2010年2月 1日

団結ひろば 投稿コーナー

週刊『前進』08頁(2425号8面6)(2010/02/01)

団結ひろば 投稿コーナー

 仲間が職場で事故—団結し「社長謝れ!」 福島合同労組 SN

 昨秋、合同労組の仲間が職場で事故を起こしたことを理由に、配転・賃下げ、それが嫌なら辞めろという攻撃をかけられた。当人の悩み、迷い、苦しみを自分のものとして真剣に向きあい、激しい討論を重ねた中で、”この攻撃は自分だけでなく、これからも同僚にかけられる。闘えば止められるかも知れない”と当人が決意を固め、仲間とともに団体交渉の場に望んだ。皆初めての経験という中で「怒りあるのみ! 労働者は失うべきものは何もない。勝ちとるものばかりだ」と意志一致し、勤務後で疲れた我が身に気合いを入れ、社長、所長、部長と長のついた会社側の人間を相手に交渉が始まった。
 「事故の責任は会社には一切ない。こんな事故を起こすのはバカ(まま)ですよ」とニヤニヤして言った社長の言葉に仲間の怒りが爆発。「ふざけているのはオマエだ! 社長あやまれ」と次々と弾劾の嵐をぶつけた。結果、恐れをなした会社側は年末に配転・賃下げはしないと回答してきた。敵よりも一人でも多くと、遠くから駆けつけてくれた仲間の怒りと団結で完全に勝利した。今年はさらに多くの労働者と団結を固め、資本家をぶっ飛ばす闘いに邁進(まいしん)したい。

 「同僚を裏切って生き延びやがって!」 東京西部 糸魚川輪太郎

 新春1月2日の早朝、JPのA局前にて郵政民営化絶対反対の全逓元旦ビラまきに東京西部ユニオン青年部で決起しました!
 通常ならそのまま素通りするバイク通勤の局員も、ビラを受け取るためにわざわざ停止していくという、以前よりも確実に好反応で注目されていると実感しました。
 さらには、A局で実際に勤務していたという元OBの方とも話ができました。たまたま年賀状を投函するだけのはずが、青年によるビラまきに「自分も人事交流で他局へ飛ばされた」と握手を求められました。その場で敷地内へ立ち入るなとぬかす当局の職制に対しても「昔から対応の仕方が変わんねぇなぁ、総務課長か?」と言って、強制配転への怒りを静かににじませていました。私が職制に対して「人事交流で現場の労働者を強制配転させてきたから今のお前みたいな課長という地位があるんだろうが、同僚を裏切って、てめぇだけ生き延びやがって、でけぇつらすんな!」と弾劾し、追及したところ「兄ちゃん、後でこれで何か飲みな」とその方から2000円もカンパをいただきました。
 民営郵政資本は本当に許しがたい、打倒して奪還するしかない!——新年早々にあらためて考えさせられました。

 1047名闘争こそ階級的団結の結集軸 元教育労働者 駿河俊彦

 私は動労千葉の物資販売活動は通年的に、日常的にやっていく必要があり、また、協力者の一人ひとりを大切にしなければならないと思いました。そこで、さっそく1月初めから、これまで物資販売に協力していただいた個人や労組へのあいさつ回りを開始しました。
 その中で、深い感銘を受けたことがあります。ある高教組の分会は、8年間にわたり物販に取り組んでくれていたのですが、昨年はこれまでの2倍以上に相当する3万3000円も買ってくれていたのです。確か、この分会はただ1人の組合員しかいなくて、分会長のA先生が一人でずいぶん買ってくれたものだと感心し、お礼を言いました。
 すると彼女は、「いえ、あれはいろいろな人に呼びかけて買っていただいたのです」とさり気なくおっしゃいました。
 ということは、買ってくれたほとんどの教育労働者は非組合員だということです。私はいたく感動し、何度も頭を下げてお礼を言いました。これは、すごいことではないですか。その感性とフットワークの軽やかさ。私たちは彼女の闘いに学ばなくてはなりません。
 同時に、私は国鉄分割・民営化絶対反対を貫いて、23年間、闘い抜いてきた国鉄1047名解雇撤回闘争の恐るべき威力を思い知ったのです。
 この学校の職場でも職員室は右翼体育会系の教師が制圧し、教育労働者はバラバラに分断され、団結が破壊され、強労働で息もつけないほど抑圧されています。しかし、新自由主義攻撃の一環としてある、自己評価シート提出の強制に対する、教育労働者の怒りが渦巻いています。A先生は、そのような同僚たちに国鉄1047名解雇撤回闘争と動労千葉の闘いを紹介し、物販を薦めてくださっていたのです。動労千葉の物資販売への協力を組織する闘いは、労働者としての階級意思を結集していく闘いだと、私は確信を持ちました。
 2010年国鉄決戦に勝利し、プロレタリア世界革命へ突き進もうではありませんか。

 星野署名に厳寒の中取り組んでいます! 北海道労組交流センター H・O

 1月24日日曜日、北海道労組交流センターは、雪祭りの雪像作りが行われている最中の札幌市内大通公園で、無実の星野さんを一日も早く取り戻すために街頭宣伝、署名活動を行いました。
 若者から高齢者まで足を止めて快く署名に協力してくれました。星野さんが札幌市の出身だと訴えると、多くの人が注目します。
 最近、冤罪については足利事件が、また沖縄についても普天間基地の問題などが連日報道されているので、話をすると、人びとの関心がとても高いことがわかります。星野さんが闘った沖縄返還協定批准阻止闘争の意義が、40年の歳月を超えてストレートに伝わり、共感が広がる情勢です。
 署名しながら、「民主党政権に代わったけど、さっぱりだ」ということを話す人が何人もいました。そこで、「労働者の団結の力で世の中を変えましょう。労働者の団結の力で星野さんを取り戻しましょう」と確信を持って訴えました。会話になった労働者には、2・13国鉄集会のカラーのビラを渡してともに動労千葉のように闘おうと訴えました。
 北海道労組交流センターは、第2次再審請求にあわせて星野さんを奪還する闘いの取り組みを強化することを決めました。その一環として、11月以降毎月、街頭署名活動を続けています。1月24日は3回目でした。労働者人民の協力で、日中でも氷点下という厳寒期にもかかわらず、これまで100筆以上の署名が寄せられています。星野さんを取り戻すまでともに頑張りましょう。

 失業対策も資本蓄積の餌食にされていく 東京「生きさせろ!」連絡会 W

 新年号アピール第5章の「『資本論』を学者の書斎から労働者階級の手に奪い返して、駆使して闘う」という提起に大賛成です。
 『資本論』第3巻第6章3節「一般的例証 1861−1865年の綿花恐慌」には、1863年の綿花飢きんに端を発する大不況時、5割に達する労働者の失業と破壊的な賃下げの中で、救貧委員会による公共事業という形で「犬賃金(飢餓賃金)」での失業対策事業が行われたこと、それ自体がブルジョアジーにとっては道路舗装工事や排水工事など社会的インフラが格安で整備され、かつはるかに低い賃金が標準賃金となって労働者を雇えるようになったことにより、二重に「もうけた」ことが、書かれています。
 そもそも資本主義の本質において、恐慌時の失業対策自体を資本蓄積のための餌食(えじき)としていくということが歴史的にあったということが『資本論』で取り上げられているのです。
 労働者から絞り取った剰余価値の一部を企業からの寄付として集めて「派遣村」を運営し「施し」を行い、さらに民主党政権の中に入って政府のスポークスマンと化して「もう派遣村はつくらせない」などとした湯浅誠氏や、大量解雇を無慈悲に進める日本経団連と一緒になって「セーフティネットの整備」を掲げる連合や自治労本部の動きが、いかにまやかしであるか。
 結局は、この労働者搾取と支配の資本主義体制を続けるのか、それともそれを打ち倒し労働者の社会をつくり出すのか、そういう問題だということです。