9・8千葉県庁デモへ 強制収用攻撃を粉砕しよう 第3滑走路建設=農民殺し許すな
9・8千葉県庁デモへ
強制収用攻撃を粉砕しよう
第3滑走路建設=農民殺し許すな


「アメリカ帝国主義の中国侵略戦争・世界戦争を反帝国主義・反スターリン主義世界革命へ」「闘う中国人民・アジア人民と連帯し、日帝の中国侵略戦争突入を内乱に転化せよ」の二つの戦略的スローガンを確立した今年2月の革共同第10回大会から半年。路線的転換をかけて打ち抜いた8・6広島闘争の前進に続き、「再びのアジア侵略を繰り返さない」と8・15新宿反戦デモが右翼の妨害をけちらして闘い取られた。11・22全国闘争で中国侵略戦争阻止の巨大な反戦デモに立とう。三里塚芝山連合空港反対同盟は全国の闘う仲間に中国侵略戦争のための「国家プロジェクト」=機能強化粉砕への決起を訴え、10・11全国集会(成田市赤坂公園)の招請状を発した。さらに、強制収用攻撃粉砕の9・8千葉県庁包囲デモを呼びかけている。大結集し、共に闘おう。
成田空港機能強化=「第2の開港」へ向けて強制収用攻撃が激化する中で、熊谷俊人千葉県知事は国家権力と一体となって自らが決定的推進役となることを全力でアピールしている。
読売新聞千葉版(8月1日付)に熊谷知事のインタビュー記事が掲載された。そこで熊谷は自慢気に、「自分が前から主張してきた通り、機能強化は国家プロジェクトに引き上げられた。これで県経済は活性化し、国の競争力は強化される。雇用は増え定住人口も増加する。アジア・世界と闘って勝つためには、機能強化を最高速度で進めるべき」と持論をまくしたてている。
他方、「4者協議会で土地収用制度の活用に合意した」点について聞かれると熊谷は、「苦渋の決断だった」と述べるだけで、国とともに土地強奪へと踏み出した陣営の一員として自らがいることをごまかそうとする。「苦渋の決断」「可能な限り話し合いを」などの文句は彼にとって、「人民が権利を奪われ国策の犠牲にされることなど当たり前だ」という主張の枕ことばにすぎない。
しかしこの成田空港建設は、1966年の閣議決定に始まり、強制測量、71年の強制代執行、78年の1期開港、80年代の2期工事着工、23年の市東さんの天神峰農地破壊など、まさに国家暴力を使っての農地の強奪として強行され、反対同盟農民は逮捕・流血を辞さず実力で闘ってきた。
そして今現に空港は周辺住民に日々早朝から深夜まで激しい騒音・振動を浴びせかけ、健康を破壊し命を脅かしている。
熊谷知事はこうした千葉県民の現実を一顧だにすることなく、国家権力と同じ目線で、競争・スピード・投資・成長などの単語を連呼しながら、「機能強化を最高速度で進めろ! 従わないなら暴力で土地を奪ってやる」とアピールしているのである。
軍事空港建設だ
熊谷は国土交通省のウェブ雑誌「Grasp」(26年3月)のインタビュー記事の中で、空港周辺に、物流・航空宇宙・精密機器・健康医療・農業・観光などの企業誘致を全力で進めていくことを強調した上で、特に航空宇宙関連産業について、次のように述べる。「航空機の整備や修理、オーバーホールなどMROを担う企業を呼び寄せる。MRO需要の取り込みは日本はこれまで十分ではなかった。その結果、エンジンを含めた本格的な整備や修理の多くが海外で行われるようになり、国内の航空機メンテナンス産業は徐々に空洞化した。経済安全保障の観点からも国内に航空機メンテナンス産業を根付かせることが重要だ」
具体的には空港南側の芝山町岩山地区で、直接千葉県が乗り出す形でMRO事業の産業用地整備と企業誘致を進めようというのだ。
確かに日本では、大型航空エンジンの大半の整備・修理をシンガポールの企業に委託しているというのが現状だ。熊谷は「いざ有事となった時に戦争をやれるのか」という危機感を、国家権力の立場で語っているのだ。まさに成田機能強化の本質が、国際的物流と航空宇宙産業育成の拠点機能を備えた軍事空港・兵站(へいたん)基地建設であることを、自らあけすけに語っている。
中国侵略戦争へ向けて加速する日本帝国主義・高市政権とNAAにとって、熊谷県政はこの上ない援軍としてあり、両者が共鳴しあって機能強化を「国家プロジェクト」へと格上げしたのだ。
有事となれば、自衛隊が成田を使用し、あるいは成田に米軍を迎え入れることに熊谷はなんのちゅうちょもなく、それどころか使用を国に懇願するだろう。
昨年も幕張メッセで開かれた「国際防衛安全保障展示会」=武器見本市(イスラエル企業十数社も出展)について、熊谷知事は一貫して会場使用許可を出してきた。まさに日本帝国主義の戦争政策の片棒を担ぎ、死の商人とも結託しながら、熊谷県政は成田機能強化を推進しているのである。 強制収用やめろ! 9・8千葉県庁デモに大結集しよう。
南台農地を守れ
千葉県は1983年に沼田武知事の提唱で「千葉新産業三角構想」という巨大開発事業の構想をぶち上げた。①千葉市幕張の新都心構想、②木更津周辺の研究学園都市化、③成田国際都市への先端産業導入、という勇ましい内容だったが、バブル景気崩壊によってすべて破綻した。ほかにもさまざまな大型プロジェクトの構想と挫折を繰り返してきたのが千葉県である(その結果の一つが印西市へのデータセンターの集中)。
ますますの景気後退と人口減少の流れの中で、「第2の開港」とエアポートシティ構想(空港周辺地域開発)が、開発事業として成功する確率は限りなくゼロに近い。
だが今、熊谷県政は破綻必至でも「国家プロジェクト」に引き上げられた成田機能強化=軍事空港建設にのめり込むしかないのだ。こんな空港を造り拡張するために、人民が土地を差し出す理由は何もない。日本は国際競争に負ければよい。
三里塚反対同盟との血盟にかけて、周辺住民と連帯し、強制収用攻撃を粉砕しよう! 成田を廃港に! 市東さんの南台農地を実力で守り抜こう! 10・11全国集会に大結集しよう。