団結街道

投稿日:

週刊『三里塚』02頁(1190号01面05)(2026/08/24)


団結街道


 「団結ではなく闘争だ」。三里塚反対同盟の戸村一作委員長が鋭く指摘した。1977年に南三里塚に建設された新たな現地常駐拠点完成式でのことだ。元々は小学校の仮設校舎のプレハブを移転。総床面積は400平方㍍。宿泊可能人数は600人。これまでの「団結小屋」の規模からするとはるかに巨大で「団結会館」と命名されていた▼直ちに「三里塚闘争会館」と看板が書き換えられた。反対同盟は前年、A滑走路南端752㍍地点に高さ62㍍の岩山大鉄塔を建設。現闘の手による「我、敢然と開港を阻む」の大看板が掲げられた。老人行動隊は鉄塔を「命をかけて守る」と決意し、全学連は鉄塔決戦行動隊を新たに組織した。闘争会館はその名の通り、鉄塔破壊阻止決戦~開港阻止決戦~80年代三里塚決戦を根底で支えぬいた▼団結する「だけ」では権力を倒すことはできない。戸村精神の体現者であった市東東市さんは「闘争こそわが命」と実力闘争の先頭に立った。大木よねさんは「闘争がいちばん楽しかった」と戦闘宣言を発し、反対同盟農民への唯一の強制代執行に対し、脱穀機にしがみついて闘いぬいた▼ブルジョア国家権力を暴力的に打ち倒す闘争の解放感、喜びこそ社会変革、革命への原動力だ。だが、わが革共同は「団結」の名のもとに女性、被差別・被抑圧人民の闘争を圧殺する組織になり下がり、帝国主義への怒りも消失させ、革命路線も解体した。10回大会を出発点に「生まれ変わった」党としての一切をかけ、三里塚闘争の勝利に向け総決起することを改めて誓いたい。
このエントリーをはてなブックマークに追加