2008年8月 4日

団結ひろば 投稿コーナー

週刊『前進』10頁(2354号6面1)(2008/08/04)

団結ひろば 投稿コーナー

 第1章 団結こそ勝利の女神要求をかちとったぞ 神奈川 藤沢正幸

 一度現役を引退し生活の為にシルバーセンターに加入して低賃金(生活できない!)と最悪の労働条件の下で働いている労働者が急増している。私もその一人である。
 シルバーセンターは高齢者の「生きがい」を目的としてうたっているが、実は少しでも安い労働力を供給しようとする資本家のための労働手配師だ。仕事は「軽労働」として派遣されるが、職場は「蟹工船」だ。
 私の職場は機械部品の搬入・仕分け・発送の仕事だ。積み上げられたパレットの高さは身長の何倍もある。部品の重さは60㌔グラムを越すこともある。なにが「軽労働」だ! 
 職場には労働組合がないが、シルバー労働者20名は団結して決起した。この現実の中では団結して闘う以外にない。
 ①時給750円を50円賃上げせよ
 ②5年間越えても勤務させよ
 ③70歳越えても首にするな
 ④交通費を支給せよ
 ⑤勤務表を3カ月まとめて出せ
 ⑥仕事ができないと評価して首にするな
 以上6項目を要求し、2回のスト宣言を行い、②⑤⑥項目の要求をかちとった。ストライキできる団結の勝利だ。
 シルバーの労働者の決起に励まされた20歳の派遣労働者も1人で決起し、2度も賃金を上げた。シルバーも派遣も職員も一致団結して組合を結成するぞ。団結こそが勝利の女神だ。頑張るぞ。

 第2章 動労千葉とス労自主共催で労組討論集会 愛知 岡田 正

 「国鉄1047名闘争勝利! 安全問題と労働組合」を掲げた「7・13労働組合討論集会」が動労千葉とス労自主の共催で名古屋の工場地帯・堀田で行われました。
 最初にス労自主の入江委員長から「1047名闘争に勝利するために6月から始まった各地域集会の一環として名古屋集会を設定しました。11月全国集会に向けた取り組みでもあります」とあいさつがありました。
 メイン企画①「幕張事故闘争の教訓」、動労千葉の関執行委員からの報告は圧巻でした。06年4月に起きた幕張事故で、最も危険な構内にATS設置を怠った当局の責任を追及し、ストライキを構えて当該運転士の解雇攻撃をはね返した動労千葉の安全運転闘争の勝利として総括しました。
 メイン企画②はス労自主の田村書記長の「03年8・29名古屋油槽所工事労働者6名死亡火災事故の経験から」です。エクソンモービルが火災事故の責任を工事会社に転嫁していることを弾劾し、「毎日、仕事の内容を工事会社と確認していたエクソンモービルに責任がある。労働委員会で責任追及を行っている」と報告がありました。
 ス労自主の上村副委員長の物販アピールをはさんで国労5・27臨大闘争弾圧裁判被告の橘さんが特別報告。「国労本部は4者・4団体路線で1047名闘争を敗北に導こうとしている。5・27被告は旧弁護団を解任し、松崎被告との分離公判をかちとって、国労本部打倒・国労再生に向けた新たな闘いに決起する」
 結集団体アピールは、東海合同労組、愛知労組交流センター、動労千葉物販支援の労組、三重労組交流センター、国労5・27弾圧を許さない会東海、とめよう戦争への道!百万人署名運動愛知連絡会、とめよう戦争への道!百万人署名運動岐阜連絡会。
 最後に東海合同労組の青年労働者が団結ガンバローを行い、集会は盛況にかちとられました。
 東海での1047名闘争勝利!第2次国鉄決戦が本集会から新たに始まりました。JRの青年労働者と結びつく階級的労働運動を白熱的に実践していきます。

 第3章 7・20山陰で労働者交流会を開き団結! 島根・松江 北城晴也

 7月20日、松江市内において「団結! 団結!
 団結! 7・20山陰労働者交流会」が10人の結集で開催されました。
 冒頭、08年前半の闘いの地平をDVD映像を見て、確認しました。司会を国労米子の鷲見貢さんが務め、交流会が始まりました。(写真上)
 第1部は「第2次国鉄決戦勝利! 国労5・27裁判の新たな出発にあたって」と題して、国労5・27臨大闘争弾圧裁判被告団長の富田益行さんからの提起が行われました。
 旧弁護団解任問題、弁論分離問題、そして新たな裁判闘争方針について提起され、その中で、「9・15判決」に対するとらえ方、4者・4団体路線との対決の問題が旧弁護団・松崎被告の脱落の根底にあることが明らかになりました。
 また、鉄建公団訴訟の裁判外での和解が裁判所より提起され、国労中央、国交相・冬柴が和解に向けて動き出したことを怒りをこめて報告しました。若干の質疑の後、「7被告の旧弁護団の解任を支持する決議」を採択しました。
 第2部は、8・6ヒロシマ大行動の成功をかちとるために、討議資料の学習を、百万人署名運動山陰連絡会の事務局からの提起を受けて行いました。今年の8・6ヒロシマ大行動は10年目の節目にあたります。「世界の労働者・民衆の団結で核と戦争をなくそう!」をメインにかかげた労働者集会としてかちとることを確認しました。
 事務局の仲間が自前の資料も準備して、熱の入った提起が行われ、山陰地区からも例年に増す参加をしようと訴えました。山陰の仲間の団結を固めあった1日でした。

 第4章 7月31日、高栄運輸分会が48時間ストに突入! 東京西部ユニオン N

 7月31日午前0時、東京西部ユニオン高栄運輸分会は、高栄運輸によるH組合員に対する不当な賃金差別と組合無視に抗議して全組合員が48時間ストライキに突入した!
 高栄分会8人の組合員と西部ユニオンの仲間たち30人が、朝から会社前に陣取り門前闘争。「ストライキ決行中」の横断幕が掲げられ、「労働者をなめるな!」「会社は誠意ある話し合いに応じろ!」とシュプレヒコール。この後、社長宅に抗議文をたたきつけた。
 高栄分会組合員は「会社と俺(おれ)たち労働者は相いれない。徹底して闘う」と晴れ晴れした表情で語っていた。

 第5章 追悼—東京拘置所面会室の林歳徳さん 迎賓館・横田爆取デッチあげ弾圧裁判被告 十亀弘史

 林歳徳さんは、東京拘置所に未決勾留されていた私に、2000年を前後して4度ほど面会に来て下さいました。季節はいろいろで、上着を着ていたり着ていなかったりされましたが、一番下にはいつでも、あの台湾の地図の描かれた鮮やかなティーシャツを着けておられました。色彩の乏しい独房からやってきて、面会室に入ったとたんに、林さんの笑顔と鮮烈な青が目に飛び込んできます。それだけで一気に気持ちが弾みました。
 面会室での林さんのお話の内容は大きく三つありました。まず、日帝に対する怒りのほとばしり。時代は、侵略のど真ん中から今の今に至ります。それから、「僕もね、獄中にいたよ」と切り出される戦後の「自分史」の話題。もう一つは、私への激励です。
 林さんの励ましは、「あのね」と言って、両腕で大きな円を描くところから始まります。面会室一杯の大きな円です。「あのね、これは中国の思想」と断られてから、本当に力強く次のように言って下さるのです。「運命なんていつも円を描いていて、いいことがあれば、悪いこともある。みんなつながってるんだ。だから今、獄中にいても、この先うんといいことがあるよ!」。その間、腕は、熱を込めて、2度も3度もぐるぐると回されます。
 出獄後の折々にお会いした林さんは、当たり前だと言われてしまいますが、面会室でお会いした林さんとまったく同じ林さんでした。理不尽への怒りが深く、敵をまっすぐに強く憎み、いつでも真摯(しんし)で、迫力と貫き通す力に満ち、そして、本当に優しかったのです。
 林歳徳さんに深い敬意と感謝を表します。さらに共に、林さん!