星野国賠 刑務所の医療放棄の実態暴く 医師らが意見書提出

週刊『前進』04頁(3230号04面01)(2022/02/07)


星野国賠
 刑務所の医療放棄の実態暴く
 医師らが意見書提出

(写真 裁判後の報告集会。弁護団が「医師の意見書を提出し徳島刑務所のうそを暴いた。国側を追い詰めている」と発言【1月27日 東京・日比谷】)

巨大な肝臓がん知りながら放置

 1月27日、東京地裁民事第14部で星野国賠訴訟第9回口頭弁論が開かれました。ここで弁護団は医師意見書2通を裁判所に提出しました。昨年9月のふくしま共同診療所院長の布施幸彦医師意見書と併せて計3通の意見書をもって、国の責任を徹底的に追及する段階に入りました。
 星野文昭さんが2018年8月22日に激しい腹痛で倒れた時に徳島刑務所の医師は「胃けいれん」(こんな病名はありません)と診断し、1日休ませただけで通常の作業に復帰させました。家族、弁護団、支援者は、四国地方更生保護委員会への度重なる申し入れで星野さんに対する精密な検査を要求していました。ところが、徳島刑務所側はこれらの声を無視し、検査をしませんでした。
 翌年の3月1日になって初めて腹部エコー検査と血液検査を実施しました。その結果、腹部に大きな腫瘤(しゅりゅう)があることを察知しましたが、本人にも家族にも更生保護委員会にも伝えませんでした。
 徳島刑務所は3月13日に外部の医療機関に「診療情報提供書」を送って相談したと主張していますが、裁判所に申し立てた「調査嘱託」でその事実が無いことがはっきりしました。被告・国はうそをついていたのです。3月14日に行われた更生保護委員会の面接は、星野さんの肝臓がんが分からないまま終わり、25日に仮釈放しないという判断がされました。
 徳島刑務所はこれを待って4月17日に「明日、移送する」と星野さんに告げたのです。腹部の大きな腫瘤ががんの疑いがあることを知りながら、そのまま放置していたのです。こんなことがあっていいものでしょうか。

「医療ではない」医師が鋭く追及

 東日本成人矯正医療センターは肝臓がんの切除手術という大手術をする体制も設備もないにもかかわらず、手術を強行しました。最も重要な手術後の出血に対して全く注意を払わず、その様々な徴候を見落としました。直ちに再開腹をして止血していれば星野さんの命が救えたものを、出血を止めないまま放置して、星野さんを獄死に至らせました。医師として人の命を救うという使命感のかけらも感じられません。もはやこれは「医療とは言えない」という医師の意見書は、徳島刑務所、東日本成人矯正医療センターを鋭く批判しています。
 私たちはここまで国を追い詰めてきました。絶対に国に星野さん獄死の責任をとらせましょう。次回は5月19日(木)です。国側が反論を出してきます。

5・15沖縄闘争へ全力で決起を

 この日の闘いは、東京地裁前街宣から始まりました。多くの救援会が駆けつけました。三多摩救う会の大畠信子さんは直前の1・23—24沖縄現地闘争の熱気ある闘いを報告し、「自衛隊に住民を避難させる余力はない」などという沖縄戦を想定した自衛隊幹部の発言を怒りを込めて弾劾しました。
 星野国賠勝利全国運動の呼びかけ人である福島尚文さん、船木明貴さん、金元重さんも駆けつけました。福島さんは、「これは命の問題だ。今、星野さんに限らず、入管でも人の命がないがしろにされている。星野さんのこの闘いはそれらに通じる闘いだ」と強調しました。
 裁判終了後の報告集会では、弁護団から医師の意見書を提出し、徳島刑務所のうそを暴いたことで国側を追い詰めているとの力強い発言がありました。
 法務省弾劾デモには60人が集まり、狩野満男共同代表が星野国賠闘争を闘うと同時に今の沖縄闘争を闘っていこうと提起し、元気にデモに出発しました。
 米日による中国侵略戦争切迫情勢の中、今日の沖縄での闘いにとって1971年11・14渋谷闘争は歴史的な正義の闘いとしてますます光り輝いています。星野文昭さん、奥深山幸男さん、大坂正明さんはこの闘いを一身に体現して闘ってきました。
 今年の「復帰」50年5・15沖縄闘争を星野闘争は先頭になって闘おう。改憲・戦争阻止!大行進と共に反戦・反基地闘争に全国で取り組もう。
(星野さんをとり戻そう!全国再審連絡会議・神藤猛雄)
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