書評 『子どものための精神医学』 「児童虐待」の基本視点示す 非正規化・貧困が孤立生む

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週刊『前進』02頁(3103号02面05)(2020/01/30)


書評
 『子どものための精神医学』
 「児童虐待」の基本視点示す
 非正規化・貧困が孤立生む


 〝子育ては社会全体の問題であり、親だけの責任にはできない——〟。いわゆる「児童虐待」の報道のたびに、マスコミは親がいかに非道であったか、児童相談所(児相)がなぜ強権を発動しなかったかを責め、そこに至った背景を探ろうともしません。児童精神科医で臨床心理学者の滝川一廣・前学習院大学教授の著書『子どものための精神医学』(医学書院)は分厚い本ですが、精神医学の基本と「児童虐待」問題などを考える視点を示してくれています。
 著者は「子どもの心にかかわるすべての人」、専門知識や経験を持たない「素手」の読者にも分かりやすく役立つ本として、「一般に流布されている通念とは異なった考え方や新しい視点もたくさん述べている」と書いています。実際私も何度も目を見開かされる思いをしました。

「虐待」という概念

 著者は、子どもとは成長途上であり社会の中で生きている存在だとして、「発達障害」について詳しく解説し、その育(はぐく)みもケアもマニュアル通りにはいかないと指摘。2000年に制定された「児童虐待の防止等に関する法律」(虐待防止法)の「虐待」という概念を批判して以下のように述べます。
 虐待防止法は親の加害からの保護を主眼とし、子育て支援ではなく、矯正的指導の色が濃い。「子育ての失調」を、親の情愛不足や責任感不足とみなす社会通念は根強い。それが親批判を生むが、問題の解決にとって不毛である。改善をはかる第一歩は、「虐待」の概念を捨てること。親から子への「不適切な扱い」「加害」という一方向的な現象と捉えるのは誤っているし、成功しない。親を責めるより、子を育てる親の大変さ、うまくいかなさへの共感なくして家族援助は成り立たない——。

ゆとり奪う貧しさ

 著者は、特に貧しさは日々の暮らしから物心のゆとりを奪い、そのしわ寄せが手間ひまや気づかいを要する育児に現れる、としています。90年代から非正規雇用が急速に進み、隣保的な相互扶助のネットワークが消えることで、生活難に加え、家族の孤立、子育ての孤立をもたらしたと分析。子育ての失調を防ぐ道は格差を減らすこと、「子育ては社会全体で担う」という意識を共有して家族への手厚い援助をできるかどうかだと訴えています。
 現に新自由主義が労働者階級に貧困と分断を強制し拡大し続けています。これまで保健師や看護師、保育士、教員、福祉・児相職員など経験を積んだ多くの職員が連携して子育てを支えてきました。その業務自体が人員削減と過重労働、民営化・非正規職化の中で破綻の危機にあります。形ばかりの「児相組織の拡充」や、まして親への厳罰主義では問題は深刻になるだけです。新自由主義攻撃に立ち向かい、社会を根本から変える階級的労働運動の前進が求められていると痛感します。
(大迫達志)
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