職場の団結で教育労働とり戻し「命より金」の社会変える教組に 日教組全国教研に向け訴えます

週刊『前進』02頁(2816号02面01)(2017/02/02)


職場の団結で教育労働とり戻し「命より金」の社会変える教組に
 日教組全国教研に向け訴えます


 教育労働者のみなさん! 2月3〜5日、日教組第66次教育研究全国集会が新潟で開催されます。「子どもの自死」「原発いじめ」という痛苦な現実は、「教育の崩壊」の結果です。最大の原因は、協力し合ってはじめて成り立つ「教育労働」が新自由主義のもとで極限的に破壊され、支配階級の意思を強制されていることにあります。教育労働者自身が協働性と団結を取り戻さなければなりません。「教育労働者の労働条件が子どもの教育環境」そのものなのです。韓国の全教組(全国教職員労働組合)は、セウォル号事故に際して「これ以上、貪欲(どんよく)と不正に服従しません。学生の苦痛に共感して、生きる教育をやり直します。社会と教育を根本的に変えて、私たち自身を振り返り、革新することを恐れません」と宣言し、パククネ打倒の先頭で闘っています。アメリカでも、トランプ弾劾のデモで地域を組織しているのは教職員組合です。トランプ登場は世界戦争の危機を促進しています。日米韓の労働者の連帯で、始まる前に戦争を止めよう。「命よりも金」の社会を根本的に変えなければ、子どもたちの未来もありません。教研集会でその決意と団結を固めよう。職場の悪戦苦闘を出し合い、労働組合の力を取り戻そう。ストライキで闘う日教組をよみがえらせよう!

「原発いじめ」と対決し3・11福島へ
 被曝と帰還強制許さない
 宮城・元教育労働者 小原真喜子

 あの東日本大震災から6年がたとうとしています。私は当時、仙台市内の被災した小学校に勤めていました。あの時のことを思い出すと、今でも胸が締め付けられます。
 福島(宮城もですが)は、津波の被害の上に原発事故の被害を受けました。飛散した放射性物質はなくなっていません。ところが安倍政権は、オリンピック招致のために「原発事故はアンダーコントロール」とウソをつき、避難指示の解除を次々と行っています。

高線量地域での学校再開はダメ

 今年3月末までに飯舘村などをはじめ、福島第一原発から20㌔圏内の浪江町の一部も避難指示が解除されようとしています。2015年には楢葉町が、昨年には南相馬市小高区などが解除されましたが、住民の1割も戻っていません。線量が高いことを気にして、子どもを持つ親や若者は戻っていません。そこで今、〝今春からの小中学校の再開が起爆剤〟と、子どもたちが帰還強制のテコにされようとしています。高線量地域での学校再開は、子どもたちと福島県の教育労働者に被曝を強制する暴挙です。
 また、福島県は約9万人といわれる「自主避難者」への住宅補助を打ち切ろうとしています。さらに、小児甲状腺がんおよび疑いの子どもは184人になっているにもかかわらず、検査の縮小まで言い始めています。子どもたちの命をなんだと思っているのか!
 昨年12月10日、JRと政府は常磐線の全線開通へ向けて相馬―浜吉田間の運転再開を強行しました。燃料デブリの場所さえ確認できない状況なのにです。帰還強制のための全線開通に対し、動労水戸や動労福島などが「労働者も住民も被曝させない」と闘っていることが希望です。
 昨年、福島から避難している子どもたちへの「いじめ事件」が報道されました。安倍政権の「福島安全キャンペーン」が分断を生みだしています。

教職員の団結で子どもを守ろう

 政府が「戻れない場所だ」と認めなければ、「自主避難」している子どもも家族も苦境に立たされ続けます。
 子どもの命を守るのは私たち教育労働者の団結です。それこそ、労働組合の果たすべき責任ではないでしょうか。教育現場では、評価制度や非正規職化によって教職員が分断・孤立させられ、福島の現実と向き合うことさえ奪われています。労働組合を職場からよみがえらせることが本当に求められています。
 ふくしま共同診療所が呼びかける「被曝と帰還の強制反対署名」を教員の仲間に年賀状とともにお願いをしました。早速「送ったよ!」といううれしいメールが届きました。この署名を通して、教育労働者の団結を取り戻すことができると実感しました。署名を職場・分会・地域で取り組み、ぜひ3・11反原発福島行動に集まってください。

成果主義は教育も労働も破壊する
 評価制度絶対反対で闘う
 関西・教育労働者 山本一

 全国の教育現場に評価制度が導入され、教組の幹部たちは「地公法改正で制度は導入されるのだから反対では無責任。教委と交渉し、公正で現場の意欲につながる制度づくりを」と評価制度の協力者になっています。
 しかし、よりましな評価制度などあり得ないことは、現場の誰もが日々の労働の中で感じていることです。評価制度は、協働で成り立っている教育労働をバラバラにして、教育活動のすべてを「評価」の対象として監視し、「成果」を要求して労働と教育を破壊します。だから「よりましな制度設計」などと言った途端に、労働組合は存在意義を失ってしまいます。評価制度と労働者は絶対相いれないのです。

誇り奪う制度に職場の皆が反対

 私たちの組合ではこのことをはっきりさせて、執行委員が組合員の職場訪問を始めました。多忙な現場ですが、どの職場でも尽きぬ議論になりました。
 「客観的で公正な評価などあり得ない」「尼崎事故と同じことになる。評価は教員を追い詰め、教育もだめにする」「評価制度は組合を弱体化し、戦争への道につながる」「非正規職の解雇の手段に使われることは許せない」「管理職や教委に私たちの日々の努力の何がわかるというのか。評価されること自体が許せない」といった怒りの声が次々と語られました。「評価制度絶対反対」は現場の声なのです。それは子どもたちと必死で向き合っている日々の労働が、管理職や教育委員会の言う「能力と成果」によって評価され、誇りを奪われることへの怒りでした。
 現場では「授業や学級がうまくいかない」「いじめが起きた」「保護者ともめた」など、新自由主義社会の矛盾の中から噴き出る一切の問題が、管理職、教委によって教員個人の能力・資質の問題、自己責任にされ、多くの仲間が休職、自己退職(という名の解雇)に追いやられています。青年の命を奪った電通と同じ問題がすべての職場にあるのです。私たちは教委との交渉で現場の怒りの声をたたきつけ、評価制度絶対反対を宣言しました。

団結つくりストのできる組合に

 これは、現場で日々繰り返されている成果主義に対して一人の仲間も見捨てない団結をつくり、その力で子どもたちと真正面から向き合って私たちの手に教育労働を奪い返す闘いです。
 韓国の労働者が「民営化は悪、成果主義・競争社会は悪」と新自由主義を断罪し、百万人の決起を実現したように、私たちもストライキのできる労働組合を復権させましょう。労働者と教え子を自死と戦争へと駆り立てる社会を根底から変革しようと、膨大な労働者が立ち上がる時代がそこまで来ています。私たちはその闘いの先頭で闘える教組になるために、職場から絶対反対の団結を拡大していく決意です。

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