映画評 福田村事件 監督/森達也 出演/井浦新 田中麗奈ほか 虐殺の史実風化を許さず

週刊『三里塚』02頁(1122号02面04)(2023/10/23)


映画評
 福田村事件
 監督/森達也
 出演/井浦新 田中麗奈ほか
 虐殺の史実風化を許さず


 結末において描かれる惨劇を思うと、若干の沈鬱(ちんうつ)に襲われながら上映館に向かった。だが映画が始まると、本当にスクリーンから一瞬も目が離せなくなった。
 関東大震災直後の1923年9月6日、千葉県福田村(現野田市)で、香川県の被差別部落出身の行商人15人のうち9人(妊婦1人、幼児3人含む)が、地元の自警団・住民によって虐殺された。大震災直後から「朝鮮人が放火した」「井戸に毒を入れた」などのデマが飛び交い、関東各地で朝鮮人・中国人虐殺が横行する中、香川の方言を話す一行が「朝鮮人だ」と決めつけられ襲われたのだ。遺体は利根川に打ち捨てられた。
 映画「福田村事件」はこの事実をストーリーの中心に置きながら、朝鮮から帰国した教員と妻、シベリア出兵で夫を失った女性、大正デモクラシーを信奉する村長、真実の報道に奮闘する新聞記者と抑制する上司などを配置し、群像劇として時代の空気を描き出している。クライマックスでは、疑心暗鬼に取りつかれた住民と、襲撃を止めようと「この人たちは日本人だ」と訴える数人との対峙となる。そこで行商団のリーダーが「朝鮮人なら殺していいのか!」と覚悟の表情で放つセリフが胸に刺さった。
 この事件を風化させてはならないとの決意で製作に踏み出した森達也監督の呼びかけのもとに、有名俳優たちが「ぜひ出演したい」と応じ集まった。特に、「郷土を朝鮮人から守る」とのゆがんだ使命感に駆られて虐殺を主導する在郷軍人役の、水道橋博士の怪演が秀逸だ。
 森監督の懸念をよそに、右翼らはこの作品に完全沈黙。マスコミ取材が殺到し、監督は関東大震災時の朝鮮人虐殺を事実として認めない政治家を公然と批判するが、小池都知事や松野官房長官からの応答はない。
 見る前の沈鬱は、見終えて歴史の偽造・隠ぺいへの一層の怒りに変わった。今戦争と差別を憎むすべての人に必見の作品。東京・テアトル新宿など全国で絶賛上映中。
(田宮龍一)
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