「50年史」と私 『現代革命への挑戦』を読んで 「党の革命」で実結んだ闘い 元高槻市教組 蔭山弘子

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週刊『前進』06頁(2667号06面03)(2015/02/02)


「50年史」と私 『現代革命への挑戦』を読んで
 「党の革命」で実結んだ闘い
 元高槻市教組 蔭山弘子

(写真 「2期工事実力阻止」を掲げ1万5千人が三里塚第一公園を埋め尽くした1985年10・20総決起集会【成田市】)


 私が革共同と出会い、同志たちとともに今日まで歩んできた道は、仲間の犠牲や悪戦苦闘と試行錯誤の連続でした。しかし『現代革命への挑戦』上・下巻を読んで、そのすべてが21世紀革命の勝利を実現するためにあったのだと確信することができ、ともに歩んできて本当に良かったという思いがこみ上げます。戦争か革命かが具体化した時代に、ついにつかんだ階級的労働運動路線で革命を実現するために、命ある限り闘う決意です。

党派選択の決断

 私は70年闘争の激動のさなか、1971年に教育労働者になり高槻市教組に入りました。当時の高槻市教組執行部は、67年10・8羽田闘争の過程で「労働者は武器を持って街頭で闘うべきではない」と主張し、革共同から逃亡したグループが牛耳っていました。私はそのもとで翌72年、青年部副部長に立候補し当選しました。
 71年11・14渋谷闘争に星野文昭同志とともに決起した大阪・吹田市の教育労働者・永田典子同志が機動隊に虐殺されたニュースは、大きな衝撃とともに、生き方を問うものでした。一方、教育現場では、71年成立の「給特法」に対してそれまで反対していた執行部は闘いを放棄しました。中核派は、給特法は教育労働者を「聖職者」として他産別の労働者と分断するものだから、反対を貫くべきと主張していました。さらに、当時の政府の「尖閣列島は日本の領土」との主張に侵略戦争の切迫を感じ、中核派の「侵略を内乱へ」に引き付けられました。
 教育労働者にかけられた給特法攻撃とどう闘うのか、情勢にどう立ち向かうのかをめぐって高槻市教組の仲間たちと激論。私を含め3人の組合員が市教組大会に「侵略を内乱へ」のビラをもって中核派として鮮烈に登場し、執行部と分岐しました。以後、日本共産党や執行部との激烈な党派闘争が始まりました。

激突に次ぐ激突

 70年代中ごろは、日教組は春闘や主任制反対でストライキをやり、高槻市教組でも、体育館を埋め尽くして徹夜で主任制反対の大衆団交を行いました。ストや大衆団交に集まった労働者は生き生きとしていました。ストライキ投票で日共は×(バツ)付け運動をして信頼を失い、執行部も妥協していきましたが、主任制反対闘争の爆発があったからこそ、その後の一定期間、職場支配権を現場労働者が握ることができたのです。
 このころ、カクマルとの戦争が激化し、出退勤時にはカクマルの襲撃から身を守るため、運動場のフェンスの穴から出入りしたり、襲撃(集団戦)で頭にけがをして帽子を被ったまま授業をしたりしていました。中学生の生徒たちは興味津々。職場の仲間は何かと協力してくれました。70年安保・沖縄闘争の爆発に恐怖した日帝権力・反革命との闘いがカクマルとの戦争として、また労働運動の路線をめぐる激突として激しく闘われ、その中から動労千葉を軸とする階級的労働運動を確立・発展させたのです。
 国鉄分割・民営化阻止の決戦と一体で闘われた1985年の10・20三里塚現地での実力闘争には労働者が総決起し、私も高槻市教組の2桁の仲間とともに、「逮捕覚悟で行く」と職場の仲間に告げて決起しました。翌日、元気に職場に行くと、ニュースを見た仲間に拍手で迎えられた時の感動は忘れられません。

弾圧粉砕した力

 こうした闘いに追い詰められた国家権力は、1986年、「中核派絶滅宣言」を出しました。関西では泉佐野選挙を口実に、教労、自治体、全逓の公務員労働者が狙い撃ちにされました。私を含め多くの仲間が逮捕・起訴され、90年秋に罰金刑が確定しました。
 私は5年の休職の間、沖縄国体への天皇訪沖反対闘争など多くの闘いをやりぬいたのですが、総評が解体され連合に移行する重要な過程を高槻市教組拠点化のために闘えなかったことに、悔しさが残っていました。しかし91年5月、革共同は、対カクマル戦の勝利と、動労千葉労働運動を打ち立てた地平から「5月テーゼ」を発し、職場生産点に革命の拠点を無数に建設していく闘いに再び全力をあげると提起しました。これに力を得て、職場復帰に向けて連日の対大阪府教委闘争などを仲間とともに猛然と闘い、91年11月に職場復帰し、弾圧を完全に粉砕しました。
 93年、中1の担任が決まっていた矢先にまたデッチあげ逮捕され、入学式前日に不起訴で釈放されました。この時も一緒に働く仲間の温かさ、団結を実感しました。
 同志たちや(普段はぶつかり合うことも多かった)職場の仲間に支えられてカクマルの襲撃や権力の弾圧と闘い、「日の丸・君が代」強制粉砕闘争など職場の課題を闘いぬきましたが、階級的労働運動の路線で闘っていたらという悔しさはあります。しかし、その思いと試行錯誤しながらの闘いは「党の革命」で実を結び、国鉄闘争を軸とする階級的労働運動の爆発的発展を準備しました。
 革共同50年の歴史と2014年の闘いの上に私が立っていることは、このうえない喜びです。21世紀革命をともにやり遂げましょう。

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給特法 「公立の義務教育諸学校等の教職員給等に関する特別措置法」。「時間外手当を支給しない代わりに教職調整額(給料月額×4%)を本給として支給する」というもので、現在の超勤手当なしの長時間労働の要因になっている。

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