戦争を内乱に転化した闘い 史上初の労働者国家を樹立 ―世界を揺るがした1917年ロシア革命―

週刊『前進』02頁(2876号02面01)(2017/09/14)


戦争を内乱に転化した闘い
 史上初の労働者国家を樹立
 ―世界を揺るがした1917年ロシア革命―

(写真 メーデーデモに参加したプチーロフ工場の10代の労働者。スローガンに「列車部門青年部。社会主義万歳!自由、平等、兄弟愛」。プチーロフ工場は革命の先頭に立った。日曜の外出着を着ている)

(写真 6月18日のペトログラートのデモ。ボルシェビキ・リチェイヌイ地区委員会の掲げる旗印には、「社会革命万歳」とある)


 1917年ロシア革命は、第1次大戦の真っただ中で、労働者が兵士や農民と団結して立ち上がり、戦争を継続する政府を転覆して労働者国家を樹立した世界史上初のプロレタリア革命です。レーニン率いる革命的労働者党=ボルシェビキが労働者階級人民の中に深く根を張っていたことが、勝利の鍵となりました。

①「パンよこせ」のデモが発端

 1914年に勃発した第1次世界大戦は、英・仏・露・米・独・日などの列強と呼ばれた先進資本主義諸国の支配階級が、国民を動員して市場や植民地の再分割戦に乗り出した帝国主義戦争でした。資本家の金もうけのために世界中の労働者を殺し合わせたのです。
 16年末、ロシア政府の戦勝地分配をめぐる英仏などとの秘密協定が発覚します。労働者がパンを求めさまよう中、「支配階級の利益のための戦争」という本質が明らかになり、前線の塹壕(ざんごう、戦場に掘った弾よけ用の溝)でも怒りが渦巻きました。17年冒頭から、首都ペトログラートの労働者はストライキに決起し始めます。
 2月23日の国際婦人デー。ペトログラート・ビボルグ地区の女性労働者がストライキに入り、「パンをよこせ!」とデモに立ち上がりました。この闘いは16〜21万人のゼネストに発展し、25日にはスローガンも「パンをよこせ!」から「専制打倒!」に絞り上げられ、24〜30万人のデモとなって爆発しました。26日には兵士も反乱を開始、労働者と合流してツァーリ専制を打倒しました。これが「二月革命」です。
 二月革命は、「労働者の自己権力」である労働者・兵士代表ソビエト(評議会)をつくり出しました。しかし、労働者・兵士は帝政打倒の革命に勝利したにもかかわらず、自分たちが国家権力を掌握することには無自覚でした。これはボルシェビキ(社会民主労働党左派)も同様でした。
 このためソビエトの主導権は、メンシェビキ(同右派、1903年に分裂)やエスエル(社会革命党)に握られました。彼らの指導するソビエト執行部は、二月革命を労働者革命へ発展させること、つまりブルジョアジーの政府である臨時政府を打倒してソビエトが権力を握ることに反対しました。こうしてロシアは、臨時政府とソビエトの「二重権力状態」となりました。
 こうした中で4月3日にレーニンは亡命先のスイスからロシアに帰国し、翌日に有名な「四月テーゼ」を発表しました。この四月テーゼにおいて、レーニンは「祖国防衛主義=臨時政府条件付き支持」の立場をとったボルシェビキ指導部を批判し、「臨時政府打倒=全権力をソビエトへ」の路線で党を再武装しました。

②臨時政府の戦争継続に怒り

 6〜7月、ついに労働者・兵士の怒りが爆発します。6月3日に始まった第1回全ロシア労兵ソビエト大会は、ドイツ軍への「攻勢」を承認しました。ボルシェビキの圧力と労働者の怒りの高まりに押され、ソビエト執行部は6月18日に「非武装」デモを行いました。40万人の労働者が参加し、「全権力をソビエトへ」「10人の資本家大臣を追放せよ」「攻勢反対」と次々とボルシェビキのスローガンを叫びました。
 さらに臨時政府―ソビエトと労働者・兵士との溝は深まります。革命的な機関銃兵第1連隊は、陸海軍大臣ケレンスキーの前線移動命令を拒否し、7月3日の武装デモを決定しました。他連隊や各工場の労働者もデモに決起。4日朝には、政府のデモ禁止令を無視して労働者・兵士の武装デモが敢行されました。しかしソビエト執行部は、「臨時政府を打倒して権力を掌握せよ」という労働者・兵士の要求をかたくなに拒否し7月闘争は労働者・兵士への大弾圧で終わりました。
 さらに臨時政府はボルシェビキへの憎悪をあおり、7月闘争への露骨な報復弾圧を開始します。「レーニンはドイツのスパイ」とするデッチあげの新聞記事が出され、レーニンは地下潜行を余儀なくされます。

③労働者階級が権力を奪取

 7月弾圧でボルシェビキは深刻な打撃を受けましたが、機関紙を軸とした堅実な活動で党の骨格を守り抜きます。そして8月末、軍最高司令官コルニーロフがソビエト解体を狙う軍事クーデターを起こすと、ボルシェビキはこれを粉砕するため、ペトログラートの労働者・兵士を立ち上がらせました。武装した労働者・兵士の前にコルニーロフの軍隊はたちまち崩壊し、この闘いを指導したボルシェビキは一気にソビエトの多数派に躍り出ました。この勝利は「勇敢な行為や偉業、あんな勇気があるなら、全世界を相手に闘うこともできる!」と、労働者・兵士に自分たちの力への確信をもたらしました。
 ボルシェビキがソビエトの主導権を握ったことをもって、レーニンは「武装蜂起=権力奪取は可能である」と判断します。10月10日のボルシェビキ中央委員会は、10月25日開催予定の第2回ソビエト大会までに武装蜂起を決行することを決議しました。
 ペトログラート労兵ソビエト執行委員会は「革命防衛委員会」(後の「軍事革命委員会」)を創設し、同ソビエト議長のトロツキーはこれを蜂起の司令部と位置づけ、やがて軍事革命委員会は首都の軍隊のほとんどを掌握します。
 これに恐怖した臨時政府は24日早朝にボルシェビキの機関紙印刷所を襲撃・占拠。軍事革命委員会はこれを契機に武装蜂起を開始し、出動した部隊が駅、銀行、警察、郵便局など各拠点を一気に制圧、26日未明には臨時政府の閣僚が全員逮捕され、十月革命は歴史上まれにみる「無血革命」として勝利しました。
 25日夜に始まった第2回ソビエト大会は、革命勝利を謳歌(おうか)するアピール「労働者・兵士・農民諸君へ」を採択。新政府=「人民委員会議」の議長にレーニンが就任しました。
 世界初の帝国主義戦争は、レーニンおよびボルシェビキの指導と労働者の力で、世界初のプロレタリア革命に転化されました。プロレタリア革命は、強固な革命党と数百万―数千万人という膨大な数の労働者大衆の主体的な決起が基礎であり、解き放たれる自己解放の巨大なエネルギーを原動力に勝利します。
 今秋、改憲阻止決戦を闘い、朝鮮侵略戦争阻止・国際連帯の巨大な労働者人民の闘いを爆発させよう。ロシア革命の闘いを引き継ぎ21世紀革命を実現しよう。その勝利をめざして、10・1集会に大結集しよう。
【参考図書】『中核』2017年4月号、『共産主義者』各号、トロツキー著『ロシア革命史』、ジョン・リード著『世界を揺るがした十日間』など

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ロシア革命関連年表(第1次大戦から十月革命まで)
1914年6月 第1次世界大戦勃発
1916年6月 レーニン、『帝国主義論』を著す
1917年2月 二月革命
3月 皇帝(ツァーリ)退位
4月 レーニン帰国。「四月テーゼ」を発表
6月 第1回ソビエト大会。
臨時政府、軍に進撃を命令するも、ドイツ軍に惨敗
7月 機関銃兵連隊などが蜂起。
臨時政府、7月蜂起への報復弾圧を開始。レーニンは地下へ潜行
8月 モスクワでゼネスト。コルニーロフのクーデターをボルシェビキの指導で粉砕
9月 ペトログラート・ソビエトでボルシェビキが多数派に。
レーニン、『国家と革命』を著す
10月 武装蜂起。第2回ソビエト大会で全権力掌握を宣言


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レーニン


 1870年生まれ。本名ウラジーミル・イリイッチ・ウリヤーノフ。ロシア社会民主労働党ボルシェビキ(後のロシア共産党)の創設者・指導者。青年の時から革命運動に決起し、「労働者階級の解放は労働者自身の事業である」という立場を貫いて闘った。第1次世界大戦中は、自国政府の戦争に賛成した各国の社会民主党(第2インターナショナル)指導部を弾劾し、「帝国主義戦争を内乱へ転化せよ」と訴えて闘い十月革命を勝利に導いた。晩年、党と国家の内部にはびこる官僚主義・民族排外主義に反対し、その頭目スターリンを打倒するため奮闘するさなか、脳卒中で倒れ1924年1月に死去。著書『なにをなすべきか?』『国家と革命』『帝国主義論』など多数。

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1917年10月25日、武装蜂起の勝利直後、ペトログラート労働者・兵士代表ソビエトの会議でレーニンが行った演説
 同志諸君! ボルシェビキが、つねにその必要を説いてきた労働者・農民の革命は実現された。
 この労働者農民の革命は、どんな意義を持っているであろうか? なによりもまず、この変革の意義は、ブルジョアジーがどんな形でも参加することのない、われわれ自身の権力機関、ソビエト政府をわれわれがもつだろうというところにある。被抑圧大衆自身が自分で権力をつくりだすであろう。旧国家機関は根本的に粉砕され、ソビエト組織という新しい統治機関がつくりだされるであろう。
 今、ロシア史上には、新しい時代がやってこようとしている。そして、この第3次のロシア革命は、結局、社会主義の勝利をもたらすに違いない。
 ......われわれはすべてのものに打ちかって、プロレタリアートを世界革命にまで導く大衆組織の力をもっている。ロシアでわれわれはいますぐ、プロレタリア社会主義国家の建設に従事しなければならない。世界社会主義革命万歳!(はげしい拍手)

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