再開第1回耕作権裁判へ 6・15千葉地裁を包囲しよう

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週刊『三里塚』02頁(0919号01面02)(2015/05/11)


再開第1回耕作権裁判へ
 6・15千葉地裁を包囲しよう

(写真 耕作権裁判の第1回弁論後の報告会【2007年2月19日 千葉市】)


 2012年10月29日以来2年半審理がとまっていた市東さんの農地をめぐる「耕作権裁判」が、6月15日午前10時30分から千葉地裁民事第2部(岸日出夫裁判長)で再開される。耕作権裁判は現在東京高裁で闘われている農地法裁判と表裏をなす重要な裁判だ。全力で千葉地裁包囲闘争に決起しよう。
 耕作権裁判が2年半も審理停止に陥っていた理由は、市東さん側が2012年7月23日に、当時の千葉地裁・白石史子裁判長に対して出した文書提出命令要求が、完全に成田空港会社(NAA)の急所を突き、窮地に追いつめたからだ。
 市東さん側が提出を求めた文書とは1987年10月から1988年4月までの、市東さんの南台の畑の底地買収に関わるすべての文書だった。この文書提出命令をめぐる攻防は、NAAの逃亡を許さない市東さん側の闘いによって千葉地裁から東京高裁にまで持ち上がり、結局、2014年7月に東京高裁・第7民事部の菊池洋一裁判長が最終的にNAAに文書の提出を命令することにより市東さん側の完勝に終わった。
 追いつめられたNAAはここでも文書の提出を拒否するという前代未聞の醜態をさらした。
 NAAが高等裁判所による文書命令まで拒否した理由は何か。前述の期間の買収過程で行った数々の違法行為が法廷の場で明るみに出るからだ。空港公団は1987年〜88年に、の市東東市さん(孝雄さんの父)に秘密かつ違法な手続きで小作地の底地を買収した。
 その理由は、収用法の失効という重大な危機を迎えていたからだ。1969年に認定された土地収用法の事業認定が20年間(1989年末)の期限切れを迎えようとしていた。土地収用にむけた手続きである収用委員会への裁決申請は1970年代以降たなざらしになっていた。実に15年間も、成田空港建設に関わる収用委員会は開かれず、いよいよ期限失効の危機を迎えていた。このため、空港公団は代執行への国家意志発動へ動き出し、その前提として、市東さん小作地の底地の買収に動き、他方収用委員会へは市東さんの耕作権の収用を求める追加書類を提出すべく動いたのだ。
 この買収過程で、市東さんの署名や印鑑の偽造、旧地主である藤﨑氏の署名の偽造など、刑事罰すら問われかねない犯罪行為の数々に手を染めた。前述、文書提出命令に応じれば、これらの違法行為が暴露されかねない危機に追いつめられたのだ。
 一方で、空港公団は最後は強制収用で違法を闇から闇に葬れると安易に考えていた。市東さんの耕作権さえ奪ってしまえば、農地買収の過程での行為は露見しないと高をくくっていた。ところが三里塚闘争の力は、土地収用法をついに最後的に粉砕し、強制収用を不可能にしたのだ。
 結局、未買収地の取得は任意買収しかなくなり、話し合いを拒否する市東さんの原則的な態度でそれも不可能になった。その結果、農地法による違法な耕作権の解約、知事の解約許可、提訴という手段に訴えるしかなくなったのだ。そして今、法廷の場で違法行為が暴露されている。
 こうして、市東さん側が圧倒的に有利なもとで再開されるのが千葉地裁民事2部での弁論だ。この耕作権裁判は控訴審闘争の農地法裁判と一体であり、市東さんの農地を守る正面戦だ。全力で傍聴闘争に結集しよう。

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6・15耕作権裁判弁論(再開)
●6月15日(月)午前10時30分
●千葉地方裁判所

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