2008年4月28日

職場の団結拡大へ不起立貫く 青年教育労働者から闘いの報告

週刊『前進』10頁(2341号3面1)(2008/04/28)

職場の団結拡大へ不起立貫く
 青年教育労働者から闘いの報告

 春の卒業式・入学式で「日の丸・君が代」強制に対し、全国の闘う教育労働者は不起立を貫きました。2人の青年教育労働者からその闘いの報告とアピールが寄せられました。(編集局)

 第1章 根津さん解雇を阻止した! 不当な命令には従わない

 広教組青年部 川久保真希人
 3月31日、根津公子さんの解雇を阻止した。うれしかった。本当に本当に。
 根津さんが校長に向かって言った「子どもたちを政治利用するのはおかしい」という意見に「そう思います」と声を上げる同僚が現れたこと、処分発令に立ち会って免職でないことを喜び合う同僚がいることなど、職場に連帯や団結の輪が広がっていることもうれしかった。
 根津さんは報復人事で異動となった。これは職場でさらに団結が広がっていくことを恐れたからだろう。1年でまた異動とは本当に不当だ。
 ですが、もう一度、根津さんの解雇阻止! やったー!!
 それは、何より根津さん自身の連日の都教委追及行動、さまざまな集会での「原則的に、自分らしく生きるため闘おう」「解雇されても闘いをやめない。私らしく生きる」という呼びかけなどのすごい決起によりかちとったものだ。
 そして労働者・学生の連帯・団結と国際連帯。市民の声、意見広告、現場マスコミ労働者の根津さんへの支援ととれる記事の掲載——そうした連帯・団結の力でかちとられたものだ。
 もちろん根津さん・河原井さんへの6カ月停職処分は絶対に許さない!
 でも、私にとって処分は労働者性を取り戻す契機だったし、団結のチャンスだ。もっとこれを生かして職場や組合の論議にしていきたい。「不起立で闘おう」「自分の思いのまま不起立したっていいんだよ」「不起立して団結しようよ」と。

 第1節 不起立したらすっきりする

 私は不当な命令にはこれっぽっちも従いたくない。「君が代を歌え。起立して敬え」「君が代を子どもたちに歌わせろ」という命令や処分に屈しない。おびえない。それが教育労働者としての誇りと闘う団結を奪おうという処分の狙いを粉砕するものだから。そうすれば勝てることを、根津さんは証明してくれた。
 本当に「処分がなんや!」と思っちゃう。原則的に闘う仲間とつながれるなら、処分上等! 不起立してようやく、「管理職・当局とは最初から非和解だったんだ」ということにはっきり気づいた。と同時に、どんどん自分の中に抑えていた怒りがあふれてくる。彼らとやり合ってやるって覚悟ができてくる。やり合えばやり合うほど、非和解性ははっきりするし、さらに自分が元気に解放されていく。 
 経済的な都合最優先の学校統廃合、資本家の思いどおりに働く労働者をつくろうとするキャリア教育や道徳教育、日々続く超過勤務、労働者を競争させる査定給の導入、差別賃金、職の複雑化・多様化・非正規化、自己申告書、学力テスト——現場には腹の立つことがあふれている。
 「このままにしたくない!」って思いが沸々とわいてくる。けっして「何をしたってムダ」とあきらめたくない。「不起立」のように現場からどんどん怒りの声を上げ、行動し闘いたい。
 不起立闘争は、動労千葉の運動のおかげで、アメリカ・韓国の教育労働者との国際連帯も生んだ。そのことが今回の根津さんの解雇阻止にも間違いなくつながった。
 国際連帯こそ、まさに戦争を止める力だし、間違ったことがまかりとおる世の中を変える世界革命の現実性だ。世界で労働者・学生の怒りが爆発しているこの革命情勢。不起立闘争。わくわくする、なんてすてきな時代、闘いなんだ!
 不起立を広げ、改悪教育基本法を紙切れにしよう! 日教組つぶしの免許更新制をぶっ飛ばそう! 一人の解雇も許さない労働組合らしい闘いをしよう! 改憲阻止! 戦争につながる教育絶対反対で闘おう! そこにこそ団結しよう!
 まだ不起立を迷っている人へ。不起立したら、すっきりします。日々の実践も、子どもたちも、闘う労働者の仲間も裏切らずにすみます。「自分」を生きられます。闘いたいという思いをガマンする必要はない。解き放ちましょう。そしてともに闘いましょう。固い固い団結のもとに!

 第2節 「処分」恐れず原則的に闘う

 私の3月卒業式不起立への処分は文書訓告でした。入学式も不起立したので、次は戒告かもしれません。でも処分などまったく恐れていません。
 文書訓告は、市教委の教育長室で、校長と教育委員会職員2人同席のもとで教育指導課長から渡されました。処分書には「職務命令に反し、君が代斉唱時不起立したことが公務員としての自覚が欠如し、公教育への地域等の信頼を損ねた」と書かれていました。
 私が「どうして公務員としての自覚が欠如していると言えるのか」とただすと、「職務命令を聞かなかった」と答え、「地域の信頼をどう損ねたのか」と問うと、答えず「ここに書いてあるとおり」。校長は横で小さな声で「(指導がいたらず)申し訳ありません」と言いました。
 校長は教育長室を出ると封筒を渡し、「処分書は人に見せるものじゃないから」とすぐに封筒に入れさせました。校長は「君が代」で論議が起きることをとても恐れています。「論議すれば不起立が拡大する」と感じているからです。だったらもっともっと職場や組合・地域で論議してやろうと思っています。
 子どもたちに「自分で判断できる人になろう」「安心・安全・元気な学校をつくろう」と言っている人が、人の心を傷つけ、ある一つの態度を強制する「職務命令」を出す。口では「早く帰ってください」と言っても実際には超勤解消の行動はまったくしない。私は、必要だと思えば、教材研究も家庭訪問も時間外であってもしています。新自由主義教育を浸透させていくための文書・計画・報告文書こそがムダな仕事です。どっちが直接「国民」に責任をとる公務員としての自覚が欠如し、公教育への地域の信頼を損ねているんだ!
 私は「不起立から始めよう!」と訴えてきました。不起立は、私自身を解き放つ闘いであり、血の通った心のつうじた信頼し合える仲間とつながるために必要なものでもありました。
 不起立の闘いに出会えてよかった。原則的に不起立を続けてきた教育労働者に出会えたことに感謝しています。これからもずっと原則的に闘っていきたいと思います。教え子を戦場にもうこれ以上送らないために。
 戦争協力拒否! 国際連帯! そして世界革命に向かって!

 第2章 闘う組合の再生をめざし卒入学式で初めて不起立

 採用5年目の教育労働者 大橋麻衣
 今年の卒・入学式で不起立をやったことで、職場で闘っていこうという決意が固まった。それは、どんな時も何があっても仲間を裏切らないという決意だ。
 3月の卒業式では初めての「君が代」不起立をやった。座った時「ついにやった!」と思った。
 ここにいたるまで、ずいぶん迷った。処分が怖いとかではなく、職場の仲間からの批判や、職場で浮くことが怖かった。「不起立やりたい!」と思いながらも、闘わない理由ばかり探していた時期もあった。
 でもこのままではいけない。学校を戦争動員の場や、「負け組になるな」と人をけ落とすことばかり教える場にしてはいけない。そう思って、組合で声を上げ始めたのが07年度だった。
 私のいる教職員組合は組織率こそ高いけれど、「友愛=労使協調(=なれ合い)」をスローガンに掲げる闘わない組合。組合は飲み会のための機関のようになっていて、その飲み会でさえ管理職も来るのが当たり前。
 闘おうとすると「お前は暇なんだな」「デモに行く暇があったら、土日も部活に来い」と組合の仲間から言われる。
 でもだからといって、闘うことを後ろめたいことだと思ってコソコソしたり、組合の仲間を「どうせ闘わない」とあきらめたりするのではなくて、闘う組合を再生していこうと決めた。

 第1節 ぶつかり合うこと恐れない

 2月に行われた組合の中央委員会では、本部の議案書に修正案を出すために分会会議を呼びかけた。議案書には「国旗・国歌法を理由とした日の丸・君が代の強制に反対」とは書いてあるが、行動提起がなかった。2年前には「日の丸・君が代が歴史的に果たしてきた役割について知らせる取り組みを行う」といった行動提起があったが、回を重ねるごとに行動提起がなくなる。
 そんなことは許せない。だから「国旗・国歌法を理由とした強制だけでなく、改悪教育基本法を理由とした強制にも反対」「この春にも解雇されそうな仲間がいる中、それを阻止するための全国的闘いが必要」という観点で修正案を書いた。
 分会会議では、全国教研で日教組本部が「日の丸・君が代」関連レポートの提出を拒み、それに抗議したビラまきを警察に排除させたこと、仲間を解雇しようとする張本人である都教委・中村教育長にあいさつさせようとしたことなども隠さずに話した。結果は否決。不起立を呼びかけたことで「ちょっとそこまでは……」と躊躇(ちゅうちょ)した仲間が反対に回ったためだった。
 でも、厳しい情勢を隠さずに訴えて賛成者が出たことは、大きな力だと感じた。当たり障りのないことを言えば賛成者は増えたかもしれないが、中途半端なものを可決しても意味がない。
 しかも、修正案に反対した仲間から「そんなに思いがあるなら、あなたが中央委員会に行ってくるといい。そうやって組合を変えていくことも重要なことだ」という意見が出た。
 そうして参加した中央委員会で、本部は「レポート提出拒否の件は把握していない」「元号の強制反対が議案書になかったのは印刷ミス」などと答弁した。しかし分会の仲間と討議した修正案を私の意見として読み上げた時には、「君が代」強制に関して、「改悪教育基本法を理由としての強制にももちろん反対」「全国の仲間とともに闘うという意見についても、署名などには取り組みたい」という答弁を引き出すことができた。
 3月の卒業式では、職場の仲間は私が「君が代」にどうするのかを注目していた。「僕は居眠りするかどうか注目されているから、注目されている同士で近くの席にしますか」と言って隣に来た仲間もいた。職場の仲間が見ている。全国に闘う仲間がいる。逃げるわけにはいかない。私が闘うから分会の仲間も一緒に闘えるというふうにしたいと思った。
 座った時、口で言うだけじゃなくてちゃんと行動できる自分がいることが実感できた。けれど卒業式での不起立は無視されてしまい、処分も仲間からの批判もなかった。無視されたことにほっとしている自分もいた。
 それが大きく変わったのは入学式での不起立だった。前日に「頑張ってね」と言ってくれた仲間もいる。終わった後に「もっと目立つ場所にいなきゃ」と言ってきた仲間もいる。「保護者に失礼」「国旗・国歌に礼を払うのは当然」と言って批判してきた仲間もいるが、今後もしっかりと本気でぶつかり合っていきたい。卒業式の時は、まだ何か言われることを恐れていたけれど、もうぶつかり合うことを恐れないでいこうと思う。

 第2節 私は変わった仲間も変わる

 教育委員会は「指導指針」という文書で「国旗・国歌を拒否する場合、生徒への処分もありうる」「教育基本法は教師を律する法律」などと書き、教育労働者を戦争動員の手先にしようという動きを強めている。
 同僚たちは多忙化で追い立てられ、毎年のように病休者が出るほど心も体も余裕がない。
 でも、だからこそ闘う。「こんな状況を変えるために、革命やって人間らしく生きよう」と呼びかけていきたい。
 職場の仲間は必ず立ち上がる。私自身が仲間との団結の中で変わることができたから、そしてこれからももっと変わっていけると思うから、職場の仲間が変わっていくはずだと信じられる。仲間と一緒に、職場から行動したい。