2008年4月21日

根津さんの解雇を阻止! この団結と勝利で闘う日教組を 大西 晶

週刊『前進』06頁(2340号2面1)(2008/04/21)

根津さんの解雇を阻止!
 この団結と勝利で闘う日教組を
 大西 晶

 08年春、東京と全国の教育労働者は、「もう一度不起立したらクビ」の恫喝を突き破って「日の丸・君が代」不起立を貫いた根津公子さんの解雇を阻止するという巨大な勝利をかちとった。根津公子さん、河原井純子さんを先頭に非和解・非妥協で「絶対反対」を貫く闘いが、「日教組本部打倒! 闘う日教組をつくり出そう」という新たな団結をつくり出して前進した。以下、2〜3月の激闘を振り返り、その意義を提起したい。

 第1章 連日連夜の激闘を貫く 一歩も引かず都教委追及 正義の闘いに青年が合流

◆トレーナー処分で事情聴取(2月1日)
 激突は、卒業式の前に根津さんを処分しようとする都教委の策動から始まった。
 昨年3月の卒業式の不起立で停職6カ月処分を受けた根津さんは、10月から都立南大沢学園養護学校に出勤した。すると「OBJECTIONHINO
MARU KIMIGAYO(日の丸・君が代に異議あり)」とプリントされたトレーナーに校長がクレーム。2月1日に都教委が事情聴取を行った。
 根津さんは「個人の自由に属する問題。地方公務員法など適用できない」「私のトレーナーが『職務専念義務違反』と言うなら、日常的に居眠りをしている校長は職務専念義務違反ではないのか?」と弾劾した。
 このトレーナー処分をめぐる激突を、都教委を包囲する連日の追及行動に発展させたことが、勝利の原動力になった。
◆日教組・高橋副委員長を弾劾(2月2日)
 処分策動と軌を一にして、日教組本部が2月2日、全国教研の全体集会開催を放棄し、根津さんを始め東京の「日の丸・君が代」関連レポート3本を全国教研から排除する暴挙に手を染めた。
 2日午前、各県の教文部長などの緊急会議に、根津さんを先頭に解雇させない会と東京教組有志が駆けつけ、レポート排除の責任者・高橋副委員長を徹底弾劾した。
 3日の平和教育分科会では、レポート排除を全国の組合員が弾劾し、町田教組委員長の「根津さんを解雇させない闘い」のレポートを復活させた。
◆トレーナー処分を阻む
 トレーナー処分を策動する都教委は2月14日、21日、3月4日と3回の定例会を開催。各回とも数日前から都庁を揺るがす追及行動が闘われた。
 都教委の対応は本当に怒りに堪えない。公開質問状に対しては「『回答しない』が回答」。「処分するな」の要請書を提出すると受け取りを拒み、「ゴミとして捨てますよ」の暴言。
 しかも、エレベーターホール前に警備員とガードマンを動員して人間バリケードを築き、根津さんらを都教委の部屋に近づかせない。夜7時が近づくと電灯を消し、抗議を封じようとした。
 しかしあらゆる妨害をうち破り、人事部のある27階でも総務部の30階でも、連日の追及行動を展開。その闘いは、「解雇したら大変なことになる」と都教委を震撼(しんかん)させた。その力で3月4日の定例会でトレーナー処分を阻んだ。
◆職場から反撃始まる
 職場でも闘いが進んだ。3月5日、根津さんの勤務する南大沢学園養護学校でモーニングアクションが闘われた。20人以上の都教委職員を動員し、警察まで呼んだ校長に対して、同僚が「都教委を動員するのはおかしい」と声を上げ、分会が公開質問状を出した。
 河原井さんが働く八王子東養護学校でも6日、モーニングアクションが行われた。都教委が押し寄せる中で、同僚から口々に「河原井さんの不起立を都教委は怖がっているのよ」と不起立をめぐる議論が噴き出した。
 根津さんの職場ではさらに、校長が職務命令を出した時に、根津さんの発言を校長が「聞きません。答えません」と打ち切ると、「おかしい」「校長の発言は問題だ」の声が噴出。分会が申し入れ書を出した。
◆3・16デモに合流
 代々木公園で行われた3・16全世界一斉デモに根津さんが参加し発言。不起立闘争と「労働運動の力で革命をやろう」という青年労働者の闘い、動労千葉の闘い、国際連帯の力が合流した。
◆教育労働者の団結の広がり
 3月10日、解雇させない会が呼びかけた都庁前ワンデーアクションで根津さんが「明日から毎日都庁に通います」と宣言。以降3週間、連日連夜の都庁行動が始まった。
 3月19日、河原井さんが卒業式で不起立を貫く。同日、葛飾区教組の米山良江書記長が都教委に「要請書」を提出した。「毎年不起立しているのに、なぜ私は処分されず、根津さんは免職なのか」。根津さんとともに鋭く迫ると、職員は「ここは話し合いの場でも質問の場でもありません」と繰り返すばかり。不当処分への鋭い追及が、都教委を圧倒した。
 24日、根津さんが卒業式で不起立を貫く。同日、根津さん、河原井さん、米山さんが記者会見を行い、「根津さんを解雇するな」と訴えた。
 24〜27日は連日約百人が都庁27階・30階を埋め尽くした。26日には町田教組が呼びかけた都教委行動が行われた。「違法な職務命令にも従えというのか」という質問に対して、都教委幹部は「上司の命令に従うことは当然でしょう」と回答。こんな連中が処分を決めるなんて絶対に許せない!
 最終日は、根津さんを先頭に夜9時過ぎまで追及。連日の追及で職員がグラグラに動揺しているのが手に取るようにわかる。闘いの正義と不当処分に対する怒りの広がりが、都教委を徹底的に追い詰めたのだ。
◆都教委定例会を怒りで包囲(3月28日)
 いよいよ処分を決める定例会。「日の丸・君が代」処分について、なんと竹花教育委員が「寄せられている都民の声を事務方は紹介して欲しい」と発言した。闘いの迫力は、元警察官僚の竹花が、解雇を強行すれば治安情勢の危機を招くと恐怖するほどだったのだ。傍聴者の怒りは議場を圧し、一時は休会に。直近の廊下から「根津さんを解雇するな」のシュプレヒコールが会場を包み、都庁全体に響いた。
◆ついに免職処分をうち破る(3月31日)
 31日朝9時半、都教委職員が南大沢学園養護学校に到着。10時半、5人の同僚が校長室に同行した。「停職6カ月」。同僚とともに大喜びし、根津さんは門前にいる支援者に叫んだ。「みんな聞いて! 都教委は、私をクビにすることはできなかった!!」

 第2章 「絶対反対」で団結拡大 “クビにしてみろ”と迫り実力闘争復権で勝利開く

 石原・都教委はついに根津さんを解雇できなかった。03年「10・23通達」が出た直後は、まことしやかに「不起立3回でクビ」と言われた。都教委は現実に、不起立1回で戒告、2回で減給1カ月、3回で同6カ月、4回で停職1カ月、5回で同3カ月、6回で同6カ月という累積加重処分を続け、「最後はクビ」と脅してきた。それでも根津さんを先頭に「絶対反対」の闘いを貫いたことで、ついに解雇攻撃を打ち破り、「10・23通達」を完全にぶっ飛ばす勝利をかちとったのだ。

 第1節 非和解的激突で「10・23通達」粉砕

 勝利の核心は、「クビにするならしてみろ!」と絶対反対を貫いて実力で闘いぬいたということである。そして絶対反対を貫いた闘いが、職場と地域に階級的団結をつくり出した。孤立を恐れず、絶対反対を貫いてこそ、本物の階級的団結が生み出されるのだ。
 3・16全世界一斉デモに参加した根津さんは演壇から、「トレーナー処分」を打ち破った2〜3月の都教委行動を勝利感に満ちて報告し、「原則的に闘えば都教委の厚い岩盤を打ち砕くことができることを実感した。私がクビになっても、闘いはもっともっと続く。最後には必ず勝ちます」と訴えた。
 そもそも「10・23通達」とは、「日の丸・君が代」強制と処分をとおして職場の団結をずたずたにし、現場組合員から職場支配権を奪い去ることに核心があった。日教組の現場組合員の団結と抵抗をたたきつぶさなければ戦争教育は貫徹できない。根津さんを見せしめ解雇することで、教育労働者の団結を解体しようとしたのだ。
 しかし根津さんが「クビにするならしてみろ! 私は生涯、教育労働者として闘いぬく」と宣言した時に、グラグラになったのは都教委だった。そして、この根津さんの闘いが東京と全国の教育労働者を鼓舞激励し、「根津さんのように処分を恐れず不起立で闘おう」という労働者を陸続と生み出した。文科省・教育委員会とも管理職とも一切折り合いをつけず、非和解・非妥協で闘う階級的団結がつくり出された。
 根津さん、河原井さんの職場からも反撃ののろしがあがった。校長は、2人への弾圧と処分で職場全体を制圧しようとした。しかし2人の闘いが都教委・校長の職場支配をぶち破った時、管理職への抗議が巻き起こった。解雇も辞さず「絶対反対」で闘ってこそ団結が強化・拡大できることを示したのだ。

 第2節 日教組本部突き破る闘い始まる

 さらにこの闘いは、現場組合員の力で「闘う日教組」をつくり出す決定的な力を生み出した。
 この1年、根津さん、河原井さんは全国を飛び回って集会や講演会を重ねてきた。日教組本部の総屈服を突き破って、闘う日教組をつくり出す闘いの先頭に立ってきた。
 「君が代」解雇をめぐる攻防は、日教組の中に「体制内労働運動か、階級的労働運動か」という鋭い分岐と激突を生み出した。文科省や都教委と非和解で闘いを貫くのか、「パートナー路線」で組合員を抑圧するのかをあいまいさなく突き出し、日教組本部の反労働者性を暴き出してきた。
 全国教研をめぐる激突ではっきりしたことは、腐り果てた日教組本部を突き破る激しい怒りとエネルギーが現場には満ちあふれていることだ。
 東京教組執行部も日教組本部の不当なレポート取り下げ要求に屈し、都教委に「窓口を閉鎖するぞ」と脅されると、解雇させない会の運動の弾圧を策動。3月には解雇を阻止するための都教委に対する闘いを一切放棄した。こうした中で、東京教組傘下の町田教組が独自に都教委行動を呼びかけ、現場組合員が駆けつけて闘いぬいた。
 東京だけではない。北教組は3万8千筆以上の解雇反対署名を集め、1月25日に根津さん集会を開催。直後の1月30日に24年ぶりの1時間ストライキを打ちぬいた。2〜3月の都教委行動には、全国から闘う教育労働者が結集した。そして全国各地で根津さん、河原井さんの闘いに感動した青年教育労働者が、体制内の組合幹部と激突して「自分もともに闘う」と初めて不起立を闘った。
 闘わない組合執行部を批判・弾劾するだけではない。組合執行部と激突しながら、自ら方針を出し、仲間を組織して闘いを巻き起こす——現場組合員が自ら「闘う私たちこそ日教組」という闘いを現場で始めた。
 不起立やストライキという実力闘争で階級的団結をうち固めていることが重要だ。日教組本部を打倒する新たな指導部、動労千葉とともに階級的労働運動をつくり出す潮流が登場したのだ。
 08年春の大勝利は、帝国主義を打倒するまでやまない闘いの始まりである。階級的団結をさらに押し広げ、職場からの階級的労働運動の実践で帝国主義をうち倒そう。
 今春の勝利を押し広げ、職場から闘おう。青年労働者を先頭にサミット決戦から8・6ヒロシマへ! 日教組本部打倒へ闘いを巻き起こそう。
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 第3章 根津さんの処分をめぐる経緯

03.10 都教委が「10・23通達」を発出
04. 3〜4 卒・入学式で不起立・不伴奏などの処分が計243人
05. 3 根津さん、立川2中の卒業式不起立で減給(10分の1)6カ月
05. 4 根津さん、入学式の不起立で停職1カ月処分
 卒・入学式の処分は計63人
05.12 根津さん、7月の再発防止研修でゼッケンを着け続けたことを理由に減給(10分の1)1カ月
06. 3 根津さん、卒業式の不起立で停職3カ月処分。町田市鶴川2中に強制異動
  卒・入学式の処分は計39人
07. 3 根津さん、卒業式の不起立で停職6カ月処分。都立南大沢学園養護学校に強制異動
  卒・入学式の処分は計43人
08. 2 都教委が根津さんのトレーナー着用について事情聴取。以降、都教委は3回の定例会を行うが、処分できず
08. 3 根津さん、卒業式の不起立とトレーナー着用を合わせて停職6カ月処分。都立あきる野学園養護学校に強制異動
  卒業式の処分は20人、5年間でのべ408人に