2009年11月 9日

民主労総、三里塚を訪問 反対同盟と熱い交歓

週刊『前進』06頁(2415号4面2)(2009/11/09)

民主労総、三里塚を訪問
 反対同盟と熱い交歓
 “不屈の精神学びに来た”

 10月30日、民主労総ソウル地域本部を先頭とする韓国労働者の訪日団が三里塚現地を訪れ、反対同盟と交流した。
 闘う韓国労働者の三里塚闘争への思いは、すこぶる情熱的だ。40年を超える不屈の実力闘争の魂を自らの職場で貫こうとの意欲に燃えて、今年も大挙やってきたのだ。
 一行は日本の地を踏むやいなや、ただちに三里塚現地へと直行。動労千葉の田中康宏委員長と現闘員のナビゲートでこの日の現地調査を行った後に、宿泊地に移動した。闘争の歴史を描いたビデオ『三里塚・大地の乱』上映後、三里塚芝山連合空港反対同盟との交流会が和やかに始まった。
 田中委員長が冒頭、動労千葉と反対同盟とがジェット燃料貨車輸送阻止闘争をつうじて結んだ固いきずなを語った。続いて北原鉱治事務局長が「侵略戦争で日本が韓国のみなさんに対して行った誤りをおわびしたい。韓国・日本の労働者・農民の連帯でアジアから世界平和を築こう」とあいさつし、乾杯の音頭をとった。
 民主労総ソウル地域本部のチェジョンジン本部長が「不屈の精神を学ぶために三里塚に来た。労農連帯の発展を!」と力強く発言した。さらに全国解雇者復職闘争特別委員会(全解闘) のキムベッキュ副委員長が「韓国と日本の労働者・農民・庶民の夢は同じだ。その実現のために国際連帯で一つになって闘おう」とあいさつした。
 萩原進事務局次長が「私たちはなぜ闘いに決起したのか、そして43年間闘っているのか」と題して講演を行った。萩原さんは〈農地死守、一切の話し合い拒否、実力闘争>の原則を守ってきたことが勝利の土台であることを訴え、「動労千葉は切っても切れないきずなの同志。そして韓国農民との連帯を望みます」と述べて、11月8日の民主労総の大会に参加することを明らかにした。
 また市東孝雄さん、鈴木謙太郎さん、伊藤信晴さん、宮本麻子さんがあいさつ。市東さんは韓国語で自己紹介して盛んな拍手を浴びた。
 韓国労働者が次々とマイクを握り、反対同盟の闘いに深い敬意を表しながら、自らの職場での苦闘と決意、三里塚闘争との連帯を語った。さらにハチマキ、バッジ、檄布などの日韓の間での記念品の交換が行われ、国境を越えて闘う者同士の心が一つになった。訪日団歓迎のために心づくしの料理を用意し会場づくりを行った三里塚現闘メンバーが紹介されると、その労苦をねぎらう温かい感謝の拍手が続いた。
 最後に訪日団の中で最も若い労働者が決意を表明し、北原さんがそれに応えて「若者の未来のために日韓の労働者・農民の連帯を!」と叫び、交流会は最高潮に達した。2言語が重なり合うインター斉唱で交流会は締められたが、時間がたつのを忘れて日韓の熱い交流が続けられた。

 2日かけ現地調査 激戦の地に感動、質問次々

 韓国労働者の三里塚現地調査は、30日、31日の2日間をかけて行われた。まずは市東さんの畑の監視台に交代で登り、への字に曲がった誘導路を確認。さらにB滑走路を南端で阻んでいる東峰神社を訪れて、手を伸ばせば届きそうな高さで頭上をジェット機が離着陸する圧迫感を体感した。
 草の生い茂る東峰の開拓組合道路を奥へ奥へと進むと、7月に供用が始まった東側誘導路をジェット機が目の前で走行する。まさにここは空港敷地の奥深くまで差し込まれた闘いの刃だ。
 市東さんの南台の畑と閉鎖された天神峰現闘本部では、農地裁判、農地法、成田治安法など攻防の焦点をめぐる質問が相次いだ。
 成田用水決戦が闘われた菱田を訪れると、思いがけず婦人行動隊の鈴木いとさんが現れ、韓国からの賓客を笑顔でもてなした。「100歳を超えて生きてほしい」との一労働者の発言に、「もともとそのつもりだ」と明るく答えるいとさん。
 世代を継いで農民の生活と闘いが刻み込まれた三里塚の豊穣な大地は、国境を越えて深い感銘を呼び起こした。