2010年1月25日

71年渋谷暴動闘争 裁判再開策動許すな 奥深山さんの免訴を

週刊『前進』06頁(2424号6面1)(2009/01/25)

71年渋谷暴動闘争
 裁判再開策動を許すな
 奥深山さんの免訴をかちとろう

 1月1日付で奥深山幸男さんに対して、村松太郎医師(慶応大)による「鑑定書」が東京高裁第11刑事部に提出された。鑑定書は「被告人(奥深山さん)は現在、訴訟能力を有している」と結論づけている。これは、26年もの長い間、精神疾患によって裁判が停止されている奥深山さんの裁判を、今になって再開させようという悪らつな策動であり、断じて許すことができない。
 1971年11・14沖縄返還協定批准阻止闘争に決起した奥深山さん(当時、高崎経済大学生)は、デッチあげ「殺人罪」をかけられ、星野文昭同志、荒川碩哉同志とともに裁判を闘った。一審は15年の重刑デッチあげ判決(求刑は無期)を下された。長期に及ぶ人権無視の勾留によって発病した奥深山さんは、1981年、東京高裁によって公判手続きが停止され、今日まで群馬県内で闘病生活を送っている。
 発病下で生き抜く奥深山さんの闘いは、非転向の闘いそのものであり、星野同志や荒川同志との団結を守りぬいているのである。
 1994年には、31人の弁護団が「公訴棄却・免訴(=裁判からの解放)」を申し立て、「奥深山さんの免訴を実現する会」が結成された。長期間に及ぶ精神科医師の献身的な治療と、多くの労働者人民の支援、弁護団の闘いと一体で、奥深山さんは闘い続けてきた。
 ところが、2002年に検察官は「保釈・公判手続き停止決定の取り消し」と「裁判再開」を申し立てた。これに基づいて東京高裁は、山上皓医師(東京医科歯科大)を鑑定人に指定した。山上は6年間も鑑定書を出すことができず、無理やり「訴訟能力がある」と結論づけたが、弁護人と主治医の闘いで粉砕された。
 東京高裁は、その取り戻しをかけて、昨年6月に村松太郎医師を新たな鑑定人に指定し、あくまで裁判を再開しようとしたのである。とんでもないことだ。
 奥深山さんへの逮捕・起訴、一審15年の重刑攻撃は、星野同志と同様、ねつ造された「共犯者供述」のみを根拠にしたデッチあげだ。さらに奥深山さんに裁判停止が決定されてからすでに29年も経過しているのであり、「免訴」が決定されて当然なのだ。
 裁判所は、たった半年で結論を出した鑑定人の恣意(しい)的鑑定ではなく、長年にわたり奥深山さんを診察してきた主治医や、奥深山さんの生存を支えてきたすべての人の声をこそ聞くべきである。
 裁判再開策動は、第2次星野再審請求に大打撃を受けた国家権力が、焦りにかられて加えてきた攻撃そのものである。障害者の人権保障よりも、国家の刑罰権を優先させる司法改悪の攻撃だ。
 民主党・連合政権はガタガタだ。正義を掲げ、団結して闘えば必ず勝てる。奥深山さんへの裁判再開を絶対阻止しよう。