■News & Review イラク 石油権益護持のためのイラク空爆弾劾 クルド自治区の「イスラム国」を攻撃

月刊『国際労働運動』48頁(0457号02面02)(2014/10/01)


■News & Review イラク
 石油権益護持のためのイラク空爆弾劾
 クルド自治区の「イスラム国」を攻撃

無期限に続く空爆

 8月8日、ペルシャ湾に展開中の米空母から発進した2機のFA18戦闘攻撃機が、イラク北部のクルド人自治区の中心都市アルビル付近で、「イスラム国」(IS)の移動砲台を空爆した。米帝は同地に滞在する軍事顧問団と米国人の保護やISによる虐殺からの宗教的少数派の保護を空爆正当化の口実にした。以後空爆は連日行われ、9月17日までに167回にもなる。空爆の対象もISの占領するモスルダム(北部一帯の給水源)などISの軍事施設や部隊以外にも拡大している。8月31日には、クルド自治区に近いアミルリで、米軍はイラク政府軍と自治政府の治安部隊の対IS軍事作戦を支援する空爆も行っている。
 オバマ政権は、米帝の中東における軍事的支配力の衰退のなかで、不信を募らせるイラクやイスラエル、サウジアラビアなどの米帝への信頼回復を図るために、ついにISに対する空爆を実施せざるを得なくなったのだ。だが、米帝が2011年のイラク撤退以来初の本格的軍事作戦を空爆という形で行い、しかもそれを期限の限定なしに継続しているのは、単にそれだけの理由ではない。

空爆の真の目的は何か

 当初ISに対する空爆に慎重の姿勢を見せていた米帝が、クルド自治区のアルビルにISの部隊が進行すると、一転して迅速に空爆を実施した真の目的は、ずばりクルド自治区における石油権益の護持と拡大である。
 クルド自治区には2010年頃からイラク中央政府の反対を押し切って、米系メジャーのエクソンモービル、シェブロンなどを始めとして欧米、ロシアなどの石油開発会社約30社が進出した。クルド自治区は宗派間の衝突や爆弾テロなどが頻発するイラク南部や中部と比べて治安が安定していたため、石油開発会社の拠点を設けるには適していた。クルド自治区の中心都市アルビルには石油開発会社や欧米、トルコなどの各国の資本の高層ビルが乱立している。アルビルは数千人の外国人ビジネスマンがクルド自治区での活発な油田開発活動を展開する拠点となっていた。
 なぜこれほどクルド自治区での石油開発が急速に進んだのか。それはまず、クルド自治政府がイラク中央政府よりもはるかに有利な条件で、外国の石油開発会社との協定を結んだからだ。イラク中央政府と外国石油資本との協定は、生産された原油1バレルあたり約2㌦を石油開発会社に支払うと規定していたが、クルド自治区では生産物分与協定が結ばれた。生産物分与協定は、生産された原油の一定額を石油開発会社に引き渡し、自由に輸出、売買することも認めるというものであった。原油価格が高騰すれば石油開発会社は莫大な利益を手にすることができる協定で、基本的にはリスクの多い油田開発や小規模油田の開発に適用されていた協定であった。このような協定はクルド自治区のように豊富な石油の埋蔵量が確認された地域で適用されることはほとんどなかった。だがクルド自治政府は、イラク中央政府からの独立態勢を強化するために石油収入の早急な獲得を目指しているため、中央政府の統制が十分強力でない段階で不利な協定でもどんどん結び、多くの石油開発会社を誘致しようとしたのだ。自治政府はすでに外資系石油開発会社と約50件の開発契約を締結している。

米帝の自治区進出政策

 とりわけ米系メジャーは、クルド自治区での油田開発を突破口にしてイラク全土の油田支配を確立することを狙って積極的にクルド自治区に進出した。クルド自治区の石油の埋蔵量は450億バレル(リビアと同じ)と言われており、大きな将来性がある。しかも、きわめて有望な未開発の油田地帯が存在している。さらに加えて、現在では自治政府はISがイラクに侵攻して政府軍を駆逐したキルクークの有力油田地帯も支配している。
 米帝は2003年のイラク侵略戦争後の占領統治期間にイラクの国営石油企業を民営化し、莫大な利益を獲得しようとしてきた。そしてアメリカのネオコンたちは、イラクで実現した方式をその他の産油国に拡大し、メジャーの活動を大幅に制限している中東産油諸国の国有化政策を粉砕して中東全域の石油を独占するという途方もない戦略を立ててさえいた。だがその試みは、2007年の時点で国有油田の民営化法である石油法が石油労働者の民営化反対の強力な闘いを基盤にした全人民的闘いによって議会で採択できず大破産を遂げてしまった。石油労働者の偉大な闘いは、米帝の総力を投じたイラク侵略戦争とイラクの石油支配戦略を完膚なきまでに粉砕したのだ。このため、米帝は中央政府の所有する南部の油田開発では、通常型の個別契約を強いられた。これは、米政府の全力を投じた石油民営化のための圧力や、長期にわたる占領統治下での石油法の暴力的押し付けによる石油国有化制度解体政策が完全に破産したことを意味する。何のためのイラク侵略戦争だったのかということだ。
 この失敗を挽回するために、米帝はクルド自治政府の協力を得て自由に油田を開発できるクルド自治区での石油開発に突進した。それは石油法によって獲得しようとした石油開発・生産の民営化と生産物分与協定に基づく生産をクルド自治区で先行的に実現し、定着させ、それをイラク全土に拡大しようという戦略に基づいたものであった。
 クルド側は、メジャーを誘致することによって石油生産を急速に増大させることができるし、イラクのクルド自治区の独立性の強化に対する米帝や欧米帝諸国の支持を獲得することもできるため、不利な条件であることを知りながら外国石油開発会社の進出を容認した。
 これに対してイラク中央政府は激しく反発し、自治区に進出しようとしたエクソンモービルに対して、同社がすでに獲得した西クルナの巨大油田の開発契約を破棄すると通告した。エクソンモービルはこの制裁措置通告に対し、西クルナ油田からの撤退をあえて覚悟してクルド自治区での新油田開発を開始した(もちろん西クルナ油田の開発を最終的にあきらめたわけではなく弱体化していた中央政府の弱腰を見透かしてのらりくらりとした対応をとっている)。シェブロンとフランスのトタルは最初から南部ではなくクルド自治区での油田開発を選択した。特にトタルは、中央政府から南部の大規模油田「ハルファヤ」開発プロジェクトの権益を取り上げるという警告を蹴って自治区での石油開発への参入を強行している。BPとシェルは南部の超巨大油田の開発を選択したが、自治区での油田開発への参入も完全に放棄したわけではない。
 他方、トルコも2013年にイラク中央政府の意向を無視して、トルコ国営のエネルギー会社がクルド自治政府と油田やガス田の権益を取得するための秘密の包括協定を締結した。トルコは現在の経済成長計画に必要なエネルギー源の確保のために急速にクルド自治政府に接近し、自治区内にはトルコ系の企業1000社が事業活動を活発に展開している。
 クルド自治政府は同年、トルコに直接向かう原油パイプラインをトルコの援助で完成させ、既存のトルコ南部の石油積出港ジェイハンに向かうパイプラインと接続させて独自の石油輸出態勢を確立した。
 内戦の勃発で統治不能状態にある中央政府の意向を無視して新たに獲得したキルクークの油田からも自治区につながるパイプラインを作り、トルコ経由で輸出する態勢も確立している。
 このようにクルド自治区では、米系メジャーの進出を契機にして、欧米諸帝国主義諸国やロシア、トルコなどが一斉に進出を開始し、激しい石油争奪戦を展開している。

ISのクルド自治区侵攻の衝撃

 だが、2014年6月10日に「イラク・シリアのイスラム国」(ISIS。後にISと改名)がイラク北部に侵攻するという事態は、米帝のクルド自治区を拠点としたイラクの石油支配戦略に重大な打撃を与えた。とりわけイラクに侵攻して勢力を増大させ、独立国家を宣言したISが8月に入って自治区の主要都市であるアルビルに侵攻すると、自治区に進出していた外資系石油開発会社はパニックに陥り、社員たちは一斉に自治区から脱出し始めた。
 ISがクルド自治区に侵攻した目的は自治区の油田の奪取と支配であった。米帝はイラクを占領している時期に、シーア派居住地区の南部とクルド自治区には油田地帯の保持を認めたが、スンニ派居住地区にはほとんど油田の保持を認めていなかった。このため、イラクのスンニ派住民の不満は大きく、油田の権益の分配を求める声は強い。ISはこのような要求に応えることで自分たちの支配をスンニ派住民の間で強化し、また財政を含めた統治体制を確立するためにも油田の確保に重点を置いて軍事作戦を展開してきた。ISは現在ではは日量3万バレルに相当する油田を支配しており、密輸によって1日当り少なくとも200万㌦(約2億1千万円)を取得していると米CNNは報道している。
 ISは軍事的優位を利して、クルド自治区に攻め込み、クルド民兵組織のペシュメルガを圧倒し、アルビルを占領しかねないところまで侵攻した。
 ISがアルビルを占領すれば、すでに見たような米帝のクルド自治区を拠点としたイラク石油支配戦略は総崩壊する。だからこそ米帝は軍事顧問団の半分をアルビルに駐留させた上で、空爆に踏み切る決断を下したのだ。クルド自治区の石油をめぐる帝国主義諸国間の激しい争闘戦に勝利し、ISのクルド自治区の石油奪取を阻止するためには、軍事力の投入しかないと米帝は改めて決断したのだ。この空爆には軍事力でクルド自治区をISの侵攻から防衛することで、クルド自治政府を絡め取り、米帝の石油政策にさらにいっそう協力させようという意図も込めめられている。
 この戦争に勝利するためには米帝はISの脅威がなくなるまで空爆を継続するしかない。空爆でらちが開かなければ、さらに軍事介入をエスカレートするしかなく、米帝は再び石油支配をめぐる泥沼的戦争に引き込まれるだろう。
 仏帝や英帝などの欧米帝国主義も石油利権を維持するために、クルド自治政府への軍事支援や米帝の空爆作戦補助などを開始している。英帝は空爆作戦への参加を表明している。独帝もクルド人部隊への武器の供与の準備を開始した。小型火器や対戦車ロケット砲などの供与と、その使用方法を教える要員の派遣も検討している。これはこれまで紛争地域への武器供与を控えてきた独帝の外交政策を大きく転換するものだ。帝国主義間の石油をめぐる争闘戦に勝ち抜くためには、仏帝も英帝も独帝も戦争的手段を発動してクルド自治区の石油にしがみつくしかない。それはイラク、中東における争闘戦の戦争化を促進するものとしてある。

(写真 キルクークの油田を警備するクルド自治政府の治安部隊【2014年6月12日】)

石油労働者と連帯を

 内戦下のイラクで再びイラクへの再侵略を開始した米帝に対して闘い、勝利する道はなにか。それは米帝のイラク再侵略と対決する唯一有効な闘いを労働組合として展開している石油労働者と連帯して国際的な反戦闘争を爆発させることだ。
 石油労働者は、米帝によるイラク石油の民営化による石油資源の略奪を阻止してきた。また米帝によるシーア派、スンニ派、クルド人などの分断政策を乗り越え、労働者階級としての団結を復活させることで帝国主義の侵略および、傀儡政権による労働者階級の支配を粉砕する闘いの基軸となってきた。帝国主義のイラク侵略戦争が再びエスカレートされようとしている今こそ、石油労組を始めとするイラクの労働者階級に対する国際的な労働者階級の連帯と支援の闘いが必要とされている。
(丹沢 望)