知床遊覧船事故はなぜ起きたか 新自由主義の安全無視と利益優先

週刊『前進』04頁(3244号02面03)(2022/05/16)


知床遊覧船事故はなぜ起きたか
 新自由主義の安全無視と利益優先


 4月23日、知床遊覧船「KAZUⅠ(カズワン)」(乗客・乗員26人)が沈没事故を起こした。事故から2週間を経た5月7日時点で14人の死亡が確認され、豊田徳幸船長を含め残る12人が行方不明という状況だ。沈没の直接の原因は不明だが、利益を優先した安全無視の運航、北海道運輸局の監督業務のずさんな実態が明らかになるにつれ、新自由主義が引き起こした人災であることが暴かれている。同じ悲劇を繰り返さないために、新自由主義と闘う労働組合の復権が必要だ。

危険な運航が常態化、違法黙認の国にも責任

 事故当日、3㍍の波浪注意報や強風注意報が出ていて、漁船は出漁を見合わせた。他社の船長や漁協関係者はカズワンに「出ない方がいい」と忠告したが、カズワンは出航。運航会社「知床遊覧船」は事故当日のように他社が出ない時でも出て稼ぐ方針で、「野生動物を間近に見られる」を売りに、岩礁の多い海岸に接近して安全管理規定の基準航路を逸脱することが常態化していたという。カズワンは元々、波の穏やかな瀬戸内海の旅客船であり、高波に弱いにもかかわらず、だ。27日の会見に現れた桂田精一社長は「天気図は常に当たるわけではない」と出航に至った甘い判断を述べる始末だった。桂田社長は、豊田船長とは「波が高くなれば引き返す」という安全管理規定を無視した「条件付き運航」を確認していたというが、波が高くなってからでは遅いのだ。
 知床ではこの季節、水温は2~3度。救命胴衣を着けていても15~30分で意識不明となり、生存時間は30~90分。浮き輪のような手でつかまる救命具では助からず、僚船に救助されるほかない。他社の船や漁船が出航していない中で出航するのは特に危険なのである。
 北海道運輸局のずさんな実態も明らかとなった。無線通信は会社のアンテナが故障しており、衛星電話も1年前から故障中だった。にもかかわらず、海上では大半が圏外となる携帯電話の届け出を日本小型船舶検査機構は認可していた。実際、届け出た携帯電話はつながらず、遭難時、豊田船長は乗客の携帯で別の観光船会社に連絡したのだ。旅館業も営む桂田社長は昨年3月、北海道運輸局が承認して運航管理者となった。だが、海上運送法の施行規則では、運航管理者になるには船長で3年以上、甲板員で5年以上、運航管理で3年以上の経験の一つ以上が必要だが、どれにも該当していない。
 2015年に国交省に提出された安全管理規定の運航基準は当然、守られていなかった。航行中は事務所にいるべき運航管理者の社長は私用で不在、運航管理補助者の任命もなし。13カ所の要所ごとの通過連絡もなし。法律上の設置義務はないが、船舶自動識別装置(AIS)や全地球測位システム(GPS)もなく、捜索も遅れた。
 現場を熟知し悪天候時の出航に反対するスタッフは解雇された。季節雇用3人の契約を更新せず、昨年には前船長らベテランなど5人が一斉に退社。新しく船長となった豊田氏は「ここの海での航行は素人」(別の運航会社の船長)だった。そして豊田氏が船長になって以降、昨年5月に浮遊物と衝突して乗客3人が負傷する事故、6月には航路逸脱で浅瀬に座礁する事故が起きていた。北海道運輸局は特別監査を実施したが、複数の安全管理規定違反を見抜けなかった。
 カズワン沈没は安全をおろそかにした、起こるべくして起きた事故だ。しかもこんな会社が国によって放置されてきた。また、「本来ならば巡視船が数隻、救助ヘリを数機飛ばすべきで、海上保安庁の警備態勢不足を露呈した」との指摘もある。

韓国セウォル号事故とカズワン事故の共通点

 カズワンの事故は、韓国最大の海難事故となった14年4月のセウォル号沈没事故(乗員・乗客の死者299人、行方不明者5人、捜索作業員の死者8人)と共通点が多い。
 故障や衝突などの事故を繰り返していた運航会社の「清海鎮海運」は中古のセウォル号を無理に増改築し、海洋水産部の検査をすり抜けていた。整備会社は、固定器具が錆(さ)び船体を塗り直した際に、塗料で甲板に固着した救命ボートの検査をしなかった。船体が大き過ぎて就航基準を逸脱していたが、賄賂で監督官庁幹部が運航許可を出した。接待を受けた海洋警察署職員が提出書類の不備にもかかわらず運航管理規定を承認。操舵機の故障や水密扉の作動不良が放置されていた。
 セウォル号は、濃霧で出港が遅延したため危険区間で速度超過し、過積載の状態で急な進路変更を行ったために荷崩れが起きて転覆したとされる。イジュンソク船長は操舵室におらず、事故に際して乗客を避難誘導せず真っ先に脱出。しかし、イ船長も契約社員で本来の船長の代わりにすぎず、実際に操船していた三等航海士はこの航路での操船は初めてだった。

国鉄闘争と連帯し闘う労働組合を取り戻そう

 利益優先の安全無視、人件費カットのための熟練労働者の切り捨て、そして国家によるその追認。二つの事故の背景にあるのは新自由主義の蔓延(まんえん)にほかならない。資本の強欲を「民間活力」と称揚し、規制緩和でその暴走を野放しにしたのだ。
 日本では1987年の国鉄分割・民営化がその突破口となった。その結果、JR西日本では2005年、日勤教育という懲罰におびえた運転士が、速度超過して脱線した尼崎事故(107人死亡)が起きた。JR北海道では11年、無謀な高速運転と急ブレーキで車輪が摩耗し、振動で部品が脱落して燃料タンクが破損・出火し、特急列車がトンネル内で脱線・炎上した石勝線事故が起きた。
 国鉄分割・民営化は、改憲と戦争国家化のために、闘う労働組合を解体した。JRでは動労千葉・動労総連合以外に闘う労働組合がなくなった結果、安全が崩壊して尼崎事故や石勝線事故が起きたのである。新自由主義の進展によって全社会的に安全が失われた結果、知床での今回の事故が起きた。
 新自由主義と闘う労働組合の復権が必要だ。大軍拡に巨額の予算を投じ、労働者の命と生活を破壊する日帝権力・資本に立ち向かおう。
(北海道 前島信夫)
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