2009年6月 1日

全国再審連絡会議 5月星野沖縄行動を闘って

週刊『前進』08頁(2393号8面3)(2009/06/01)

全国再審連絡会議 5月星野沖縄行動を闘って

 5月16日午後4時、那覇市内パレットくもじ前は、黄色い「星野のぼり」で席巻されました。星野・全国再審連絡会議の呼びかけによる5・15沖縄行動の一環としての星野街宣が始まったのです。地元の「うまんちゅの会」も加わり、全国の仲間が、獄中34年の沖縄闘争戦士・星野文昭さんの再審無罪と即時釈放を訴えました。(写真上)
 ビラの受け取りはほぼ100%、署名は8〜9割というものすごい街宣です。特筆すべきことは、復帰闘争を知らないどころか、それ以後に生まれた世代の、星野さんの闘いに対する圧倒的な共感と署名です。
 午後5時半、青年労働者と学生の国際通りデモが始まりました。半数の仲間が「星野のぼり」をもって、これに合流しました。星野闘争と青年の闘いが一体になり、「星野さんの闘いに続こう! 星野さんを取り戻そう」とともに声をあげました。(写真下)
 翌日、宜野湾市海浜公園に行き、ビラまき、署名集めの後、県民大会に参加しました。この集会は那覇で感じた時代のうねりとはまったくの別物で、ただ単に選挙を意識したというか、そのためだけの集会でした。
 夜の青年労働者の集会の会場では「星野文昭絵画展」が開かれ、ここでも青年・学生の闘いとの一体性を実感しました。
 この地に立ち、いつも気になることは、沖縄戦の悲惨さが「散華」とか「玉砕」とかいう言葉で飾られていることです。
 最終日、摩文仁の丘では、真新しい碑に日本郵政社長・西川善文と仲良く並んでいるJP労組委員長・山口義和の名前を発見しました。やつらは労働者に戦死(再度の沖縄戦)を強制しようとしているのです。ふざけるな! われわれ労働者階級こそが墓掘り人としてやつらを「追悼」してやろうという思いを強くして、帰路につきました。
 (投稿/杉並・矢沢備作)