星野解放を国連に通報 外国人記者クラブで会見

週刊『前進』02頁(3021号02面01)(2019/03/21)


星野解放を国連に通報
 外国人記者クラブで会見

(写真 左から星野暁子さん、藤田城治弁護人、角田義一弁護人、岩井信主任弁護人【3月15日 東京】)

人権侵害を告発

 3月14日、無実で獄中44年の星野文昭さんの解放に向け、妻の星野暁子さんがスイス・ジュネーブの国連人権理事会に対して通報を行った。日本の法務省矯正局と徳島刑務所による重大な人権侵害を告発し、適切な対応を求めるものだ。
 通報は、無期懲役刑の終身刑化と仮釈放手続きの不透明性、恣意的な懲罰の実態を明らかにし、「日本政府・法務省による44年間という長期拘禁=残酷な刑罰から星野文昭さんは解放されるべきだ」「無期刑受刑者、全受刑者への拷問的処遇をやめ、人権と自由の回復を」と結論づけた。
 これが国連人権理事会で受理されれば日本政府に転送され、政府は見解の提出を求められることとなる。

海外記者に訴え

 これを受けて翌15日、東京・丸の内の日本外国特派員協会(外国人記者クラブ)で、星野暁子さんと再審弁護団の岩井信主任弁護人、藤田城治弁護人、元参議院副議長の角田義一弁護人が記者会見を行った。14日に四国地方更生保護委員会による星野さんへの2回目の面接が徳島刑務所で行われ、決戦が文字通り最終局面に入る中での重大な行動となった。多くの通信社・個人が参加した。
 司会を務めたイタリア人ジャーナリストは冒頭に、「無期懲役それ自体が重大な人権侵害だ。しかし星野さんは世界的に見ても最長レベルの獄中生活を強いられている」と切り出した。
 司会を藤田弁護士に交代し、まず岩井弁護士が星野闘争について発言。現在も続く沖縄・辺野古での新基地建設にふれ、星野さんはこの現実を変えるために1971年11月14日の沖縄返還協定批准阻止闘争に立ち上がったと明らかにした。さらに、通報の内容に沿って無期刑の終身刑化や仮釈放手続きの不透明性と非民主的な運用、恣意(しい)的な懲罰の実態を暴いた。
 獄中結婚33年の暁子さんが、切実に夫の解放を訴えた。(要旨別掲)
 最後に発言した角田弁護士は、星野さんの事件を知り驚愕(きょうがく)して闘いに加わることを決意したと語り、「どんな困難があっても星野さんを奪還したい」と力強く述べた。また、同日にも更生保護委への請願行動が行われ、要望書は計1万7千通に上ったことを報告した。
 質疑応答では冒頭に、「星野さんの件は、日本の政治家がまず解決すべき問題ではないのか」との質問が出された。これに対して角田弁護士が「おっしゃるとおりだ。いま安倍政権がやっていることは、特に人権問題について甚だしく民主主義に反する。このことを国際社会に訴えて改革していく」と鮮明に述べた。3月19日に参議院議員会館で院内集会を開催することも明らかにした。さらにその後の質疑で、星野さんが精神的にも健康な状態にあり、仮釈放後にはすぐ暁子さんとともに生活できること、70歳以上の収監は行わない欧州などと違い、「あだ討ち」的性格が強い日本の刑事司法制度の問題性などが明らかになった。
 暁子さんを先頭に、発言者それぞれの心からの思いが参加者の胸を打つ会見として大成功した。

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星野暁子さんの会見要旨

 私がなぜ国連人権理事会への通報を思い至ったかというと、国内の議論だけでは、閉ざされた仮釈放を押し開き、44年も拘束されている夫の星野文昭を取り戻すことができないと思ったからです。夫に加えられた、拷問に等しい7回にも及ぶ懲罰、暖房も冷房もない刑務所施設の非人間性を変えるのも、国際世論が集中しなければ無理だと考えたからです。
 夫は無実の政治囚です。私は33年前に獄中結婚し、以来ずっと徳島刑務所に通い続けていますが、今もって一度も、たった一度も手を握ることができません。月に3回、1回30分、アクリル板越しの、看守の立ち会いがついた面会ができるのみです。文昭の拘束は44年、受刑後32年になります。あまりにも長いです。 昨夏、異常な暑さの中で体調を崩し、胃けいれんで倒れました。その後、食欲不振が続き、56㌔グラムあった体重が50㌔グラムに減り、回復していません。
 文昭は7回に及ぶ懲罰を受け、そのたびに私は心をかきむしられるような思いをしてきました。日本の刑務所の人権侵害状況を改めて告発します。そして、国際世論の力で、獄中44年の星野文昭をどうぞ救ってくださるように、よろしくお願いいたします。

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