国鉄1047名解雇撤回を! 「首切り自由」の社会は許さない

週刊『前進』02頁(2950号02面03)(2018/06/21)


国鉄1047名解雇撤回を!
 「首切り自由」の社会は許さない

(写真 新たな労働委闘争始まる 動労総連合は5月28日、国鉄解雇撤回へ千葉県労働委員会への申し立てを行い、記者会見と報告集会を開いた)

JR資本相手に新たな闘い開始

 国鉄1047名解雇撤回をJRに直接迫る新たな闘いが始まった。動労総連合は5月28日、JR東日本を相手とする新たな申し立てを千葉県労働委員会に行った。申し立ての内容は、①解雇撤回に向けての団体交渉に応じること、②動労千葉争議団9人と動労福島宮城県支部の小玉忠憲さんを、JRが発足した1987年4月1日にさかのぼって採用したものとして扱うこと、③謝罪文の掲示、の3点だ。
 1987年4月の国鉄分割・民営化は、改憲と戦争国家体制づくりを目的とした戦後最大の労働運動つぶしの攻撃だった。当時の首相の中曽根康弘は、「行政改革でお座敷をきれいにして立派な憲法を床の間に安置する」と公言した。
 これに対し、31年間闘われてきた国鉄1047名解雇撤回闘争が、今日まで改憲を食い止めてきた。
 今、安倍政権はこの力関係を覆し、改憲と戦争に突き進もうとしている。「働き方改革」で労働者を総非正規職化し、労働組合の力を奪う一方、UAゼンセンを先兵に連合を改憲勢力に取り込んで、一切の抵抗をねじ伏せるというのが安倍のやり方だ。だからこそ、国鉄1047名解雇撤回闘争の持つ力を、今こそ発揮させる時が来たのだ。
 分割・民営化による国鉄労働者の大量解雇は、「国鉄とJRは別法人」という虚構のもとに行われた。JRへの採用は新規採用とされる一方、JRへの採用を拒まれた労働者は、国鉄を引き継ぐとされた国鉄清算事業団に送られ、3年後の1990年4月に清算事業団からも解雇された。その被解雇者1047名の解雇撤回を求める闘いが、今日まで続いてきた。
 「国鉄とJRは別法人」というやり方はまさに「偽装倒産」だ。会社に労働組合が結成されたら、資本は意図的に会社を倒産させ、組合員を排除して別会社を新たに立ち上げる。この偽装倒産は、労働組合法が禁止する明白な不当労働行為だ。だが、国鉄分割・民営化は、国家による偽装倒産として、憲法も労組法も踏みにじって強行された。
 国鉄分割・民営化により労働運動は後退し、2千万人の労働者が非正規職にたたき込まれた。全産業で業務の外注化も進んだ。
 今、非正規職労働者の雇用は3カ月、6か月と細く区切られ、雇用期間が過ぎたら雇い止め解雇にされることが平然と行われている。また、下請け会社で労組が結成された途端に、親会社が下請け会社との業務委託契約を打ち切り、組合員を解雇に追い込む攻撃も横行している。
 こうした「解雇自由」社会の出発点になったのが国鉄分割・民営化だった。だから動労千葉・動労総連合は、国鉄解雇撤回闘争を全労働者の問題として闘いぬいてきた。

解雇の実行者は現JR東社長だ

 国鉄分割・民営化に際し、JRの職員採用手続きは、①国鉄がJR採用候補者名簿を作成し、②JR設立委員会がその名簿の中から採用者を決定する、という2段階に切断された。
 国鉄は、「6カ月以上または2回以上の停職処分を受けた者は採用候補者名簿に載せない」という不採用基準を作った。そして、分割・民営化に反対するストライキに立ち、それへの報復として停職処分を受けた動労千葉組合員を採用候補者名簿から排除した。
 この不採用基準が不当労働行為であることは、2015年6月の最高裁決定で確定した。また、その不採用基準は、JR設立委員長だった斎藤英四郎(当時、経団連会長)が策定を命じ、国鉄職員局次長だった葛西敬之(現JR東海名誉会長)が具体案を作り、JR設立委員会会合で正式に決定された事実が明らかになっている。さらに、葛西の指示で動労千葉組合員らの名前を名簿から削除する作業を行ったのは、当時、国鉄職員局職員課補佐で現JR東日本社長の深沢祐二だった事実も判明した。
 もはや「当社は当事者ではない」というJRの言い逃れは通用しない。
 JR東日本は今、乗務員勤務制度の解体と、鉄道業務を全面的に外注化・分社化し、外注先に労働者を転籍させる大攻撃に乗り出している。国鉄1047名解雇撤回の新たな労働委員会闘争は、これと真正面から対決する闘いだ。
 7・1国鉄集会に大結集し決戦陣形を整えよう。
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