川内再稼働を絶対許さない 福島と動労水戸からの訴えに大きな感動と勝利の展望 8・10川内原発前行動

週刊『前進』06頁(2694号04面01)(2015/08/24)


川内再稼働を絶対許さない
 福島と動労水戸からの訴えに大きな感動と勝利の展望
 8・10川内原発前行動

(写真 緊迫した状況の中、地元薩摩川内市や鹿児島県を始め全国から多くの人が駆けつけ再稼働攻撃と闘いぬいた【8月10日 鹿児島県薩摩川内市】)


 安倍政権の川内(せんだい)原発再稼働に対して闘いぬかれた8月10日の川内原発正面ゲート前行動での、佐藤幸子さんと西納岳史さんの発言を紹介します。(編集局)

福島原発事故を二度と繰り返してはならない
 福島診療所建設委員会 佐藤幸子さん

 福島県の川俣町という小さな町に住んでいました、佐藤幸子です。
 川俣町は福島第一原発から約45㌔、避難区域に一部指定されています。私は30年間、無農薬の野菜と米をつくり、鶏を飼って百姓を営んでおりました。子どもに安全なものを食べさせたいから、自然とともに暮らしてきました。
 電気はなるべく使わない。そうしなければこの地球に自分たちが住めなくなってしまう事故が起こると確信したのがチェルノブイリ原発事故でした。チェルノブイリ事故の後、「福島原発は必ず事故を起こす」と思い、「事故が起きたらただちに子どもたちは逃がそう」とその時に決めました。
 起こってはほしくない事故が起こりました。私は迷うことなく、子どもたちを山形に避難させました。それ以降、川俣はもう二度と農作物をつくることのない場所に変わってしまいました。
 原発事故の後、何人の人が命を絶ったことか。子どもたちがどんな思いで自分の家を離れ、見知らぬ土地で生活していることか。あんなことを二度と繰り返してはなりません。
 私の娘は当時13歳でした。親の判断で山形に送られ、娘は1年間、悶々(もんもん)とした生活をしていました。どれだけつらい思いをしたか。
 それでも娘は2年後に立ち直り、自分が何をすべきかを自ら決断しました。福島に戻って福島の復興のために暮らすのではなく、2世、3世のために自分の命と健康を守ろうと決心しました。私が全国を回って講演する時にも、「そのことを伝えたい」と言ってついて歩いてくれるようになりました。
 しかし、いまだに悩み続けている子どもたちもいます。「私は健康な赤ちゃんが生める大人になれるんですか?」。そう言いながら、明るい未来を持てない子どもたちもいます。
 子どもたちの甲状腺がんが127人です。手術を受けたら一生薬を飲み続けなければいけないんです。「甲状腺がんは予後がいい」? 「命にかかわるがんじゃない」? 冗談ではありません。子どもたちは、身勝手に欲だけで突っ走ってきた原子力産業の被害者です。
 それを福島県も国も「放射能の影響ではない、考えにくい」と言う。100万人に1人と言っていた甲状腺がんがこれからもっともっと増えても言い続けるんでしょう。自分の私利私欲のために、原発を動かすために。ふざけるんじゃないです。
 子どもたちを犠牲にして日本が成り立つはずがないでしょう? 未来を背負うのは子どもたちです。子どもたちの命を守ってこそ未来があるんです。大人たちの身勝手で子どもたちを見殺しにすることなど絶対にできません。
 福島のこうした現実を無視して川内原発を再稼働させるなんて、本当に許せないことです。
 私たちは福島原発事故の後、「自分たちがどんなにつらい思いをしても、これで日本中、世界中の原発が止まってくれたら自分たちは救われる。その時に本当に初めて『福の島』、福島と思えるようになる」と思ってきました。「そのために福島のことを全国に、世界に発信しよう」と4年間やってきました。
 それなのに九電、ふざけるんじゃない! 日本政府もこんなことをしていたら自分たちの首を絞めるということをもっと自覚しろ!
 子どもたちの笑顔を取り戻したい。だからこそもう二度と原発を動かさないでほしいんです。
 ここに集まっている一人ひとりが声を上げて、一人ひとりがその思いを伝えていくメッセンジャーになって、絶対に再稼働は許さないという思いを持ち続けることを誓い合いましょう。

川内原発で働く労働者はストで原発止めよう
 動労水戸書記 西納岳史さん 

(写真 宣伝カーの上で発言する西納さん)

 JR東日本の労働組合、国鉄水戸動力車労働組合で働いている西納と申します。
 私たちの労働組合の組合員は常磐線や、茨城県と福島県内を走る鉄道で働いています。3・11大震災の後に常磐線が原発事故によって寸断されました。それをJRは今、原発に向かって列車の運行を再開し、2018年には全線開通させようとしています。
 私たちはこういうJRの動きに対して、「放射能の問題については、労働者と乗客の命と安全にかかわる問題だから絶対に妥協はできない」ということで、ストライキも含めて闘っています。私たちの労働組合は、労働者にとって原発とは何なのか、放射能とは何なのか、核とは何なのかということについて、仲間たちと一緒に議論をして闘いを進めてきました。
 私たちが労働組合として自分たちと乗客の命と安全を守らなければいけないとストライキで闘ったことが今、福島の原発労働者や除染で働いている労働者、原発事故で避難している人たちからものすごい支持をいただき、運動が発展してきています。自分たち、自分たちの仲間、自分たちがかかわっている人たちを放射能から守る、そのために労働組合として本気になって闘った時にあらゆる怒りと結びつくことができることを私たちは確信しました。
 原発の収束作業で現場で働いている労働者にも話を聞くことができました。福島第一原発の中を知り尽くした本当のベテラン労働者というのは、事故当時200人しかいなかったそうです。ある人は3・11の事故から19日間も不眠不休で、家に帰れずに、原発の中で寝泊りしながら、収束作業をやった。再臨界が起こって家族や恋人とも会えなくなるかもしれない中で、自分の命を張って、労働者としての誇りにかけて、原発の暴走を止めた労働者がいるわけです。しかし東京電力も国も、収束作業に対してまったく責任を取ろうとしていません。
 原発を再稼働したら、いつ事故が起こるかもしれない。事故が起こらなくても労働者を被曝させて、それでもまったく省みようとしないのが電力会社と国の本質だと思います。私は本日、組合の組織決定でこちらに来ています。私は九州電力の労働者、そして下請けで働く労働者にぜひ訴えたいと思ってここに来ました。(原発の方向に向きを変える)
 九州電力の労働者の皆さん、川内原発で働く労働者の皆さん、聞いてください。
 私は3・11から4年半、原発の収束作業で働く労働者や除染で働く労働者の声を最前線で聞いてきました。その中でわかったことは、原発事故が起こったら社長や会社の幹部、管理者たちはまったく責任を取らないということです。社員に対して「原子力はすばらしいエネルギーだ」とか「会社が成り立っていくために原子力は必要なんだ」とか言っている連中が、事故が起こったら責任を放棄し、労働者を放り出して逃げだしていく。このことが許せるのかということです。
 私は、労働者は誰しも社会的な責任を負っていると思います。鉄道労働者だったら電車を安全に運行する。電力会社の労働者だったら、危険な原子力発電は断固として拒否する。会社の方針がおかしいなら、「おかしい」と言いましょう。おかしいと思った時に、労働者は労働組合をつくって団結し、ストライキで闘って原発を止めることができるんです。
 ストライキをやって、明日にでも川内原発を止めて、私たちの声にぜひ応えてください。その時に九州電力の労働者は労働者としての誇りを取り戻せると思います。社会的な責任を果たせると思います。皆さん、ストライキで原発を止めましょう。私たちに合流して、ともに闘いましょう。

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