2010年1月18日

星野再審請求パンフ総学習を

週刊『前進』06頁(2423号6面3)(2010/01/18)

星野再審請求パンフ総学習を
 「無実」は曇りなく明らか 労組始め広く持ち込もう

 昨年11月27日、星野文昭同志と弁護団は、新証拠27点を添えて第2次再審請求書を東京高裁に提出した。翌28日には、430人が結集して全国集会がかちとられた。今こそ、星野同志を労働者階級の手に取り戻すために総決起しよう。
 「星野さんをとり戻そう! 全国再審連絡会議」は、再審請求書と星野同志の陳述書を全文収録したパンフレットを発行した。これこそ、星野闘争に勝利するための最強の武器である。
 陳述書は、次の言葉で始まっている。
 「私は無実だ。私はやっていない。中村巡査への殴打をしていない。火炎びん投てき命令をしていない。これは一点の曇りのない真実だ。にもかかわらず、35年の投獄と、23年の無期刑を強いている。一体、こんな理不尽なことが許されるのか。心の底からの怒りで一杯だ」
 星野同志は、この陳述書を「松川闘争の15万通の手紙のつもりで書いた」と言っている。松川闘争において、被告たちが獄中から発した手紙は総計15万通になる。この手紙が、勝利を切り開く決定的な力になった。
 現在、星野同志は、不当な発信制限によって月に5通しか手紙を出すことができない。われわれ一人ひとりが星野文昭となり、彼の訴えを労働組合と労働者階級に持ち込んで、すべての労働者人民のものとしよう。
 東京高裁の裁判長・草場良八(後の最高裁長官)は、1983年、星野文昭同志に無期懲役を言い渡した。87年の上告棄却によって、これが確定判決となった。
 確定判決で、星野同志が行ったとする「実行行為」は、①死亡した機動隊員を鉄パイプで自ら殴打した、②倒れた機動隊員に火炎びんを投げるよう指示した、の2点。これを裏付ける物的証拠はない。あるのは、権力の密室でつくられた6人の「供述調書」だけだ。
 代々木八幡駅から渋谷に突入したデモ隊は、反戦青年委員会の労働者が4分の3、学生が4分の1という構成だった。当初、国家権力は労働者に弾圧を集中したが、完黙・非転向の闘いによってはね返されてしまった。追い詰められた権力は、方針を変えて、学生に弾圧を集中した。
 昨年7月の最高裁の特別抗告棄却はまったく不当なものであるが、逆に、確定判決の脆弱(ぜいじゃく)な本質を明らかにしてしまった。再審請求書は、証拠構造の脆弱性を徹底的に突き、星野同志の無実を鮮明にしている。特に、新証拠として提出した3種類の写真は、星野同志の無実を決定的に証明している(本紙2421号・大形敏也論文参照)。
 昨年6月の星野・全国総会は、労働者階級を基軸として広範な闘いをつくり、その力で星野同志を取り戻そうという方針を確立した。今こそ、それを実践する時だ。
 弁護団は、「そのまま労働組合に持ち込めるものにする」ことを意識して再審請求書を執筆したと語っている。
 全党の同志が再審パンフを読み、学習しよう。「星野同志は無実だ」という確信が、闘いの最大の動力である。その確信を持って、労働組合を始め、あらゆる運動団体に持ち込もう。
 2010年、星野闘争勝利へ総決起しよう。