11・19労働者集会の歴史的成功へ 日本労働者階級の未来をかけ反戦を闘い全力で組織しよう 全国労組交流センター代表 田中康宏さん

週刊『前進』04頁(3315号02面01)(2023/10/16)


11・19労働者集会の歴史的成功へ
 日本労働者階級の未来をかけ反戦を闘い全力で組織しよう
 全国労組交流センター代表 田中康宏さん


 全日建運輸連帯労組関西地区生コン支部、全国金属機械労組港合同、動労千葉が呼びかける11・19全国労働者総決起集会まであと1月余りになった。従来を倍する集会への結集を実現するため、10月7日、東京都内で開かれた全国労働組合交流センター第35回全国運営委員会で行われた田中康宏代表運営委員(動労千葉前委員長)の提起の要旨を紹介します。(編集局)

階級的なもの生むか、戦争に取り込まれるかの分岐点

 11・19集会の歴史的な成功をかちとることに、私たちの運動と日本労働者階級の権利と未来がかかっています。不眠不休の闘いが全国各地で続いていると思いますが、そのすべてを11・19集会に集約しようと提起します。11月集会まであと40日余り、全力で組織化をお願いしたいと思います。
 世界戦争が現実に目の前で進行するただならない情勢です。ウクライナ戦争は局面が一変しようとしています。アメリカ帝国主義も日本帝国主義もEU帝国主義諸国も、そしてロシア、中国も支配体制が崩壊し、支配階級の中で利害が激しくぶつかりあっています。表面だけ見れば、これで戦争が遂行できるのかと思えるような事態になっていますが、そうした危機が戦争をさらに促進しています。
 アメリカでは支配階級同士が非和解的に衝突し、つなぎ予算にウクライナ支援費を入れることができませんでした。それは政権の崩壊に直結しかねないので、バイデンは予算を通したとたんに3兆6千億円規模のウクライナ支援を表明し、支配階級は激突しながら大統領選挙を迎えています。
 他方でその足元から、全米自動車労組(UAW)のストライキが起きた。戦争に向かう支配階級は、労働者階級の決起も取り込もうとする。だからバイデンはUAWのストライキの現場に行って、支持を表明した。ものすごい労働者の立ち上がりが、かつてのように戦争にのみ込まれていくのか、それともこの中から階級的なものが生み出されるのか、その分岐点に立っています。
 日本でも、そごう・西武のストライキを膨大な労働者が支持し、マスコミまで支持しました。このストライキをめぐり、UAゼンセンの大会では執行部批判が噴出しました。安倍政権が連合を取り込むために育成したUAゼンセンの中で、ぶつかり合いが起きています。労働者の決起が戦争に取り込まれていくのか、それとも我慢のならない現実への怒りの中から階級的なものがつくり出されるのか、それが鋭く問われる情勢です。

「70歳まで組合員」の方針

 動労千葉は10月1〜2日、第53回定期大会を開催し、「原則70歳まで組合員」という方針を満場一致で決めました。この1年は本当に激論の過程でした。
 動労千葉は来年3月30日で結成45周年を迎えます。この45年、動労本部からの分離・独立闘争、ジェット燃料貨車輸送阻止闘争、国鉄分割・民営化反対闘争、1047名解雇撤回闘争、外注化阻止闘争、運転基地廃止反対闘争など、困難の連続でした。
 けれど動労千葉は、労働者の誇りをかけてこうした攻撃に立ち向かって、団結を守り抜いた。日本の労働運動の歴史に前例のないような地平を築き上げてきました。その地平を踏まえて、「原則70歳まで組合員」という方針を提起しました。
 そう決断したのは、今の情勢との関係です。米帝は「台湾有事は2025年ないし27年までに起きる」と言っています。これは、それまでに米帝の側から戦争を起こすということです。これに岸田政権はくみして、中国侵略戦争の危機が迫っている。
 これと連動して、JR東日本は「グループ経営ビジョン変革2027」で、国鉄分割・民営化の比ではない、鉄道会社のあり方を根本から変える攻撃を、あと4年のうちに強行しようとしています。
 動労千葉の組合員の多くは、60歳定年後65歳までの再雇用期間にあります。あと3〜4年、断固頑張り抜いて、次の世代に闘いを引き継いでいく。動労千葉が果たすべき役割はまだあるし、可能性も絶対にあると提起をして、「原則70歳まで組合員」の方針を決定しました。

3労組が特別な決意を込め呼びかけた今年の11月集会

 3労組は、今年の11月集会を特別な決意を込めて呼びかけようと確認しました。労働組合は労働者の団結と権利のよりどころであると同時に、反戦の砦(とりで)であるはずです。それが今問われていると確認し、そういう呼びかけ文をつくりました。
 特別な思いを込めて11月集会を呼びかけた思い、意味について話したいと思います。

世界戦争はもう始まった

 第一は、戦争情勢です。今の状況を後の歴史家は、「この時点で世界戦争が始まった」と書くようになるかもしれない、そういう歴史の瀬戸際に、私たちは立っています。岸田政権がしていることは、明らかに臨界点を越え、後戻りができないところに入ろうとしている。これから目をそらしてはいけないと思います。
 臨調・行革攻撃から始まった新自由主義の導入段階で起きたのは、国鉄労働運動の解体とともに、戦後初めての自衛隊の海外派兵でした。
 新自由主義の展開過程では、1995年に日経連が「新時代の日本的経営」という総非正規職化方針を出し、郵政民営化、国立病院・国立大学の独立行政法人化、道路公団など百数十の特殊法人の民営化が強行されて、こうした攻撃が社会をのみ込んでいきました。この時に有事関連7法が成立し、鉄道や地方自治体、医療が「指定公共機関」にされて、有事の際には戦争に協力しろという仕組みがつくられた。
 そして、安倍政権以降、新自由主義の矛盾が全面的に噴き出して、その崩壊過程に入っていく。そこで起きたのが安保法制・戦争法の制定でした。
 2015年の戦争国会の時、国会前を埋め尽くした膨大な怒りは、既成政党や連合によって雲散霧消させられてしまった。あの時は本当に、「こんなことでいいのか」とつくづく思いました。
 既成政党を屈服させつつ、新自由主義の崩壊過程、つまり資本主義の崩壊過程で生まれたものは、文字通り戦争体制でした。それを引き継いで今の岸田政権の攻撃があるわけです。
 岸田は、自らの政権が脆弱(ぜいじゃく)だからこそ、安倍政権以上に戦争に突き進むことによって支配階級をまとめるしかない。だから5年で43兆円の大軍拡や南西諸島の要塞(ようさい)化、防衛産業強化法や防衛財源確保法などを強行した。
 戦争が社会をのみ込む一方で、まだみんなが「戦争には反対」と声を上げています。この瀬戸際の中に11・19集会がある。今年の11月集会は今までの延長戦上には絶対にないんだということです。

労働運動は歴史的岐路に

 特別な思いを込めて11月集会を呼びかけた第二の理由は、労働運動の歴史的な分岐の中で私たちも問われているということです。
 10月5〜6日の連合大会は、芳野会長の要請により岸田が出席して開かれました。岸田改造内閣は電機連合出身で国民民主党副代表だった矢田稚子を首相補佐官に取り込んだ。これも安倍政権から引き継いでいる政策ですが、次元が違ってしまっている。そこを見据えてほしいと思います。
 敗戦時を上回る借金を抱えている日本が、軍事費確保のために膨大な国債を発行すれば、年金や医療などの社会保障は全部破壊しなければならなくなる。そうしなければ戦争なんてできない。岸田政権はそれを連合にやらせようとしているんです。
 高齢者雇用安定法で70歳までの雇用の努力義務が企業に課されているけれど、それは年金の支給開始年齢の70歳への引き上げがたくらまれているからです。けれども今の脆弱な岸田政権に、年金の支給開始年齢の引き上げを提起できますか。それは連合にやらせるしかない。
 年金だけでなく人間が生きていく社会的な基盤すべてが崩壊しようとしています。突然、給食が提供できなくなる。突然、病院が閉鎖される。こんな状況だから、連合に手を突っ込んで取り込もうとする。これが連合の産業報国会化です。
 連合はもはや求心力を失い、事実上、ナショナルセンターとしての機能を喪失している。それがさらに進んで、連合が文字通り産業報国会として完成するのか、今度こそ階級的労働運動を甦(よみがえ)らせるのか、私たちはその岐路に立っています。
 そごう・西武のストライキで社会全体に大きな変化が起きています。ですが、戦前の日本の労働争議参加人数のピークは、日中戦争が始まる1937年でした。それが産業報国会になり取り込まれていった。私たちは今、全世界で爆発する怒りと労働運動の高揚を、戦争と対決できる、自国政府と真正面から対決できる階級的なものにつくり上げなければなりません。
 そう考えると関西生コン弾圧は、かつて戦争に突き進んでいく時に起きた37〜38年の「人民戦線事件」と同じ意味を持つと思えてなりません。共産党が徹底的に弾圧された後、合法的な労働組合や農民団体、学者や学生も激しく弾圧された。これに敗北して、労働組合の側から「国家に関与しなければ労働者の権利は守れない」という主張が出され、それが産業報国会につながってしまった。
 だから、2018年に軌を一にして始まった、JRでの「労組なき社会」化攻撃と関生弾圧を、必ず打ち破らなければなりません。

変革の主体的条件はある

 特別な思いを込めて11月集会を呼びかけた第三の理由は、労組交流センターと3労組は、この間の悪戦苦闘を通じて、日本労働運動を変革する主体的な条件を手にしているということです。ここに絶対に自信と確信を持とうと訴えたい。
 11月集会を始めた1994年ころ、あるいは3労組共闘が始まった98年ころは、あらゆる勢力が「労働運動の変革・再生」とか「階級的労働運動」「闘う労働組合の力を結集しよう」とか言っていました。けれど、その後、全部消えました。情勢に負けたんです。「現場は大変」「階級的労働運動なんて言っても今の労働者には通用しない」と言って。私たちだけが残ったんです。
 私たちは本当に涙を流しながら、職場で簡単には通用しなくても、労働者の持つ力を信じて頑張ってきた。こうして維持された力が、この戦争の時代にどれだけ尊く貴重なのか。私自身、それをもう一回胸に刻み直そうと思いました。その確信がなかったら真剣に訴えられないからです。そう確信して今年の11月集会に臨んでいます。
 これは労組交流センターがつくり出したものです。総評が解散し連合が結成された89年の2月26日、労組交流センターを結成しました。あの時、動労千葉委員長だった中野洋さんは、「ナショナルセンターがつぶれるのは戦争が起きる時だ。その重大さを考えてほしい。そういう時代に入ったんだ」と訴えました。佐藤芳夫さんは、「日本の労働運動をダメにした責任は総評にもある。だから自分は、総評労働運動の継承という立場には立たない」と言いきって、労組交流センターの共同代表に就任してくれました。

新自由主義攻撃を打ち破り強固な団結を守った3労組

 3労組は小さな労働組合です。だけど絶対にここに可能性がある。3組合は新自由主義に直面し、それを乗り越えてきました。
 動労千葉は国鉄分割・民営化と真っ向から闘って、団結を守りました。私たちが国際連帯闘争に踏み出すきっかけをつくってくれたアメリカのスティーブ・ゼルツァーさんに言わせると、〝民営化と闘って団結を守った組合は世界でも例がない〟ということです。
 関西生コン支部も、第二臨調発足から1年後の82年に第1次弾圧がかけられ、これをはね返しています。もう一回盛り返してゼネコンや巨大セメントメーカーに立ち向かえる団結と協同組合体制をつくったとたんに第2次弾圧があった。そして今回、戦争情勢の中での第3次弾圧がかけられた。けれど、これらの弾圧を見事に乗り越えてきた。これも日本労働運動には前例のない闘いです。
 港合同には70年代後半、多くの職場で倒産攻撃が襲いかかりました。78年には一番の拠点だった田中機械に倒産攻撃がかけられたけれど、10年かかってこれを粉砕し、自主生産という形で拠点を維持して今の港合同がある。こうして団結を守った労働組合もほかにはありません。
 3労組はそれぞれ形は違えど、新自由主義攻撃に負けずに強力な団結を守ってきた。それまでなら、こんな攻撃を受けたら組合は間違いなくつぶれていただろうと思えるような攻撃をかけられても、負けなかった。鍛えられていてヤワじゃない。
 だから今も11月集会を呼びかけることができている。これを今、発展させられなかったら、日本の労働運動に未来はありません。
 3労組が国鉄1047名闘争の政治決着に抗して解雇撤回闘争を継続したことも、奇跡的なことです。3労組の闘いはまた、2003年のイラク戦争とそれに対するストライキをきっかけに、画期的な国際連帯を生み出してきました。
 さらに3労組にとって大きな飛躍になったのは、改憲阻止・戦争反対の闘いに真っ向から踏み出したことです。第2次安倍政権が「2020年までに憲法改正を実行する」という方針を打ち出したことに、私は猛烈な危機感を持ちました。そして港合同と関西生コンに改憲反対の運動を提起したら、一も二もなく賛同してくれて、改憲・戦争阻止!大行進運動が生まれました。

野音を満杯にする結集を

 戦争反対のデモやさまざまな行動が絶対に必要です。それと、具体的に真剣に呼びかけていく組織化。この二つを同時にやることは大変ですが、それを一体のものとしてやり抜こう。
 関係してきたすべての人たち、まだ見知らぬあらゆる人たち、職場・地域のすべての人たちに、「階級的な労働運動を絶対に甦らせよう。戦争を止めるのは労働者の団結した闘いだ。そのために集会に集まり、一緒に頑張ってくれませんか」と声をからして訴えてほしい。40日あればたいていのことができるはずです。私も今回の集会に人生をかけています。日比谷野音を満杯にするために皆さんの力を結集し、新しい歴史の一歩を開きましょう。
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