全学連大会に結集を 改憲・戦争に立ち向かい、社会変革へ踏みだそう

週刊『前進』04頁(3064号03面01)(2019/09/02)


全学連大会に結集を
 改憲・戦争に立ち向かい、社会変革へ踏みだそう

(写真 「若者の力で社会を変えよう」と全学連が呼びかけた7月20日の東京・銀座デモ)

大学改革強行した文科省に怒り噴出

 今、学生の不満が文部科学省に向けられ、怒りが噴出しています。大学改革に対する反発は、キャンパスでも、インターネット上でも、確実に広がっています。怒りを生み出しているのは、学費の値上げが進み、安価な学生寮もどんどん失われているのに、十分な研究が出来なくなっている現実です。
 東大では、昨年の夏に図書館の冷房が止められる出来事がありました。他の大学では、立て看板規制、サークル活動への規制が次々と強められています。また大学が商業化する中で、1年生から就活を意識しなければならず、学生は勉強どころではありません。
 大学改革の行き詰まりは誰が見ても明らかです。一方で、どう立ち上がればいいのか分からず、ツイッターで愚痴を言うことが関の山だという閉塞(へいそく)感があることも事実でしょう。
 大学改革に対抗していくには、問題意識を深めると共に、他の大学の状況を知り、つながることが必要です。私たちは、実力に依拠した学生運動の再建を訴えますが、完全には同意できない人にとっても、全学連大会への参加は今後の糧になるはずです。

「努力不足」「自己責任」論の打破を

 緊迫する国際情勢、先の見えない経済、拡大する格差、気候変動、差別など、この社会を取りまく問題は山積みです。そんな中で、困難な立場にある人を努力不足や自己責任と見なし、市場価値や生産性が高い「優秀」な人材になるべき、という風潮があります。果たして、本当にそう言えるでしょうか。ごく限られた一部の人たちだけが、人間らしく生きられる社会を目指すべきなのでしょうか。
 エリートとされてきた東大生を始めとする学生も、一生安泰とは言えません。死ぬまで続く熾烈(しれつ)な競争の中で、生き残れる保証は誰にもありません。たとえ「優秀」な人材だったとしても、待ち受けているのは「過労死」さえあり得る長時間労働であり、病気で働けなくなれば、一瞬で競争からたたき落とされます。
 だからこそ、自己保身でも絶望でもなく、学生の団結によって新自由主義と闘う運動をつくり上げていきましょう。

大学と戦争の関係見すえ議論しよう

 多くの学生にとって、戦争と言われても、リアリティを感じられないというのが率直な感想だと思います。しかし、大学と戦争の関係は深く、この点を抜きにして、学問を論じることは出来ません。
 かつて、太平洋戦争では、学生も戦場に送られました。出陣学徒壮行会で「もとより生還を期せず」と答辞を述べたのは、東京帝国大学の文学部の学生でした。たとえ、戦地に赴かなくとも、銃後の労働に動員され、戦争の正当化や兵器の開発のために、文理を問わず、学問が利用されました。
 今、米中対立が激化し、中東でも緊張が高まる中で、戦後日本を大きく規定してきた憲法の改悪が狙われています。さらに、国会議員が「慰安婦」問題を扱う研究を「反日」「国益を損ねる」とレッテルを貼り、科学研究費助成事業の適用へのバッシングが行われています。軍事研究や「国益」に資する学問以外は認めない時代が再び迫っています。今こそ議論を深める機会にしましょう。
 ぜひ全学連大会に参加し、社会を変える第一歩を一緒に踏み出しましょう。
〔マルクス主義学生同盟中核派東京大学支部〕
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