2009年4月20日

ASEAN首脳会議中止に追い込んだタイの内乱的激突

週刊『前進』06頁(2388号2面3)(2009/04/20)

世界政治に衝撃走る
 ASEAN首脳会議を中止に 追い込んだタイの内乱的激突

 第1章 新旧支配層の対立

 4月11日、タイにおいて、タクシン元首相派(「反独裁民主同盟」、赤シャツ隊)による集会・デモが、中部のリゾート地パタヤで予定されていたASEAN(東南アジア諸国連合)首脳会議やプラス3(日中韓)の会議を粉砕する重大事態が起きた。これはASEAN体制を根底から揺るがし、帝国主義の世界支配に打撃を与える衝撃的な出来事であった。
 その後の展開で、首都バンコクの占拠闘争に軍が排除行動を行い、死者が出るにいたった。この事態を受けてタクシン派が首相府周辺から自主的に退去・解散したため、ひとまず暴動的決起は収束に向かっている。しかし世界大恐慌下で爆発した、帝国主義の直接投資と「国際分業的」生産の拠点であるタイでの内乱情勢は、全世界に大きな衝撃を生み出している。
 タイでの内乱的激突を、7月帝国主義サミット(イタリア・サルデーニャ)粉砕、「大恐慌を世界革命へ」の闘いのバネへと転化して闘おう!
 アピシット現政権派は、06年にクーデターによってタクシン首相(当時)を打倒し、追放した。この06年の軍事クーデターの中心は軍、警察、裁判所などを軸とするいわゆる王党派であり、国王の補佐役プレム枢密院議長を中心としたタクシン登場前の旧支配層である。しかしその後、07年12月の総選挙で再びタクシン派が議会の多数派を形成し、タクシン派政権が誕生する。昨年の首相府占拠・空港占拠などの一連の「民主市民連合」(黄シャツ隊。黄色は「国王の色」)の運動は、これを覆す目的で行われたものだ。
 そして昨年12月の最高裁判所による与党「国民の力」党などへの解散命令によってタクシン派政権は崩壊し、軍が関与した議会内多数派工作によって現アピシット政権が誕生した。
 タクシン元首相は携帯電話事業で財を成した新興ブルジョアジーであり、北部を軸とした農民層と低所得者層に支持されている(タイ人口6500万人のうち農業人口は3割以上)。01年に発足したタクシン政権は、農民支配層を金で買収するなどの選挙対策で圧倒的な農村票を組織し、実際にそれまで病院にもかかれなかった貧困農民に対する医療保障などの改革を行うことで支持を固めた。またIT産業の導入などによりタイの支配層の再編を行い、労働者への合理化や民営化攻撃も進めた。
 タクシンはタイの支配構造を国王を頂点とする王党派や軍・官僚・旧財閥を軸としたものから、新興ブルジョアジーを中心としたものへと強引に作り変えようとしてきた。しかしそれは表現の自由を規制するなど独裁的な政治手法を駆使したものでもあって、都市部住民を中心に反発と怒りも生み出した。

 第2章 労働者階級の未来

 現在のタイの政治は、これまでどおりには支配ができない中で、新旧支配層の分裂と、一方での都市部中間層と北部の貧困農民層の対立(都市と農村の深刻な経済格差)を内包し、内乱的激突として展開している。
 だが、トヨタ、日産、ホンダや電機大手を始め日本企業も大量進出しているタイで、労働者階級は、この対立構造の中で独自の政治勢力として登場することが、まだできていない。
 しかし重要なことは、世界大恐慌の本格化のもと、世界的に成熟する革命情勢の一端が、タイでの新旧支配層の対立・抗争と、そこに多かれ少なかれ組織されている農民や労働者の決起を伴って、二重権力的激突として現れていることだ。だがタイの労働者や農民の未来は、現政権はもとよりタクシン派政権の復活などで切り開かれるものでは断じてない。労働者階級が農民とともに、プロレタリア世界革命の一環に自らの決起と権力奪取の闘いを位置づけ、新旧支配層全体を打倒し前進していくことの中にこそある。
 しかし、タイの内乱的激突が重要な国際会議としてのASEAN首脳会議などを粉砕した今回の事態は、まさに決定的であり、全世界の労働者階級人民にとって帝国主義サミット粉砕への新たな進撃の号砲だ。タイの決起に鼓舞され、連帯して、4〜6月総力決戦を闘おう!