2009年8月17日

“次は11月に日本で会おう”と誓う サンフランシスコ国際会議 動労千葉の訪米報告から

週刊『前進』08頁(2403号4面1)(2009/08/17)

“次は11月に日本で会おう”と固く誓う サンフランシスコ国際会議が大成功
 社会主義をめざす労働運動の胎動
 動労千葉の訪米報告から 大恐慌と闘う国際連帯が前進

 09年7月初め、サンフランシスコで「ゼネスト75周年・国際労働者会議」が開催された。この会議のきっかけは、08年11月労働者集会と09年3月の動労千葉30周年記念レセプションでの議論だった。動労千葉と米ILWU(国際港湾倉庫労組)ローカル10、そして韓国・民主労総ソウル本部との間で、「大恐慌が世界をおおう今、労働者と労働組合はいかに闘うべきか」をめぐって真剣な議論が行われた。誰もが労働者の国際的団結と戦闘的労働組合の世界的な新潮流を切望した。そのようななかで、アメリカの仲間から、歴史的な34年ゼネストから75周年を迎えるサンフランシスコでの会議開催が呼びかけられた。動労千葉はそこに十数人の大代表団を送り、画期的な成功をおさめたのである。そして、『世界に翔びたとう10 サンフランシスコ国際労働者会議 動労千葉の訪米報告』(写真)を発行した。訪米闘争の様子が実に生き生きと伝わってくるパンフだ。今回の本紙報道は、このパンフや訪米団内での討論に基づいている。また、同時期に訪米した教育労働者の報告も、同パンフ掲載の米山良江さん(東京教組「君が代」処分被解雇者)によるサンディエゴルポを要約したものである。

 7カ国の労組が参加

 7月2〜7日、動労千葉の田中康宏委員長、君塚正治副委員長、動労千葉国際連帯委員会の山本弘行事務局長をはじめとする動労千葉訪米団は、アメリカ・サンフランシスコを訪問し、同地で開かれた国際労働者会議に参加した。同会議は、ILWUローカル10、同ローカル34、TWSC(運輸労働者連帯委員会)が主催したもので、サンフランシスコゼネスト75周年を記念するレイバーフェスタ(労働者祭)の一環として行われた。その呼びかけ文は次のように言っている。
 「サンフランシスコゼネストの教訓とは、労働者がきちんと学び組織されそして闘いの構えが出来ているならば、資本、警察や政府を打ち負かすことができる団結した力を有しているということだ。恐慌が全世界を巻き込んで進む今日、私たちはこの闘いの教訓を新たにし、世界中の労働者が自らを守り闘い抜く戦略と戦術を獲得していかねばならない。これは権力奪取にかかわる闘争であり、労働者と労働組合は、この経済的・政治的襲撃と対峙するために、私たちの基本的権利を防衛していくべく、その方針と戦略を必要としているのだ。今日の世界恐慌は、世界の労働者階級にその死活を問うものとなっている」
 これは事実上、大恐慌をプロレタリア世界革命に転化すべく各国プロレタリアートは階級的に武装せよと訴えている。実に高い階級的水準だ。
 この呼びかけに応えて、今回の国際会議には全世界から7カ国の戦闘的な左派の労働組合代表・活動家が参加した。アメリカのILWUローカル10、34、日本の動労千葉、韓国の民主労総ソウル本部、トルコの進歩的医療労組、ブラジルの全国闘争連盟(コンルータス)、フィリピンのフィリピン航空地上職労組、イタリアの港湾労組だ。
 今回の訪米では、ビッグストライキ75周年を記念した1200人余りの集会、ゼネストの激戦地になった波止場を通るデモ(5日)を頂点に、争議中のハイアットホテルへのピケ行動(同)、サンフランシスコ・エイト(SF8、40年近くも前の殺人事件容疑でデッチあげ起訴された元ブラックパンサーのメンバー8人)支援闘争としての裁判所前ピケ行動(6日朝)などさまざまな闘争が取り組まれた。それらをはさみながら、毎日毎日かつてなく突っ込んだ討議がなされた。その全過程をとおして、動労千葉の国際連帯活動はこれまでにない画期的な前進をかちとったのである。

 動労千葉に各国共感

 第一は、動労千葉の国鉄分割・民営化反対の闘いと道州制決戦、法大弾圧との闘い、そして国際連帯の取り組みが世界の階級闘争において中心的な位置を占めていると各国が受け止めたことだ。
 それはやはり、戦争と民営化、労組破壊との闘いが世界の労働者階級にとって共通の焦眉(しょうび)の課題としてあり、それと体を張って真っ向から切り結んでいる動労千葉・日本階級闘争に各国が強く共感したからにほかならない。このことは、後述するように動労千葉提起の決議が今回の国際会議の唯一の合意事項になるという実に貴重な成果を導き出した。

 同じ思いをもつ仲間との出会い

 第二は、トルコやブラジルなどのように、きわめて困難な状況のなかで必死に社会主義をめざし、闘う労働組合の結集に全力を尽くしている新しい仲間に出会うことができたということだ。
 トルコからは、DISK(ディスク・進歩的組合連盟)という左派のナショナルセンターに加入している進歩的医療労組の書記長が参加した。1970年代に、政府の弾圧に抗して、20万人のストライキで社会主義と革命をめざす運動として飛躍したこと、1980年の軍事クーデターで12年間活動停止となり、1992年に再び活動を再開したこと、政府によるクルド人弾圧問題、民営化・非正規職・失業問題などを真剣に訴えた。
 ブラジル代表は、コンルータスという組織に所属する銀行労組の活動家だ。体制内派のナショナルセンターの支配に抗して、2003年に数百の労組を結集して全国組織をつくりあげたことを報告し、「万国の労働者、団結せよ」と訴えた。
 また、フィリピン代表(フィリピン航空地上職労組委員長)からは、「JR総連が体制内派的な分裂組織に資金援助してフィリピンに民営化を輸出しようとしている」ことが明かされた。「その分裂組織はフィリピン政府から金をもらっている。JR総連はドロボーだ」と。
 アメリカからは「反戦の母」シンディー・シーハンさんが切れ味鋭い発言。「労働組合が民主党支持という政策と手を切り、ランク&ファイルの労働者が立ち上がらないかぎり何も変わらない。問題は階級闘争です。搾取する階級をやっつけよう。いんちきな連中をたたきのめせ!」
 日韓米を基軸に、本格的な労働者国際連帯の新たなスタートラインに立ったのだ。他方、現場とまったく乖離(かいり)した発言が地元アメリカのトロツキスト系の小党派の活動家に目立った。結局、会議日程全体をとおして、「動労千葉が資本と非和解で闘い現場の団結を一切の土台にすえてきたことは、間違っていなかった」「国際的にも普遍的に通用するんだ」と田中委員長ら一行は確信を深めたという。これが第三のポイントである。

 動労千葉決議が満場一致で採択

 最終日6日には、動労千葉が提起した決議が会議全体の唯一の合意事項になり、満場一致で採択された。決議の内容は、①国鉄1047名闘争支援(「解雇撤回・原職復帰」)、②法大での学生弾圧粉砕(「8名の学生の即時釈放」)、③国際的な共同行動の日として日本の11月労働者集会への結集を各国で呼びかける、の3点だ(全文は本紙2401号3面、動労千葉訪米報告パンフに掲載)。
 この決議によって、09年11月労働者集会への大々的な国際的結集の扉が広く開け放たれた。

 世界動かす11月集会

 ILWU組合員の巨大な潜在力

 5日に行われたビッグストライキ75周年の集会とデモでは、ILWUという労働組合のもつものすごい潜在力、可能性の大きさを感じさせられた。集まってきた組合員はみんな本当に誇り高い組合員たちだ。
 「75年前、2人の組合員が警察に射殺された『血の木曜日』を忘れるな」と、二つの棺(ひつぎ)を先頭に、ゼネストでかちとったハイヤリングホール(組合管理の雇用事務所)のあるILWUローカル10本部までデモをした。75年前の闘いが今も労働者の誇りとして脈々と生きている。
 そこの大ホールでは、千数百人分の食事が用意してあり、家族や子どもたちも集まって大パーティーが催された。特設舞台では歌とバンド演奏、ダンスが披露された。会場全体の熱気と活気には底知れないパワーが秘められている。
 11月集会に参加経験のある組合員たちが、動労千葉訪米団を見つけて次々と声をかけてくる。大恐慌のために貿易が縮小して港で扱う荷が激減している。賃金が3割もカットされている。ILWUも苦闘の中におかれている。組合執行部は明確な闘う方向を出しきれていない状況だ。逆に、ランク&ファイルは明確な路線や方針があれば、34年の時のように、アメリカ革命の力強い主体として爆発的な力を必ず発揮していく。実際、去年のメーデーでは、イラク・アフガニスタン戦争に反対して米西海岸全港湾を反戦封鎖するという歴史的な決起を実現したではないか。

 体制内勢力倒し労働者党建設を

 今回結集した各国の階級闘争を見ても、体制内労働運動との対決という問題で共通している。現在の大恐慌情勢の中で既成の労組幹部の総屈服が進行する一方で、現場の怒りが沸騰している。会議に参加したのは、みな明確に社会主義者だった。階級的・戦闘的労働運動の国際連帯を強力に求め、労働者の党が必要だと強調していた。マルクス主義、社会主義、労働者の党をみな求め、動労千葉の階級的労働運動に大いに期待している。
 ここで動労千葉を軸とする11月集会への1万人結集を実現したら、国際的な労働者の団結をつくり、世界単一の革命的な労働者党を建設していく巨大な流れが形成される。もちろん、それは日本の労働者階級に対しても、自民党支配が歴史的に崩壊し、民主党も労働者を裏切っていく状況の中で、「ここに団結する結集軸がある!」という鮮明な旗印をはっきりと示すことを意味している。今年の11月がそれだけ大きな意味をもってきているということだ。

 11月1万人決起で闘う方向示す

 5日の大ホールで動労千葉訪米団は、ILWUの仲間たちから「今年の11月は行くよ」「家族も連れて参加するよ」と次々に声をかけられた。日本の11月集会が世界の闘う労働組合の結集軸であることを示した瞬間だ。今回知り合った各国の仲間たちのなかには、すでに11月への参加を約束している仲間もいれば、その後、参加を打診してきている仲間もいる。「11月集会は国際的にもすべてを動かしていく火花……ここに火がついて燃え広がったときに世界を変えることができる」(君塚副委員長)
 韓国の仲間たちが世界の労働者の先頭を切るような闘いを展開しているなか、動労千葉と民主労総が中心になって世界を動かす。09年11月1万人結集の壮大な展望がわれわれの前にある。11月労働者集会への1万人決起を、プロレタリア世界革命への出撃拠点を築く闘いとして絶対に実現しよう。「組織、組織、また組織」の大決戦にいよいよ全面的に突入しよう。
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●サンフランシスコゼネラルストライキ(ザ・ビッグ・ストライキ)
 大恐慌下の1934年2月、ILA(国際港湾労組)の西海岸の支部は、サンフランシスコに集まってランク&ファイル(一般組合員)大会を開き、賃上げ・労働時間の短縮・ハイヤリングホール(雇用事務所)の組合運営を要求。特にシェイプアップ制(整列選別雇用)という不安定な日雇い制度の廃止を求め、ハイヤリングホールの獲得を闘争の目標にした。だが、要求は受け入れられず、5月9日に西海岸の全港でストライキに突入。警察、自警団は労組側を襲撃、何度も激突した。特に7月5日にピケットを襲撃した警官隊は2人の労働者を射殺(「血の木曜日」)。これが労働者の怒りを呼び起こし、海運・港湾以外の労働組合もが次々ストライキを決議し、十数万人のゼネラルストライキへと発展した。
 当時、ILA本部が任命する専従役員の支配に対決して、ランク&ファイルの闘いを組織したのがハリー・ブリッジス(1901〜90年)だ。37年にはILAから西海岸各支部を分離、ILWU(国際港湾倉庫労組)を結成、長くその委員長を務めた(37〜77年)。
●ハイヤリングホール
 組合員全員によって民主的に選出された「ディスパッチャー」(派遣員)が、すべての組合員に就労を割り当て、それぞれの波止場に派遣する制度。34年ゼネストを契機に37年にかちとった。今でもILWUの誇りになっている。