2008年11月10日

10・26狭山集会 報告とアピール

週刊『前進』06頁(2367号6面3)(2008/11/10)

10・26狭山集会 報告とアピール

 部落解放東日本共闘会議主催の10・26狭山集会(前号既報)での西村豊行さんの報告と東日本共闘会議議長の田中康宏さん(動労千葉委員長)の特別アピールを掲載します。(編集局)

 第1章 石川一雄さんと怒り共有し寺尾判決糾弾—再審貫徹へ 西村豊行さん

 報告したいことは2点あります。ひとつは「狭山闘争とは何か」、そして「いかに勝利するか」です。
 狭山闘争とは何か。結論的に言えば、国家の差別犯罪、権力犯罪に対する徹底糾弾をとおして石川一雄さんの無実を晴らし、完全無罪をかちとることです。この点で、あらためて狭山事件を簡単に振り返っておきたい。当時16歳で、埼玉県立川越高校入間川分校1年生の中田善枝さんが、何者かに殺害された。埼玉県警は真犯人を取り逃がしたあと、無実の石川一雄さんを部落民のゆえに犯人として逮捕した。国家権力が部落差別を利用して、凶暴な仕掛けによりデッチあげたのです。
 34年前の1974年9・26公判闘争には11万人が結集。石川一雄さんが「被告人最終意見陳述」をしました。われわれがいう6大産別を中心とした労働者階級の決起と、石川一雄さんを先頭にした部落大衆の闘いが一体となり、東京高裁・寺尾体制に迫った。寺尾裁判長は、一審の死刑判決を、あたかも「一等減じた」かのようなポーズをとり、「無期懲役刑」を決定。しかし部落差別に対して開き直った寺尾の確定判決の暗黒の本質は、その後の「有罪護持路線」の反動的な基礎を敷くことにあったのです。そして狭山事件=「石川犯人説」をもって部落差別の象徴とし、階級的団結に分断の楔(くさび)を打ち込む攻撃だったのです。
 石川一雄さんは、寺尾の有罪攻撃に激しい怒りと無念さを燃やし、不撓(ふとう)不屈・戦闘精神で最高裁闘争に臨んだのです。「劇的ともいえる部落解放闘争の前進的局面、およびその労働者階級への波及、このような心をつき動かす最も人間的なエネルギーと諸闘争における真の人間の素晴らしさを知るとき、一人私が解放への礎になれるならば、たとえ獄死しても決して黄泉路(よみじ)を迷わないと考えております……したがって私は今後も、この真赤な血潮、血の一滴も余すところなく権力打倒に注ぎこむ覚悟でおりますことを、改めて誓う必要ありません」と翌年の新年のメッセージできっぱり宣言しました。
 それでは、いかに勝利するか。勝利のカギは、労働者階級の決起にかかっています。部落差別による狭山事件は、労働者階級全体への攻撃であり、階級的団結を分断する攻撃です。分断攻撃とは、労働者階級の一部、つまり階級のきょうだいを部落民として分断し、他の労働者を部落差別の担い手として取り込むことです。しかし労働者は本来的に部落差別の撤廃をめざし、階級のきょうだいである部落民の解放のためにたたかうことのできる革命的で歴史的な存在です。部落差別の元凶は、資本と政府・国家権力であり、労働者はその打倒、つまりプロレタリア革命によって部落解放の実現をめざす階級の主体なのです。
 狭山再審の実現をめざし、全国連杉並支部や品川支部、西郡支部と固く団結し、前進しましょう。

 第2章 労働者と部落大衆の団結で狭山・部落解放闘争の勝利を 部落解放東日本共闘会議議長 田中康宏さん

 石川一雄さんの発するアピールは、国家権力と真正面から闘って打倒することを絶対にあいまいにしていません。われわれの部落解放闘争のスローガンは、もともと部落解放・日本帝国主義打倒だった。これは深い決定的な意味を持っていることを絶対に確認しておかなければいけません。
 資本主義体制は、完全に目の前でガラガラと崩れ落ちています。ということは、部落完全解放の日が目の前まで迫っている。このことを土台にすえて、新しい部落解放闘争のあり方、それに対してわれわれ労働者が、いかに固く団結し、連帯し、ともに闘っていくのかが問われているんじゃないかと思っています。
 それと、マルクス主義と部落解放闘争ということを、もう一回考えなくちゃいけない。この間、われわれ自身が階級的団結の思想、労働者階級の自己解放の思想をもって、マルクス主義を労働者に取り戻すことを確認してきました。
 部落差別という敵のきわめて政治的な攻撃によって、本来は労働者階級のともに闘う仲間である被差別部落の仲間たちが分断されている。なぜ部落解放闘争をともに闘うのか。この社会に部落差別があることを絶対に許せないからです。社会の主人公であり資本主義を打倒する労働者階級は、部落差別を許しておいて自らの解放をかちとることはできない。労働者階級と解同全国連の仲間たちは、お互いに励まし合う関係です。議論だけではなく実践的に闘いを進める中から、新しい連帯のあり方、団結の回復を全力をあげて追求したいと思います。
 差別糾弾について一言。被差別部落の仲間たちが怒りに燃えて差別を糾弾する——これは当然のことです。だけど、それを政治的に利用することは絶対にやってはならない。そんなことをしてどうして労働者階級と解同全国連がひとつに団結して闘えるんですか。差別糾弾は、国家権力と真正面から闘うために労働者に連帯を求める熱いものだったはずです。
 部落差別はきわめて政治的な攻撃です。政治的に部落差別をつくり上げ、それを日々再生産し、決定的な時に分断を持ち込む。戦争に利用する政治的攻撃としてもある。爆弾三勇士なんかそうでしょう。部落差別という政治的な攻撃に対して、国家権力と真正面から闘う立場をぬきにして、政敵をつぶすために利用する。こんなのは敵の論理と同じです。こうやって国家権力から逃げているんだ、とつくづく感じました。こんなことをしていたら解放運動は衰退してしまいます。
 最後にもう一度、寺尾判決34カ年を腹の底から弾劾したいと思います。「国家権力を甘く見ちゃいけない」と言いながら、すきがあったかもわからない。あの無期判決は、国鉄1047名解雇撤回闘争の5・28判決のときとまったく同じです。5・28判決から今の政治交渉への転落は始まった。こんな道を歩んじゃいけないことを、もう一度10・31にあたって確認し、絶対に石川さんの無実を晴らすことを決意したいと思います。