2008年10月13日

寺尾差別判決34ヵ年糾弾! 10・26狭山集会に結集を 階級的団結の力で狭山勝利ヘ

週刊『前進』06頁(2363号5面1)(2008/10/13)

寺尾差別判決34ヵ年糾弾! 10・26狭山集会に結集を
 不屈に闘う石川さんとともに階級的団結の力で狭山勝利ヘ

 労働者を賃金奴隷の鎖に縛りつけてきた資本主義の崩壊が始まった。世界金融大恐慌への突入だ。労働者同士を競わせ団結を破壊して搾り取ってきた資本家の支配が吹き飛ぼうとしている。新自由主義に最後の望みをかけて生き残ろうとしたが完全に破産した。トドメを刺すのは労働者だ。労働者と部落民など被差別・被抑圧人民が体制内勢力をぶっ飛ばして階級的に団結して、ともに自己解放をかけて闘うときがきた。10・26〜27(西郡)狭山集会を成功させ、差別の壁を取り払う非正規職撤廃と大幅賃上げのゼネストを呼びかける11・2労働者集会1万人結集へ全力で突き進もう。

 第1章 新自由主義と非和解で対決する西郡住宅闘争

 もう資本家に世界金融大恐慌を解決する方策はない。打倒されるのを待つだけだ。労働者が権力をとって社会を動かす時がきた。
 民営化に絶対反対で闘って団結を拡大してきた動労千葉のように闘う労働組合と被差別・被抑圧人民が階級的に団結できるかどうかがカギだ。資本主義を終わらせ部落解放をかちとれるかどうかは、この一点にかかっている。だから住宅民営化絶対反対で闘う部落解放同盟全国連西郡支部の存在は決定的だ。
 民間への払い下げを前提にした同和住宅への応能応益家賃制度の導入は、部落の共同体を解体し「野たれ死にしろ」という極限的な部落差別攻撃だ。西郡支部は「供託」を武器に絶対反対で闘ってきた。
 この闘いに八尾北医療センター労働組合が合流した。大病院への売り渡し攻撃を阻止して職場支配権を確立した労組だ。
 八尾市は供託者の給料と年金を差し押さえ、住宅明け渡し裁判にかける攻撃に出てきたが、西郡支部と供託者は「裁くのはわれわれだ!」と八尾市を提訴して反撃に立っている。「供託という武器を手放さず、労働者と団結し、国境を越えた連帯に勝利の展望がある」と言って、11・2労働者集会の成功にかけている。
 一方、解同全国連中央本部は、住宅闘争で絶対反対の旗を下ろし「分納(分割払い)でも団結は守れる」などと言って、応能応益を認めたことを隠そうともしない。1月の拡大中央委では、「この差別を許さないという一点で」なら「自民党とも解同本部派とも手を組む」とまで言いだした。デッチあげ「広島差別事件」の「糾弾闘争」に部落大衆を引きずり込んで、資本主義の下で差別“解消”を求める融和主義運動を進めようとしている。さらに西郡で「青年部」を、八尾北で「二組」をデッチあげた。本部による敵対・破壊を許さず西郡住宅闘争支援基金運動を広げよう。

 第1節 明治以来の分断攻撃を打ち破る

 西郡住宅闘争は、部落解放闘争と労働運動の歴史を塗りかえる闘いに発展している。
 部落民は、資本主義・帝国主義の下で、労働者階級の団結を破壊するために「人間外の人間」として差別され迫害を受けてきた。生まれによって人生が決められてしまう身分制度はないはずの世の中なのに、そうではない。部落民は身分的差別を受けて階級内部で分断され、最底辺の賃金奴隷にされて食うや食わずの極限的な搾取を受けてきた。その怒りと悔しさは想像を絶する。なぜこんな差別がまかりとおっているのか。
 資本家階級は、明治維新から3年後に労働者権力の樹立(1871年パリコミューン)に直面、労働者階級の団結した力と革命に対して恐怖と憎悪をいだいた。資本の蓄積もないまま植民地を奪い合う戦争ができる帝国主義に一気に飛躍しなければならなかった。ここから部落民をはじめ被差別人民を、これ以上ない低賃金で劣悪な条件の労働に突き落としてはい上がれないようにしておいて、労働者階級全体を分断して搾取するテコにしていったのだ。
 動労千葉とともに闘う米のILWU(国際港湾倉庫労組)の指導原則に「差別はボスたちの武器」「労働者を他の労働者にけしかけて労働者自身を破滅させる目的のためにこそ使われてきた」とある。ボスは資本家のことだ。労働者同士を分断、対立させて搾取する資本家の武器が差別だ。これと闘う労働者の武器は団結だ。職場で団結して差別と闘うのだ。
 新自由主義と闘い労働者の国際的団結を拡大していく中に部落解放の展望がある。そこに気づいて進んでいる西郡支部の闘いは、明治以来の階級分断攻撃を根底で打ち砕いている。それは八尾北労組が民営化と非和解で闘い、西郡支部の「最大限の信頼を確保」しているからだ。
 被差別・被抑圧人民は、労働者が団結して階級として闘いぬいている時、その中で内在的に共同性を得ることができ階級的に団結できる。被差別・被抑圧人民とともに労働者が新自由主義と非和解で闘い、階級的団結を拡大して、資本家階級を倒して資本主義を終わらせ賃金奴隷制を廃止する。そのとき抑圧—被抑圧、差別—被差別の関係は消滅する。賃労働と資本の関係の廃止こそが部落解放、民族解放になるのだ。
 労働者が団結するためには資本家の武器=差別との闘いが不可欠だ。部落解放闘争はプロレタリア独裁と労働者階級の自己解放闘争の不可欠の一環なのだ。これまでのような「支援・連帯」の枠にこもらず、階級としてともに団結することが必要だ。八尾北労組の闘いに続こう。

 第2章 階級分断・団結破壊の部落差別裁く階級裁判

 1963年5月、女子高校生誘拐殺人事件・狭山事件が起こった。真犯人を取り逃がした警察は、失態をとりつくろうために、被差別部落に集中的に見込み捜査を行った。数十戸の部落に200人を超える刑事がおしかけ、リスト化した青年120人を一人残らず取り調べた。そして石川一雄さんを「犯人」にデッチあげたのだ。
 国家は資本家が労働者を搾取するために政治で支配する道具だ。警察・検察・裁判所は国家権力=暴力装置だ。この装置が揺らぐとき賃金奴隷制も危うくなる。資本家の労働者支配を維持するために国家権力が部落を襲撃して、無実の石川さんを31年7カ月も監獄にぶち込んで、仮出獄以後も「殺人犯」扱いして、監視して再収監のおどしで縛りつけている。絶対に許せない。
 第一審で検事は、石川さんの生い立ちをあげつらい死刑を求刑。浦和地裁は死刑判決を下した。この検事論告を、第3次再審闘争で関東の部落の女性が糾弾し撤回を求めた。「小学2年で石川さんは畑仕事に出て畑ごと八百屋に売る大根を作った。4年で農家の日雇い、6年の途中で子守奉公に出たあと、靴店、お茶工場、漬け物工場に住み込みで働いた。16か18歳あたりから穴掘り、土管埋めの力仕事に就き、船荷の積み上げや船の修理もやった。米軍基地でも働いた。日雇いや請け負いだった。整理解雇、賃金未払いもあった。菓子工場にも勤めたが書類を書けなくて辞めた。養豚場でも働いた。そのあとトビの見習い。事件の日は仕事にあぶれていた。幼くても一人の労働者として社会に出ていた。検事論告は、石川さんが小さい頃から親と離れて働きに出たことを理由に、『社会の秩序に対する順法精神』が欠如するんだ、と言っている。社会の成り立ちを180度転倒させて、まるで自分たちが社会を動かしているかのような高見に立って労働者を見下して、不安定でいちばんキツイ労働を強いられてきた部落民の石川さんに『社会の敵』というレッテルを張って『死刑にしろ』と要求した。これが部落差別でなくて何なんだ!」
 部落民は、つねに仕事にあぶれる最底辺の賃金奴隷として搾取されてきた。教育を受ける機会を奪われ定職に就けず差別が再生産されてきた。存在が資本家の支配を脅かすとして治安の対象にされてきた。部落差別は賃労働と資本の関係の外にあるのではなく、「非資本主義的要素」ではないことを、石川さん自身が証明している。

 第1節 権力との非和解貫き門野打倒を

 新自由主義攻撃が開始された80年代、石川さんは千葉刑務所に囚われていた。第1次再審請求を棄却されても、ただちに第2次再審請求に立った。90年代に再審請求取り下げと引きかえの仮釈放攻撃がかけられ、既成解同からも重圧が加えられたが、これをはね返して95年12月、出獄をかちとった。
 74年の無期懲役判決のあと計7度にわたる棄却攻撃を受けたにもかかわらず、石川さんは06年5月23日、第3次再審請求を東京高裁に行い、不屈に闘いぬいている。不当逮捕45カ年の08年5・23アピールでは、狭山差別裁判が「司法権力に因(よ)る連綿たる部落差別攻撃」だと糾弾して、「今度こそ、正真正銘の権力打倒に燃え、完全勝利を手中に収めるべく全力で闘う」と激しい闘志をみなぎらせている。
 国家権力と非和解で闘う石川さんは、まさに労働者階級の指導部だ。狭山闘争は、石川さんを階級の指導部として、労働者階級が国家権力による差別分断・団結破壊の攻撃としてある部落差別を裁く階級裁判だ。
 革命情勢の到来の中で再審棄却策動が激化している。07年5月23日、担当裁判官が門野博に代わった。門野は今年7月布川事件の再審を決定したが、名古屋高裁時代に名張毒ぶどう酒事件で無実の奥西さんの再審決定と死刑執行停止を取り消した極悪裁判官だ。
 弁護団は8月、無実を示す3点の新証拠—「脅迫状の筆跡」「目撃証言」「真犯人の声」に関する鑑定書と補充書を提出した。検察が隠し持つ全証拠を開示させ、新証拠をはじめ事実調べと再審をかちとろう。資本・国家権力と非和解で闘う労働者と部落民との階級的な団結の力が、門野体制を打倒し狭山勝利の扉を開ける。動労千葉を中心とする11月集会派だけが「権力打倒に燃え」る石川さんと固く団結できるのだ。
 国家権力と取引して平然としている全国連中央のような融和主義運動は門野体制を支えるものでしかない。国鉄分割・民営化を認めて1047名の解雇撤回を投げ捨てる4者・4団体路線も同じだ。国家権力と和解して労働者の団結を守れるわけがない。権力にすりよる「10・24集会」に反対しよう。

 第2節 部落青年の未来かけ11・2集会へ

 前述の女性は闘う労働者に呼びかけている。「小学2年から働きづめだった石川さんこそ筋金入りの労働者だ。部落民は最底辺の労働者だ」「いま、青年の2人に1人は一生フリーターで将来に希望がもてない。労働者が食えなくなっている。部落はなおさらだ。〈部落>も〈一般>もない。同じ労働者として団結して立ち上がるときではないのか」
 まったくそのとおりだ。70年代、労働者は反合理化・賃金闘争を闘い職場から狭山闘争に続々と決起していった。主力は4大産別だった。日比谷公園を11万人で埋めた74年9月の第二審公判闘争を頂点に、ストライキや戦闘的デモをやりぬき逮捕や処分の攻撃も受けた。このとき、「支援・連帯」の枠にとどまらないで労働者の団結を拡大する闘いとして闘われていたら、34年前の10月31日、東京高裁寺尾裁判長は無期懲役判決を下すことはできなかっただろう。労働者階級と部落民が分断を打ち破って階級として団結したら革命になることを資本家どもがいちばんよく知っているからだ。
 資本主義の終わりは、差別を武器に労働者階級を分断支配してきた資本家の最期だ。資本主義を終わらせることと石川一雄さんの無実をはらすことはイコールだ。狭山差別裁判を徹底的に糾弾して労働者階級の団結拡大のために、全国で寺尾判決34カ年糾弾・第3次再審闘争勝利にむけた10・26〜27狭山闘争に立ち上がろう。
 11・2労働者集会の柱の一つである「『生きさせろ!』大幅賃上げ/非正規職撤廃/怒りのストライキを」のスローガンこそ、〈部落>も〈一般>もなく、同じ労働者として資本と闘う方針だ。ここに300万部落民、とりわけ部落青年の未来がある。11・2集会の1万人結集をかちとろう。