた母親の言葉が、そのまま生かされたものでした。またある父親は、住宅支援が打ち切られて母子避難先から帰ってきた子どもを守るために「ふくしま共同診療所を多くの人に知ってほしい、診療所のことをもっと広めたい」「子どもの被曝・検査の軌跡を記録する手帳を作ろう」と、グイグイとみんなを引っ張っていきました。3・11実行委員会のかたわらで福島の怒りの奔流(ほんりゅう)≠ェ姿を見せ始めたのです。
 3月10日のシンポジウムの直前には、「被曝問題で矢面に立つ」と、「ふくしま共同診療所と共にあゆむ会」の代表を引き受けてくださる方も現れ、シンポジウムの場で「共にあゆむ会」発足を宣言するにいたりました。またその場に、去年の3・11集会で登壇した母親が避難先の新潟から急きょ駆けつけ、前記の母親、父親、共にあゆむ会の代表と一緒に椅子を並べて参加。シンポジウム後の交流会ではこの4人が、パネラーである南相馬市の医師の渡辺瑞也さん、韓国・東国大学医学部教授のキムイクチュン(金益重)さんらと熱く交流しました。
 翌日の3・11行動にも3人が参加。その中の一人は、婦人民主クラブ全国協福島支部や婦民全国協の人たちの「希望診療所」のコーラスに加わったり、希望の牧場の吉沢正巳さんの発言の時には旗を掲げて登壇するなど大活躍でした。
 早速、彼らから寄せられた感想は、「非力ながら、これからも頑張ります」「たくさんの人がつながり集まることの偉大さを感じました」というものです。 「復興一色の政策に子どもの命と未来を手渡せない、被曝から子どもを守ろう」とがんばる彼らは、全員が共同診療所の患者さんです。今年の目標の「〈3・10被曝・医療 福島シンポジウム〉と〈3・11反原発福島行動〉を一体のものとして成功させよう」がそのまま、鮮やかに現実のものとなった一コマです。
 新しい息吹に、時代を変える展望を見すえながら、これからもみんなで闘い続けます。
 福島は絶対負けない!