週刊『三里塚』
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創刊41年 本紙が1000号

週刊『三里塚』02頁(1000号01面02)(2018/09/24)


創刊41年
 本紙が1000号

(写真 『週刊三里塚』創刊号 1977年1月14日発行 開港を阻み続ける鉄塔を守ろうと決起を呼びかけた)


 本紙『週刊三里塚』は今号で1000号を迎えた。創刊は41年前の1977年1月14日。
 76年12月に成立した福田政権は翌年冒頭に「労使関係の安定」と並び「成田空港の年内開港」を目標に掲げた。A滑走路南端の岩山部落には反対同盟が72年春に建設した高さ62・3bの大鉄塔がそびえ立ち、航空機の飛行を許さないと滑走路をにらみつけていた。
 「11年におよぶ偉大な三里塚闘争がこの革命的新聞『週刊三里塚』をうんだ」「反対同盟農民の闘魂を伝え、全人民の結集と共闘の砦、三里塚闘争を、この新聞は全労働者農民人民の中にうちひろげていく」と高らかに宣言し、鉄塔破壊を実力で阻止し、ジェット燃料輸送問題と闘う動労千葉・沿線住民らの決起とともに三里塚闘争の勝利をかちとる新聞として本紙は創刊された。
 それから41年、反対同盟農民は様々な試練に打ち勝ちながら前進してきた。半世紀を超え、今なお成田空港の完成を阻んでいる地平から、現在反対同盟は勝利感をもって「市東孝雄さんの農地を守ろう! 第3滑走路粉砕!」と訴え闘っている。
 最末期帝国主義の絶望的延命形態である新自由主義が全面的崩壊過程へと突入する中、三里塚闘争がいまここに存在していることの革命的な意義は計り知れない。
 闘う労働者・農民・学生、人民の根拠地であり続けてきた三里塚闘争を反対同盟と共に再び時代の前面へと押し上げ、勝利をかちとる決意を新たにする。三里塚闘争の勝利は日本労働者階級の勝利である。全人民の解放まで、敵よりも一日長く。その責務を果たしたい。
(『週刊三里塚』編集委員会)