団結街道裁判 市の主張が混迷・破綻 廃道日付問題で徹底追及

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週刊『前進』06頁(2711号04面03)(2015/12/21)


団結街道裁判
 市の主張が混迷・破綻
 廃道日付問題で徹底追及


 12月11日、千葉地裁民事第3部(廣谷章雄裁判長)で、団結街道裁判の弁論が開かれた。三里塚反対同盟、顧問弁護団、支援の労働者・学生は、この日も一丸となって闘った。
 成田市は2010年6月、天神峰の市東孝雄さんが日常的に営農で使っていた団結街道を、夜陰に乗じて暴力的に封鎖・廃止し、その土地をNAAに格安で売り飛ばした。日常的に営農に利用されている道路を一方的に廃止するとは、前代未聞の暴挙だ。市は「代替道路を整備したから廃道の要件は満たした」などと居直っているが、市東さんは南台の畑に通うために、団結街道の封鎖後、3倍もの道のりの「代替道路」の往復を強制されている。絶対に許せない。
 だが回を重ねるごとに、被告・成田市の主張は破綻を深めている。「廃道要件が整ったのは具体的にいつなのか」という弁護団の追及に対し、混迷と動揺に陥り、矛盾した説明を上書きしている。
 今回成田市が提出した書面の主張によれば、「市議会が〈廃道〉を議決した2010年3月16日には、〝実質的に〟廃道要件を充足していた。その後19日に、廃止認定の告示や機能補償道路(代替道路と市東さんの畑の接続部分)の覚書を市長とNAAが締結したことで、〝形式的に〟廃道要件は満たされた」というのだ。そして、市議会の議決は形式的要件に過ぎないので、「議決を先にやっても問題ない」と居直った。冗談ではない。議会の議決とは、そんなにいい加減なものなのか!
 市の説明は、「実質」「形式」の概念をもてあそぶ自家中毒に陥り、ボロボロだ。弁護団は数点にわたり強く釈明を求めたが、市の代理人弁護士は、「次回までに書面で」と逃げを打った。また弁護団は、自分たちの違法性を隠すために「証人調べは必要ない」という意見書を出した市とNAAを弾劾した。
 次回期日を3月1日として閉廷した。
 千葉県弁護士会館で、伊藤信晴さんの司会で報告集会が開かれた。葉山岳夫弁護士を始め弁護団が法廷での応酬を解説した。成田市によって最初から結論ありきで進められた団結街道廃道攻撃と、それを居直る被告らの無責任でずさんな主張を徹底的に弾劾した。質疑応答に加え、支援連の仲間からは沖縄・辺野古現地での闘いの報告がされた。
 集会後に反対同盟と支援連は、千葉市繁華街に繰り出し、最高裁に向けた農地取り上げ反対の緊急5万人署名の情宣活動を行った。突風が吹き荒れるあいにくの条件だったが、年内1万筆達成の目標へ向けた「農地死守、安倍政権打倒」の必死の訴えに、多くの労働者市民が足を止め、ペンを取った。
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