週刊『三里塚』
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国賀祥司さんの逝去を悼む 市東さんの農地を守る会・江戸川 岸上雅博

週刊『三里塚』02頁(0954号02面05)(2016/10/24)


国賀祥司さんの逝去を悼む
 市東さんの農地を守る会・江戸川 岸上雅博


 国賀祥司同志が8月23日に逝去された。享年64歳。30年以上成田空港、関西新空港反対をともに闘ってきた。まだまだ生きて闘ってほしかった。元気そうな顔が未だに頭から離れず、信じられないというのが私の率直な気持ちです。
●革命家としての闘魂を貫く
 食道ガンとの闘病3年、国賀同志は闘争しながらの闘病生活、一身を投げ打っての活動。私が最後に国賀同志と言葉をかわしたのは、記憶では2014年2月の都知事選応援で、「すでに闘病中の同志がよく東京まで」の思いだった。さらに、今年の7・24関空反対全国集会(泉佐野市)では壇上に立ち、基調報告で「三里塚闘争とともに関空闘争を反戦闘争の拠点に」と訴えた。私は参加できなかったが、酸素ボンベを携行しながらの発言と聞いて、涙があふれ胸が締めつけられる思いだった。
●関西新空港反対貫く
 国賀同志は、80年代から泉佐野市で活動開始、三里塚闘争と一体で軍事空港反対の関空闘争に全力をあげた。85年「関西新空港絶対反対泉州住民の会」結成(森田恒一代表、国賀事務局長)。86年には、泉佐野市議選に関西新空港絶対反対で立候補し、34歳の若さで初当選、8期連続という大変な記録。しかも、8期目は、発病してからの出馬。誰にもできないこと、と同時に病気に臆せず活動する国賀同志のあり方は驚異的というしかない。
 国賀同志は98年には、関西合同労組泉州支部結成に参加、支部執行委員として多くの労働者に寄り添い、労働相談を受け、労働組合作り、解雇撤回闘争に尽力し、多くの勝利をかちとってきた。国賀同志とは、三里塚全国集会で毎回会って情報交換するなど、三里塚決戦勝利全関西実行委以来の懇親の仲。かつては関西実行委夏の総会に毎回出席し、関空闘争の現地報告を受けていた。歯に衣着せぬ言い方と信念で現地情勢を詳しく説明してくれた。
●市東精神で闘う
 国賀さんは、三里塚の市東東市さんの追悼文(99年)で「市東さんは、最後まで戸村精神を体現し、国家権力と不撓不屈に闘いぬいた類い稀な闘士でした。今も私たち関西の闘いを叱咤激励しくれています。市東精神を継いで勝利の日まで闘いぬきます」と述べた。
 一貫して戦争反対を貫き、反戦共同行動委員会、とめよう戦争への道!百万署名運動を担ってきた。私は、同郷のよしみ(淡路島出身)でもあり、闘い半ば国賀同志が成し遂げられなかったものを「国賀精神」で闘っていきたいと誓うものです。