団結街道

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週刊『三里塚』02頁(1089号01面04)(2022/06/13)


団結街道


 「生きるために食べる」から「食べるために生きる」へ▼食欲は3大欲求(睡眠欲、性欲)の一つとされ、人は食なくして生きられない。にもかかわらず、その欲求をオープンにすることは「はしたない」とか「恥ずかしい」こととされている。その裏には、欲求に打ち勝つことこそ「カッコいい」という価値観が隠れている▼確かに、欲求をある程度コントロールできるのが人間の人間たる所以だろう。だが、いつの時代も支配的な思想は支配階級の思想だ。今でも「武士は食わねど高楊枝」などと言うが、「支配階級の武士ですら我慢す。いわんや庶民においてをや」と、食欲を軽視する考えは食わせられない現実を隠すためのイデオロギー攻撃と思う▼また、「一宿一飯の恩義」「同じ釜の飯を食った仲間」など、食事(食欲)の共有は人と人をつなぐ重要な役割を果たす。そもそも赤ん坊は一人では食べられないし、恋人に食べさせてもらうひと匙は自ら運ぶものとは画然と味が違う。一人で食べているところを見られたくないからトイレで食べる便所飯もまた、「何を」食べるかよりも「誰と」食べるかの方が重要であることの裏返しの行動ではないだろうか▼栄養とカロリー重視の「生きるために食べる」から「食べるために生きる」生き方が仲間を増やし、新自由主義を打ち破ると確信し、思う存分に食べた結果が筆者のお腹だ。「量は少なくても質のよいものを」選ばれたい。
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